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第二話『衝撃』

 手渡されたサンドウィッチを全て胃袋へと流し終え、エルザは幸せのため息をついた。ああ、久方ぶりの満腹感。これ以上の幸福がどこにあろうか。天国はここでござった。

 スカートについたパンくずを払いのける。立ち上がったエルザは、もう一度ブラギに対して深々と頭を下げた。彼と出会えていなければ、そろっと命の尽きていたころだろうから。


「シュルツ殿、本当に助かった。このご恩はいつか、必ず返させていただきたく」

「仰々しいなぁ。このくらいどうってことないって」


 送っていくよ、という申し出をありがたく受け入れ、エルザはブラギについて森を抜けることにした。地の利がある人について行った方が、間違いなく早く着く。そちらの方が精神的にも体力的にも安全だろうと判断した。


 得物の位置を固定させながら立ち上がる。先程までは帯が食い込んで疲労の原因となっていたが、十分な休息と食事をとった今、その痛みもさほど気にならない。ああ、素晴らしきかな満腹感。人間の三大欲求の内、最も重要かつ命に直結するのは食欲だというが、今まさにそれを実感した。


 と、こちらも荷物を纏めていたブラギが、おお、と感嘆の声を上げた。どうしたのかと思ってちらりと様子を伺えば、彼はエルザが今まさに柄に手をかけた、長大な曲剣に視線を集中させているではないか。


 なんだろう、この表情……ワクワクしている(高揚感)……?

 彼は雑踏の中に知人を見つけた子供のような表情で、

 

「その武器、もしかしてカタナか?」

「ほう、知っておられるか」

「一応な。この辺で使ってる人は初めて見たから、つい驚いちまった」


 まじまじとエルザの一刀を観察するブラギの姿に、エルザは内心でいたく感心する。どうやらこの青年、中々の武器通のようだ。ただの木こりにしては中々エキセントリックな趣味のように思えるが……少女の方は、()()()()()を知っている人間が、こんな北方にいることが嬉しくて、その違和感に全く気付いていなかった。

 

 緩く湾曲した刀身と、それを包む赤い漆塗りの鞘。金細工の鍔は精巧なつくりで、普通の曲刀(サーベル)との違いが一目瞭然だ。何より刃が長すぎる。都市の守衛たちが構えるには少々不向きと言わざるを得まい。

 だがその分、一撃の威力は使い手の腕次第でどこまでも上がるようにできている。


 祖父の生まれ故郷で生まれたこの特殊な武器は、エルザにとって、何というか……『性に合っていた』。だから初めて祖父から剣を習ったあの日からずっと、彼女のメインウェポンはカタナなのだ。

 だがカタナという武器を知る者も、好むものもこの大陸には少ない。何故ならカタナの製造方法は、大陸東方のとある島々に住む人々が、秘奥として伝えるものだからだ。当然、島外への流出は極めて少ない。


 だからこそ、その存在を認知してくれる相手がいる、ということが、この上なく嬉しい。

「さっきの訛りも極東列島(イーバニア)のだし……出身なのか?」

「いや、少々血を継いでいる程度。ただ、自分の実家のあたりは、比較的極東(あちら)と交流が深くてな」


 連れ立って歩き始める。

 道中、エルザの故郷とカタナについて、いくつか話をしてやると、ブラギはいたく喜んだ。どうやらほかの地方のできごとに随分と興味があるらしい。無理もない、この大樹海に阻まれた向こう側で暮らしているのだ。外の世界の情報はいくらでも欲しいところだろう。

 エルザとしても人にゼーロスのことを話すのは結構好きなので、自然と饒舌になってくる。


「私の生まれた街では、独自のルートでカタナとそれを扱う剣術を輸入しているのだ。数は少ないが、鍛刀ができる者もいる」

「そりゃすげぇ。テュールス大陸で極東交易をしてる場所となると……ゼーロスの武家城下か。ワイバーン便でも一日は掛かるよなぁ……ごめん、遠いところから来てもらっちゃって」

