明日からマジで上裸半ズボンで生活しようと思う
「さっ、行くか……」
時刻は午後十一時五九分。
俺は部屋着として着ていたTシャツを脱ぎ去って短く決意表明。
この為だけに鍛えた上半身の筋肉は、俺の決意に呼応するかのように光を反射する。
あの後、持論言い訳言い分その全てを悉く論破され、プリンばりのやわらかハートが液体になるまで細切れにされた俺は遂に耐えきれなくなって部屋に退避し、夕食が終わってから今までのかれこれ二時間ずっとネッ友の操子ちゃんに慰められていた。
げんきがでました。
そうだ、よく考えたら許可なんてしてもらえる筈もない。
最早許可を取ろうとすることすら愚行、俺の言動を冗談だと思っている今の内に上裸半ズボンでの生活を常態化させるのだ。
「……何が起きてもめげねえ覚悟決めねえとな」
俺は自室の本棚から一冊の本を手に取る。
もう幾度となく繰り返した動作だ、見ずとも場所くらい分かる。
『自信の持ち方』
至極ありきたりなタイトルの上に手垢で汚れた半透明のブックカバー。
これは丁度一年くらい前に購入したものだ。
今でもその時のことは鮮明に思いだせる。
中学生三年生だった当日、春先の体力テストでよくない点数を取ってしまったのが始まりだった。
体と頭だけでなく心も弱かった俺は周囲の落胆する視線に慣れるなんてことはなく、ただただ気を滅入らせることしかできなくて……家に帰ってまたあの目で見られるのかと思うととても帰る気にはなれなかったのだ。
そんな時立ち寄ったのが駅の近くにある本屋。
寄り道は校則違反で、いつもの俺なら入る筈もないのだがその時の俺は違った。
別に大した理由はない、なんとなくだ。
なんとなく入った本屋で、なんとなくぶらぶらしていた俺は、なんとなくこの本を手に取った。
目についたこの本は、自費出版というカテゴリの一番端に無造作に置かれていて、腰巻にもただ一言。
『世間に物申す痛恨の一撃』
とだけ。
タイトルも『自信の持ち方』、微塵もセンスが感じられない。
周囲に期待されてない、実際に光るところがある訳じゃない。
今思えばそんな所が自分と似ているように感じられたのだろう。
気付けば俺は本を手に取ってレジへ向かっていた。
そして気付けば俺は財布からこの本分の値段が消えていて、気付けば栞は裏表紙と最後のページの間に挟まれていた。
最後に気付いた時には、小遣いを全部使い果たして特上品のブックカバーを買っていたのだ。
怖い。
まあ正直なところ最初はバカにする腹積もりで読んでいた。
文章は校正されていないし、誤字脱字すらある。
大方値段が安い自費出版会社に応募でもしたのだろう。
でも俺は、次第にこの本をバカにできなくなっていった。
伝えたいことがはっきりと自分の言葉で述べられている。
論点が逸れていない。
ただただ自分を変えたいと願う人間へ懸命に手を差し伸べようともがいている。
無駄な単語など何一つない、洗練されていないが故に心に響く。
俺は遂に理解した。
この本、いやこの本を書いた作者は俺とは違う。
言葉で、文字で人を動かす力がある。
「いや、それ以前に……」
俺は背表紙を人差し指でなぞった。
古郷多美子、この人には行動に写せる度胸がある。
でもまぁそんな辛気臭い嫉妬を顔も知らない誰かにぶつけるのも今日が最後だ。
明日から俺は変わるのだ。
何事にも動じない、自分に自信を持てる人間に。
徐に開いたページの一文にまた指を這わせ、俺は目を瞑ってその文を暗唱する。
「貴方が自分に自信を持ちたいなら、何か一つでもいいから誰にも譲れないものを作ること」
小説でも論文でも、文書いてる途中に話が脇道に反れない人って楽そうですよね。
僕なんかもうすでに主人公の性格が思ってたんと違うんですけど。