朝の学活が始まるまで
「浜焼きって気にならない?」
着いて早々に、雨絵ちゃんの疑問が私に飛んできた。教室と廊下のさかえめに差し掛かった時のこと。
「あんまり……」
「こら、消極的」
その手は、昔に学んだフレミングの法則に似ている。指差してちょっと偉そう。
「そういうこと言う、雨絵ちゃんは知ってるの?」
「ふっふっふ」
随分と意味有りげな笑いをする。普通の答え以上の、ものすごいプラスαを用意していそうな深み。
「お母さんに聞いたの。あのね」
「うん」
「浜川歳三郎がね」
「うん?」
「不良だった時に、シンガポールの54学区で」
「うん……」
「自然的な日焼けを求めて、身体を焼いたの」
「……」
「それが浜焼き。スケールの大きな話」
自信満々な雨絵ちゃん。でも私は正直に言うつもり。
「嘘っぽいよ」
「そんなこと」
「任侠映画みたい」
「えー 嘘ー お母さんが言ってたんだよ」
首を傾げながら、眉も傾げる。
「ありえないよ。そんなこと。人が空飛ぶくらいありえない」
「えー そうかなぁ。じゃあ、委員長に聞いてみよ」
トタトタと駆け寄る。「委員長〜」と。
「浜焼きってなに?」
唐突な雨絵ちゃんの質問に、ドギマギしていた委員長。私は咄嗟に「ごめんね。質問があって」と言って助け舟を出した。
「浜焼き? …う〜ん。取った魚を、砂浜の熱で焼くとか……」
「おおぉ……さすが」
委員長はポプラディアみたいに、何でも知っていると思っている雨絵ちゃん。委員長という肩書きに、絶大な信頼を持っている。
「ごめんなさい。あってないかも。あとで調べてみるね」
「必要ない。絶対、あってるよ、ありがとう!」
「良かった。どういたしまして」
背が高くて、勉強出来て、委員長で、サラサラな髪なのに、綺麗より可愛いが似合う。なんて、変な表現になる。彼女を表す言葉は何だろう。勉強が苦手な私は、ちょっと困った。
のち、図書室にて
「嘘…… 微妙に間違えてた、恥ずかしい」
口元にそっと手を当て、赤面してしまう、浜焼きの意味を知った委員長であった。
〜もしも景元洋太郎が天へ昇った時、クラスの生徒がそれを発見していたら〜
Take2
「お母さんに聞いたの。あのね」
「うん」
「浜川歳三郎がね」
「うん?」
「不良だった時に、シンガポールの54学区で」
「キャーー!!」
信じられないほどの叫び、いや歓声が教室に響き渡った。あの大きさなら奇声と言ってもいいかもしれない。大きくビクッと反応した雨絵ちゃんは、目をまん丸にしてそちらを伺っていた。私も驚いてそちらを伺う。
「あれを見て!! 浮いてる!! 浮いてるわ!!」
「どうしましたの!? やだ! 浮遊してる!」
「どうして!? 何!? 天使!? 天使になったとでもいうの!」
「違うわ! 恐らく違うわ!」
「では何だっていうの!?」
「現象なの!? 概念だというの!?」
「きゃきゃあああああ!!」
雨絵ちゃんと私は、熱を帯びていく教室の雰囲気に(おもに女子)怯えていた。
「きっと、神がエデンの園へ連れて行くのよ!! そうだわ!! そうに違いない!!」
「罪をお許しになったんだわ!」
「いいえ…… 違うわ。景元さんが人間界に居ることが罪なのよ」
「それは、どういう……」
「だって、それは…… 私達の心を掴んでいくのだからぁ!!」
「キャーああああああぁぁ!!」
「神の意志よ!!」
「景元さんじゃない! 景元様だわ!!」
「私達を導いてくださいまし!!」
「景元様ああぁ!!」
「降臨よ!! 主人よ!! 忠誠を誓います!!」
「忠誠を誓います!!」
「きゃきゃあああああ!!!」
一部の女子達は、喉が擦り切れるのではないかと思うくらい叫び、喚き、ある者は泣いていた。この光景は恐ろしい。
ふと委員長を見たら、あわあわしていた。