「なんの、人類の平和の為だ。苦痛ではないさ」


 我ながら高潔に過ぎる理念だな、と思う。けれど嘘ではないのだから仕方がない。


 ギルド監査官というのは十年前から六年ほど前まで続いていた、魔物の大量発生期……『大狂騒時代』に対する反省から設立された役職だ。

 当時の冒険者ギルドでは各地のダンジョンの内情を管理しておらず、魔物の発生件数が僅かながら増加し続けていたことに気付けなかった。結果としてギルドは『大狂騒時代』の到来を予見することに失敗、対応は遅れに遅れ、多くの犠牲者を出すことになってしまった。

 

 あの地獄の四年間を、二度とはテュールス大陸にもたらさない……そのために、各地のダンジョンの様子と、周辺地域への魔物の影響を定期的に観察すること。それがギルド監査官の役割であり、使命なのだ。


 直接的に人々の命を救うわけではないが、結果として皆の生活を守ることになる。エルザは自らが選んだこの道を誇りに思っているし、そこにどんな苦難が伴ったとしても関係ないと思っている。


 その分、まるで関係のないところから襲ってきた空腹のきつさが、余計に印象に残ってしまうわけだが。

 思い返すと、今更ながらに羞恥心が湧いて来る。大体なぜ自分はあそこでもうダメだ死ぬしかないと考えてしまったのか。もうちょっと糊口をしのぐ方法はあった気がするのだが。


「し、シュルツ殿は、普段は何を?」

「俺?」


 誤魔化すように歩幅を速めながら、今度は、この謎めいた青年自身について問うてみることにする。

 質問が返ってくるとは思っていなかったのか。ブラギはついと口元に手をやると、んー、と唸りながらしばし考え込む。そんなに難しい内容だったろうか……。


「特にコレといって特徴的なことをやってないんだよなー、最近は。ああ、仕事、っていう意味なら、一応この先の村の隅っこで、ジャガイモ農家をやってるよ」

「じゃが……?」

「あれ、知らない? こう、ベージュ色でごつごつしたイモなんだけど」

「申し訳ない、かようなイモは見たことも聞いたこともない」

「そっかぁ……」


 まだ知名度低いのかなー、などと首をひねるブラギ。テュールス大陸の四方が拓かれ、他の大陸との交流も盛んになったこの現代においても、いまだ人類の知らないことは数多い。きっとそのじゃがなんとかとやらも、別の大陸から伝来したイモなのだろう。


 その姿を想像していたら、つい先ほどまでの空腹の余韻だろうか。強烈な食欲が湧いてきた。エルザにとってイモ類といえば里芋、山芋の類だが、あれとはまた違った味わいと食感なのだろう。


「そ、それは一体、どのような食べ方をするのだ?」


 思わず声に出してしまった。

 別にエルザ自身の食い意地が張っているわけではない。ないったらない。


「色々あるけど、普通に蒸して食べるのが個人的には一番好きかなぁ。あつあつのほくほくでな……バターと塩をかけたら天上の食い物が出来上がりだ」

「あつあつの、ほくほく……」


 はっ、と気が付いたときには、口の中に大量の唾が溜まっていた。違う。これはエルザが食欲旺盛で、食べ物の話を聞いただけですぐにそれを想像してしまうような腹ペコ娘であるということの証明では断じてない。


 内心早口でまくしたてながら、エルザは口元のよだれを拭う。その様子にツボを刺激されたのだろうか。ブラギがおかしそうにからから笑った。


「機会があったら見せるよ。なんなら、なにがしかのタイミングで歓迎会でも開くことになるだろうし、そこでジャガイモ料理の一つや二つ――」


 言いかけた、ところで。

 ブラギの表所が、さっと変わる。朗らかな笑みから、危険を察知した厳しい顔へ。


「――危ない!」

「え?」


 怒声に近い警告。

 エルザの身体が反射的に回避行動をとるのと、すぐ隣の茂みから、見上げるような巨体の熊が飛び出してくるのはほぼ同時だった。

 

 クレッセントベアだ。

 血の様に赤い体毛と、そこだけが白い首元の三日月模様が特徴的なこの熊は、通常の生態系に属する獣が、濃密な魔力を帯びて変化した種……『魔獣』の一種である。

 ボレアス大樹海には確かに多くの魔獣が生息すると聞いていたが、その殆どは森の奥、人の気のないところで生活しているはず。整備こそされていないが、エルザたちが歩いているここは、一応山道のはずである。こんな場所に、どうして……!


