やまとなでしこはどこ
「どこ行く?」
「どこでもいいよ〜」
「それ、1番困るやつ」
「だって、誘われたんだもん」
「そりゃそうだけど」
「じゃあ、"植物園"でも行く?」
「えー」
「じゃあ、公園?」
「寒い」
「雨絵ちゃん! わがまま!」
「しょうがないじゃん……って言おうと思ったけど」
「言っている」
「私が誘っておいて決めてないから」
「そう」
「申し訳ない気持ちもありつつ」
「そうだね」
「でもでも、めんどくさいなぁ決めるのって、思ってしまう私がいる」
「開き直りだ〜」
「だから適当に歩こう?」
バスを降りた後、待ち合わせに使われている駅前の変な銅像付近のベンチに座って、カッコよく言えばこれからの作戦を考えていた。
「ご飯をいっぱい食べるとさ。お腹の中がぎゅーってなるじゃん。あれって、お腹の中に何かいるのかな」
「うーん、なんだろう」
「私ね。ワトソンなりに考えたのね」
「……シャーロックは?」
「お相撲さんがね、いるんじゃないかって」
「おっ……お相撲さん!?」
「そう。私が食べたものをせっせっと、運んでくれている。お相撲さんが」
私たちは歩くこともなくベンチに座り続けている。なんだか、このまま時間を浪費していくのも悪くない気がしてきた。お腹のお相撲さんも活発に動きたがっているけど、今日は有給休暇を取得させてあげる。存分にお休みなさい。
「破裂しちゃうよ」
「大丈夫、ちっちゃいから。ミニマムサイズだから」
「私の中に……お相撲さん」
「頑張ってくれている訳だからね。しょうがない、ぎゅーってなっても、私たちのためにしてくれている訳だから」
「あれっ?」
「嬉しいお相撲さんだ。うん。たまに摺り足したくなってもやらせないとだし、あんなに重たいご飯を運んでいるんだから」
「あれって、よもぎちゃんだ〜」
「感謝が大切。うん。それが……委員長?」
突然、「気づいてしまったんだよ」と言いながら私の肩を揺する桃乃。世紀の大発見ですと言いたげな眼。宇宙人を見たかのようなテンションでガシガシ来られても、私のハイテンションスイッチはオンにはならないんだぞ。……でも、委員長を学校以外で見かけるのは初めてかもしれない。ちょっとだけ気になる。
「あれってお母さんかな」
頭からつま先まで針金を通しているみたいに、ピンと伸びた背筋。でもそこに堅苦しさはなくて、がみがみうるさいヒステリックな貴族(テレビで見た知識だけど)とは違う雰囲気があった。貴族と例えてしまったのは、早とちりかもしれないけど、いいや、それで。
「美人だ! 大和撫子だ!!」
桃乃もテンションが上がっている。私なんかが考えもしないような会話をしているんだろうなぁ。立ち振る舞いが違うもんなぁ。
委員長の母親(だと思われる人)は何の変哲も無いポプラの木を、スッと指を指して微笑んでいた。
「おっ……お上品」
私はつい口を開く。気品が生を受けて存在している。私たちはしばらく、そんな情景に身を委ねていた。
〜もしも委員長とその母親が惑星72-q4から来た地球外生命体だったら〜
Take2
「ねぇ……ちょっと追いかけない?」
まさかと思い顔を覗くと、期待半分くらいの高揚した表情でにやけていた。こうなると止められないんだよね、私は自分に言い聞かせ、後を追うことに賛成した。首に巻いたマフラーで口元を隠し、スパイに就職した私たちは、よもぎちゃんプラス母親(絶対にそうだと思う)を視覚に入れつつ、彼女らの死角に入って尾行を続けた。時折、くしゃみを放つ私に「そいつはつまんねーぜ、旦那」と煙草を吸う真似をしながら諭す甘絵ちゃん。少し気に入らなくてスネをつねってやった。「いだっ」と、くしゃみと同等な音量を出した。これは見つかるかもしれない。他にも隠れている付近に虫がいて声を出したり、身体が半分以上隠れておらず向こうから丸見えだったり、何度か二人して危機的状況に陥ったけれど、意外にもバレずに済んでいる。よもぎちゃんは気づかないタイプなのかな。それとも私たちのスパイスキルが圧倒的だったりして、そんな訳ないよね。
「旦那、コイツは匂いますぜ。ストロベリーの香りがプンプンすらぁ」
電柱に隠れていた私に、甘い匂いが香る。これは微かに苺の匂いだった。
角を曲がり路地に入る二人に、私たちは疑問を感じた。顔を見合わせ、双方ともに頭の上にクエスチョンマークを掲げていることを確認し、その後を追って目視することを言葉に出さずに選んだ。追いつき角に張り付いた私たちは奥を覗く。
「$¥ま66グヶ、、幕」
「スピーンスピーン」
理解し難い音が、視覚情報よりも早く脳内に伝達された。少し遅れてやって来た視覚情報が私を混乱させる。恐らく雨絵ちゃんも同じだろう。胸の辺りをタンスの引き出しのように飛び出させ、そこから伸びる触覚のようなもので握手をしていた。果たしてそれは握手と呼ぶのか、通信をしているのかわからなかったが、唯一、現状から理解できることといえば、人間ではない、その一点だった。
「あっ……甘絵ちゃん……」
「もものぉ……」
その一点は、私たちの呼吸を乱し、物音を立たせるには十分だった。明らかに気づかれたと気づいた時、私たちは手を握ること以外に何も思いつかなかった。