公家の団欒
囲炉裏の火が、まるで妖精の拍手のようにパチパチと鳴らしている。寝室から上掛けを身体に巻いたまま、居間まで来た。寒いからの一択。これからさらに寒くなるなんて考えられないなぁ。
「制服着ねーで大丈夫なんか?」
箸を私に向けながら、爺ちゃんが聞いてきた。
「今日は大丈夫なーの」
「中学はお休みらしいですよ」
私の適当な相槌に、婆ちゃんが丁寧な補足をしてくれた。「そうかそうか」と、爺ちゃんはガハハと笑いながらご飯を平らげる。また袖にご飯粒ついてるよ。嫌になっちゃうな。
「みずちゃん。ももちゃんはまだ寝てるの?」
「幸せそうに寝てたから、そのまま」
「あらもう、三連休は終わったのにねぇ」
本当に幸せそうだった。寝返りを一度でも打ったのかと思わせるほど、綺麗にまっすぐ布団に入っていた。上掛けも旅館の準備のまま使っているような、シワの無い状態だった。それに、何か楽しい夢でも見ているのか、ニヤニヤ笑いながら寝ていた。私は慣れているからいいけど、他の人が見たら気持ち悪いと思われそう。絶対そう。やめた方がいい。
「コンクリートだなぁ、京東は」
爺ちゃんの独り言を聞いているかのように受け流し、テレビの時刻をチェックした。そろそろ降りてくる時間だな。こりゃ慌ただしくなりそうだ。ドタバタとした音が階段を鳴らした。
「なんで、起こしてくれないの!」
ねーちゃんの登場。
「起こしたよ、諦めたけど」
「努力しなきゃ!」
どんな言い分?
「努力するのは、ねーちゃんでしょ」
チョロいなねーちゃんは。ぐぬぬと悔しがるのはいいけど、支度しないとさ。髪の毛とか、制服着るとか、ご飯も食べないとだし、
「朝ご飯あるけど、先に食べるかい?」
「うーん……頭やる!」
あんなに綺麗な体勢で寝ていたから、髪はストレートのまま。どこをどういじるのだろう。私ならそのままにしちゃうけどな。
「どこの高校に行くんじゃか」
「やぁね、あなた。○君と同じよ」
「そうかそうか。はっはっは。あーわしがポックリ行く前に、嫁いで欲しいの」
「そうねぇ」
「幼馴染!!」
洗面所からドライヤーの音にフィルターされた怒号が聞こえた。
「こんちわー 桃乃ー来たぞー」
「あぁ……きた」
歯磨きをしながら、右往左往している。朝ご飯を食べるのは、どうやら諦めたみたいだ。あたふたの文字が踊っているような様子のまま、なんとか支度を終え玄関に向かうねーちゃん。婆ちゃんが追いかけて、風呂敷に包まれたものを2つ渡していた。お弁当と、朝ご飯を包んだ簡単な握り飯。婆ちゃんは甘やかしすぎなんだよなぁ。ねーちゃんは行ってきますの代わりに、ありがとうと行って出て行った。
〜もしも妹がいなかったら〜
Take2
座布団のほつれに気がつかない爺さんは、袖についた米粒に気付くはずもなく、ガツガツと米を胃袋へ運んでいた。
「とにかく食うんじゃ。食って生き様を見せい」
昔見た時代劇に憧れ、方言に手を出してみたものの、ちんぷんかんぷんで断念。爺さんにとって、方言は外来語を学ぶことに等しかった。が、諦めきれないまま、さまざなテレビの真似事をし、拙い頭で覚えていった結果、今の"爺弁"が生まれたのである。
「そうなんじゃ、娘はやれんのぅ。はっはっは」
「朝なのに、腹が破裂しそう……」
公家の家の男は、筋肉隆々、紳士、食事は残さない、そして馬鹿、この3つが家訓だと爺さんは言うが、間違いが直されないまま引き継がれていることに、誰も疑問は持たなかったのだろうか。
「なんで、起こしてくれないの!」
ドタバタ慌ただしく階段を下った桃乃は、居間を通り過ぎて、洗面台に向かった。
「お口に合うかしらねぇ。今朝採れてねぇ」
「栄さん本当に美味い」
「どんな食材もうまく変えちまうたぁ、大した女だろぃ」
「また変なこと言ってねぇ」
栄はまんざらでもない、そんな様子で空いた食器を持っていった。
「なんでいるの!?」
歯ブラシをしながら、桃乃は居間へとやって来た。にゃんこを紹介する番組を見ることが、毎朝のルーティンになっているのである。
「そりゃ、お前を迎えに来たのよ」
「ええぇ」
「昔から朝弱いからな。特に連休明けは」
「でも、この番組までには必ず起きるのよねぇ。不思議だわ」
「いいよ、一人で行けるから、わざわざ来なくても」
「でも、学校に行く途中にあるからさ。せっかくだから寄りたい。暖まりたい」
「休憩所じゃないの!」
「いつでも来ていいからねぇ。歓迎よ」
「ありがとうございます」
「勝手に解決した……」
この言い合いのせいで、番組を見逃したことを、桃乃は少し後で後悔する。