「チッ……!」


 ブラギが小さく舌打ちをする。エルザが気付いたとき、彼はもう、一人と一匹の間に割って入っていた。

 そのまま腰を低く落とし、背負った伐採用斧を抜き放つ。


 構えた斧が、熊の毛皮と似たような、血を思わせる深紅を纏う。

 ブラギの両腕が霞んだ。携えられた木斧の姿も掻き消える。動きを追えない――なんと早い、太刀筋なのだろう。

 

 直後。澄んだ音が、大森林に木霊した。

 クレッセントベアの喉元に、紅い光が奔る光景を、エルザは確かに、その瞳にとらえる。ともすれば幻覚ではないかと思えるほどに、速く、はやい斬撃。


 恐らく、斬られたことにも気づけなかっただろう。クレッセントベアは一歩、二歩ばかり足を進め、それから大量の鮮血をばらまき、地に臥した。


「……な……」


 掠れた声が漏れる。

 信じられない。今、のは。


「大丈夫か? 今度こそ怪我してないよな?」

「あ、ああ……」


 勤めて平静を装ったつもりだったが、出てきたのは生返事だった。仕方あるまい。いまだちょっとの衝撃で素を出すようなエルザには、内心を隠す、なんて高等技能はとてもではないが使いこなせない。


 衝撃が覚めない。直前までブラギの身の上を聞いていたばかりだから、余計にそことの矛盾と乖離、それから疑いにも似た感情が渦巻いて、胸の奥に泉をつくってしまう。


 間違いない。

 今のは……今のは、『武術(ブレイドアーツ)』だ。自らの武器と『武器捌きそのもの』に魔力を乗せる、戦士にとっての魔術(マギクスアーツ)


 その技能が珍しいから驚いているのではない。

 古くは魔法剣とも呼ばれた武術は、魔物と戦う上での必須技能だ。冒険者ならば誰でも習得しているし、当然だがエルザもいくつか使用できる。道場で剣を習っている子供の中にも扱える子が幾人か居るので、過酷な環境でイモを育てる農家の男が、護身用の剣技を扱えても別におかしな話ではない。


 問題は、その内容である。斧を使っての一刀両断。巨大な魔熊の喉元を一瞬のうちに切り裂いた、軌道を追えない霞むような斬撃。尾を引く赤い光は、刃に乗った魔力が最大まで凝縮・圧縮されていることの証明だ。


 斧専用第四級武術、『戴冠血斧(エイリーク・クラウン)』。

 俗に『最上級武術(エンドアーツ)』とも呼ばれる、武術の中でも最高峰の技術を要求する大技。刀身に付与された魔力が自動的に魔術的効果を発動し、使い手の傷を癒し、一時的に筋力を高める副次効果まで持った魔の一撃。

 一朝一夕、あるいは偶然の一太刀で出せるような技ではない。


 おまけに今の一撃、軌道に大幅な修正が掛かっていたように思う。武術は誰でも同じだけの威力を出せるが、型を外れると発動しないという特性がある。独自のカスタマイズを施すのは非常にリスキーかつ難易度の高い技術なのだ。


 その両方を。

 どこからどう見ても、ただの伐採用斧でしかない小さな斧で成し遂げてみせた。斧の方には傷一つ見えない。斬撃の反動を少しの動作で逃がし切ったのだ。


 とてもではないが、一介の農民にできるような芸当ではない……!!


「し、シュルツ殿……今のは……」

「あー、わりぃ、変なもん見せたな。つい昔の癖で……」


 たはは、と笑うブラギの姿に、何か底知れないものを見た気がして。

 エルザは、冷たくなる背筋に、小さく身震いした。



 ***



 太陽の傾きが僅かに深くなるころ、樹海を抜けた。一寸先に木のない光景は、随分久しぶりに見るような気がして、妙に新鮮な印象を懐いてしまう。


 村を外界を隔てる、大きな柵構えが見えてきた。ブラギはエルザに向かって手招きをすると、立派な物見やぐらのある門へと近づいていく。


 守衛だろうか。鈍い鉄色の鎧をまとった男性が、羊皮紙張りの小さな本を読んでいた。


「うーっす、お疲れ様っすハンザさん」

「お、帰ったかブラギ。お疲れさん……ってうおっ!?」


 男性はがちゃりと鎧を鳴らしながら、一歩後退した。

 その目線の先にあるのは、ブラギ・シュルツ……ではなく、彼が背負った巨大な熊の骸だ。

 

