プロローグ(2)
「久しぶり」
ホールの入り口でタバコを加えていた女性に声をかけられた。黒いドレスを着た凛々しい女性。胸元の指輪の形をしたネックレスが、いたずらに光る。面影は当時を残したまま、けれど苦いコーヒーのような渋みが、彼女を作り上げる要素に溶け込んでいた。
「また背伸びた?」
大人の風味を香りながら、でも、私はその面影に助けられて当時に戻った気がした。
「あれから少しね」
顔の前で苦笑いしながら、手を持ち上げる仕草をした。そのまま流れるように「単刀直入に聞くかね、普通」と、タバコを持つ指をくいくいと返した。
「開いてないの?」
私は中を指差して聞いた。
「みんなもういるよ。あんたが遅刻」
なじるように睨んだ姿が、昔と変わっていない。そのいじらしくも優しい瞳を、もっと覗いてみたくなった。が、おそらく彼女も気づいたのだろう、目を逸らすとまたタバコを咥えた。
「あと、これ。私の連絡先。今度連絡してよ」
会場に向かうため身体を反転しようとした時、タバコを挟む形の指で、彼女は私に腕を伸ばした。挟んでいたのはメモの切れ端。携帯の電話番号が書かれていた。
「絶対連絡するね」と約束をし、会場の中へ向かった。
ざっと見て50人くらい。街の会館を利用した会場はぎゅうぎゅうとまではいかないが、沢山集まったなと感じるほどだった。ビュッフェスタイルのお料理は、私の鼻を刺激した。まだ入って数秒だが、料理を取りに行くことに決め、足早に向かった。周りを見渡すと、いくつかの円卓に2、3人が賑やかに話し込んでいる。とても楽しそうで、私に気づく人はいない。
「ちょっと、寂しい……」
前菜のサラダを小皿に取り分け、思わず呟いてしまった。目立ちたがりではないけれど、全く注目されないのも、嫌。来なければ良かった、そう思い始めた時「嘘……」と、呟く声が聞こえた。私は前菜のサーモンから目を離し、前に目を遣った。全く変わらない子もいるんだなぁと感心した。雨絵ちゃんは私が話しかけるまで、石になったように固まったままだった。
「まさか、来るなんて思ってなかったから」
まだ驚いているようだった。
「だって、連絡くれたから」
「それでも……急に、あの頃は……」と、なんだか泣きそうに目をウルウルさせ「連絡だって、実家からお願いして」と、今度は怒りそうに拳を握った。
「ごめんなさい」
謝る以外の選択肢が思いつかない。彼女の表情を見ていたらなおさら。
「本当にグーパンチだかんな。後で表」
口を尖らせて、私の肩にグーを打った。手に持った小皿が危ない程ではない。手加減された威力に、思わず笑顔を返した。彼女は照れくさそうにもう一発グーを打った。