「クレッセントベアじゃねぇか!! お前、どこでこいつを……」

「や、帰りがけに襲ってきたんで、つい手癖で……」

「はぁー……相変わらずとんでもねぇな……」


 相変わらず、という言葉が大分気になるが、努めて無視する。なんとなく気にしたら負けの気配が漂っていた。

 現時点では情報が足りな過ぎるのだ。ブラギがなぜ、あのような高度な武術を使うことができたのか……その理由を探る以前に、ブラギ・シュルツという人物についてエルザの知っていることが少な過ぎる。これでは本当にただの農民なのか、何か事情があって農民を装っているだけなのかもわからない。

 信用に足りる男だ、ということだけは、疑いようもなく確かなのだが……。


「でもいいのかよ。こないだもワイバーン落として、大量の肉余らせてなかったか? またイズちゃんに叱られるんじゃねぇのかよ」

「げっ、忘れてた。そっかまだあれ残ってんだな……うわぁ、どう言い訳しよう」

「待て待て待て、シュルツ殿、ワイバーンを落としたとはどういう……」

「ん……?」

「あ」


 しまった、聞こえてきた話の内容があまりにも荒唐無稽に過ぎて、ついツッコミを入れてしまった。気まずい空気があたりを支配する。


「このお嬢ちゃんは?」

「彼女はエルザ。ほら、先週伝令が来てただろ、山脈遺跡の視察にギルド監査官が来る、って」

「ああー、そういやそんな話してたな」


 守衛の男性が、その空気を切り裂いてくれた。助かった……あの妙な沈黙は、正直エルザの気風に合わない。


「エルザ、こっちはハンザさん。一応、この村の衛士長ってことになってる」

「一応はひでーな一応は。これでも代々衛士の家系――あ、どうもっす。この度はご足労頂き……」

「い、いや。こちらこそ、監査の間世話になる。至らない所もあると思うが、よろしく頼めると嬉しい」


 中々ショッキングな情報が明かされたりもしたが、どうやら村の人々も、善良な者が揃っているようである。ワイバーン落としの事について詳しく教えてくれなかったのはちょっと酷いと思ってしまうが。もしかしたらブラギの方でも、何か事情があるのかもしれない。さっきの熊狩りの際も、「変なものを見せた」「昔の癖」といっていたし……案外、忘れたい過去があるのかもしれない。

 

 それを蒸し返すのは、よくないことだ。

 エルザにだって思い出したくない過去の一つや二つある。グリームニル町からの出発前、弁当の量を少なくした配慮不足とか。


 そんなやり取りを経てから、ハンザに別れを告げ、門をくぐる。

 素朴なつくりの家々が立ち並ぶ、村の景色が目一杯に広がっていた。彼方に見える白い、切り立った山々――ボレアス山脈から運ばれてきた北風(ボレアス)が、エルザのほほをひゅるりと撫でる。


 ああ、ここは……とても、良い場所だ。


「ようこそ、俺たちの『北風村』へ。正直何もないところだけど、ゆっくりしていってくれ」

「かたじけない。道中の案内、感謝する」


 ぺこり、と何度目かになるお辞儀。色々と謎めいたところも多い御仁だが、しかし彼と出会えて本当に良かった。人と人との出会いは偶然にして必然、歩むべき道を決める大事な要素だと、祖父が毎日のように言っていたことを思い出す。この縁への感謝を、日々忘れないようにしなければ。


「では、自分はこれで」

「ああ。監査、頑張ってくれ」


 了解した、と親指を立て、エルザはブラギに背を向ける。


 さて、今晩の宿を探しに行かねば――そう思って、大通りをぐるりと見渡したエルザは。

 どこにも、それらしき建物が見当たらないことに、首を傾げる。

 思わず別れを告げたばかりのブラギに、再び向き直ってしまった。


「……その、つかぬことを伺うのだが、宿屋はいずこに?」

「ないぞ」

「なにぃ!?」


 あっけらかんとした調子で告げられたのは、想定外に衝撃的な事実だった。


「そ、そそそそれはどういうことでござっ……どういうことだ!?」


 思わず素が出る。半ばパニック状態のエルザに申し訳なさそうな苦笑を向けながら、ブラギは事情を離してくれた。


「えっとな。昔はこの村も冒険者用の宿があったんだけど、山脈遺跡の閉鎖にともなって潰れちゃったんだ。物見遊山で来る人もここ数年は一人もいないし」


 しょ、しょんにゃぁ……。

 情けのない声が出てしまう。サンドウィッチで力がみなぎったはずの足から、急速にエネルギーが抜け落ちていくのを感じた。なんだろう、この……肩透かしを食らった、というのか。予定が大幅に狂ったことに対する、質の悪い脱力感。


 弱った。本当に弱った。村を拠点とさせてもらうところまでは良かったが、まさかその村に拠点となるような宿が存在しないとは。


 野営の心得が無いわけではない。というかもしもそれが無かったのなら、昨夜は一体どこでどう寝泊まりしたというのだ。きちんとテントを張り、焚き火を熾す技術があるからこそ、エルザは一人でボレアス大樹海に足を踏み入れることができたのだ。一人で抜けられたのかどうかは怪しいが。

 

 けれど、それとこれとは話が別。ボレアス大樹海は、確かに魔物の生息区域ではあるが、別にダンジョンの仲間ではないのだ。それはつまり、『ダンジョンである』ところのボレアス山脈においては、樹海と同じように立ち回るのは難しい、ということなのだ。当然だが、体力の消耗や各種備品の受けるダメージの量も樹海探査の比ではない。

 ゆえにギルド監査官は――これは冒険者であっても大抵の場合共通することだが――ダンジョン近郊の町や村に宿を取り、日帰りで遺跡を探索する、というのが基本スタイルなのだが……。


 当の宿がないとなると、流石にその方式を崩して挑まねばならない。新人監査官にはいささか荷の重い試練が、いきなり立ちふさがってきたと言えよう。さて、どうしたものか。


 頭を悩ませていると、ふと、ブラギがニカッと人懐っこい笑みを浮かべた。彼はぽん、と両手を合わせると、


「よし、決めた! エルザ、折角だからウチを宿代わりに使ってくれよ。嫁さんには話を通しておくからさ。まぁ普通に快く受け入れてくれる気がするけど」

「なっ……」


 とんでもない申し出をかましてきた。


「そ、それは流石に申し訳ない! 貴公らの生活もあるのだろう!?」


 人の家に厄介事を持ち込むくらいなら野宿をする。


「いーのいーの。ワンチャンあそこであんたのこと再起不能にしてた可能性もあるし……なにより、俺も嫁も、ギルド監査官には昔、世話になったことがあるんだよ。だからその分の恩返しも兼ねさせてくれ」

「し、しかし……」

「それに、食ったことがないってんなら、ジャガイモ料理もご馳走したいしな。美味いぞ~、イズ――俺の嫁さんのポテトガレットは」

「……ごくり……」


 なおも引き下がるエルザに、特大の爆弾が落とされた。脳裏に描いたまだ見ぬジャガイモ料理の姿が絶大な質量を以て、『自粛』の文字を叩き潰していく光景を幻視する。

 ……うん。仕方ない。謙遜・遠慮は美徳だが、相手側からの好意を無下にするのも失礼にあたると父上がよく言っていた。ならばここはいっそ、全力で頼ってしまった方がこの青年も喜ぶのではあるまいか。


 そう心の中で結論付け、エルザは頭二つほど背の高い、この不思議な農民の顔を見据えた。


「で、ではお願い致す。しばしの間、世話になる」

「よしよし、んじゃさっさと帰るかぁ。熊肉が傷んでも悪いしな」


 満足そうにうなずくと、森の中で見せたのと同じ調子で、またからからと笑うブラギ。うん、どうやら申し出を受け入れて正解だったようだ。


 ……己の名誉の為に言いわ……弁明をするが、別にポテトガレットの誘惑に負けたわけではない。当然ない。

 ないったらない。

 



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