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オロチ綺譚

反逆綺譚

作者: かなこ

シリーズ物です。上部「オロチ綺譚」より1作目「巡礼綺譚」からお読み戴けるとよりわかりやすいかと思います。

「大人しく来てもらおうか」

 串焼きを頬張ったまま振り向いた南は、突然目の前に現れた銃口に遠い目をした。



「怒らないから、事情を説明して? 船長」

 菊池は南の正面に座ると、上目遣いに南を睨みつけた。

 座ったと言っても、薄汚れた石畳の上だ。部屋の中には窓もなく、小さな電球が1つ無造作にぶら下がっているだけ。壁三方を床と同じ石畳に囲まれ、もう一方には高圧電流の通っている鉄格子がはめられている。

 旧時代的ではあるが、まごう事なき牢獄だった。

「うーん……」

 南は途方に暮れたようにため息を吐いた。

「実は、ヨナガ政府に売るつもりで持って来たあの紙なんだがな、売れなかった」

「え?」

 菊池の上げた声が、薄暗く狭い牢獄に響いた。

「どういう事なの?」

「んー……」

 両腕を組んでうなだれる南に柊が近づいた。2歩で近づける狭さだ。

「それがな、朱己。ヨナガ政府は、仕入れ値を大幅に下回る価格を言って来たんだよ」

「なんで? だってあの紙ってツバキ星にしかなくって、しかもツバキ星でも年々生産数が減ってるっていう貴重なシロモノなのに。だから船長も仕入れたんでしょ?」

「そうなんだが、どうやらヨナガ政府で何かあったらしい」

 南と柊、そして菊池の話を、北斗と宵待は黙って聞いていた。

「何かって?」

「反政府勢力がいるんだ」

 柊は菊池の隣にどかりをあぐらをかいた。いまさら服が汚れて困るような状況でもない。

「どうやら俺達が以前に来た時より、ヨナガ政府は圧政化しているらしいんだ」

 柊も南に倣って両腕を組んだ。

「ここもスイリスタルみたいな王制だろう? 今の王がどうにも傀儡らしい」

「王様が変わったの?」

「3回変わったって聞いたぜ」

「なんでそんなに……」

 今度は南が口を開いた。

「一応王制という事にはなっているがな、今は実権を握っているのは皇院だ」

「こういん?」

「妃の父親の称号だ。3代前の王に娘を嫁に出しただけの王族の遠い親戚なんだそうだが、どういうわけかこいつが権力を握って、自分に都合のいい人間を王に仕立てて操っているらしい」

「3代前って言うと、まだまともだった頃の王様の?」

「そうだ。その王はどうやら亡くなったらしい」

 菊池の表情が曇った。

 普通に考えて、皇院が王を殺し、星を乗っ取ったという事だろう。

「俺達も商売だからな。多少価格は落ちるがヨナガ星以外でも販売は可能だし、それなら売れんと断ったんだ」

「それだけでこんなとこに入れられるかな?」

 菊池は部屋を見回した。薄暗く湿った牢獄は、至る所から水がしみ出ていてカビ臭い。

「いや、それがな」

 南は申し訳なさそうに後頭部をかいた。

「政府からの帰りに、高く買ってくれるという人物に会ったので、売買契約を結んだんだ」

 菊池は汚れた天井を見上げた。

「……なんかわかってきたぞ。その売買契約を結んだ相手が、反政府側の人間だったんだな?」

 南はそっと菊池から視線をそらした。その先で宵待と目が合い、更に申し訳なさそうに眉尻を下げた。

「すまんな、宵待。オロチに乗った途端にこんな目に遭わせて」

 宵待は一瞬きょとんとしたが、朗らかに笑った。

「別にかまわないよ。出たくなったらいつでも出られるわけだし」

 今度は他の人間がきょとんとした。その視線にさらされて、宵待は焦ったように全員の顔を見回した。

「え? だって、出られるだろう? 菊池の力を使えば」

 北斗は脱力して片手を振った。

「ダメダメ。この人の力は大技用だから、こんな状況で鉄格子だけ壊すなんて芸当できないよ」

「だな。100キロ離れた場所から宇宙船を撃墜する事はできても、10センチ離れた場所の鉄格子はダメだな」

 柊にまでダメ出しをされて、菊池はしおしおとうつむいた。

「お前も無理だろう、宵待」

 南に尋ねられて、宵待は曖昧に笑って誤摩化した。菊池ほどではないが、宵待の能力も大技用だ。こんな近くの鉄格子を破壊するとなると、周囲の人間のダメージは内蔵破裂では済まない。

「とすれば、頼みの綱は船に残った笹鳴さんなわけだけど……」

「この状況すら知らないんだ。無理だ、柊」

 柊はがくりと肩を落とし、唇を尖らせた。

「腹減った」

「さっき串焼きを2、3本食べたきりだもんな……」

 菊池はごそごそとポケットを探った。

「あ、飴が出て来たよ。はい、しぐれ」

 柊を筆頭に全員に飴を渡して、菊池は自分も口の中にも放り込んだ。

「起きてると腹が減るから、もう寝てしまおう」

 南はごろりと床に横になった。一見茫洋として見える南だが、人一倍腹は据わっている。こういう時は体力温存が第一だ。

 そんな南の下にいるので、菊池や柊や北斗も次々と転がった。その様子を見て、宵待は小さく笑う。

「全宇宙のほとんどの海賊達を向こうに回して大立ち回りをできるくらいだし、さすがこういう時には落ち着いてるんだね、みんな」

「焦ったてしゃーないだろ」

 柊は菊池寄り添うようにして目を閉じた。

 投獄されるなど生まれて初めての経験なのに、それでもどこか安心している自分に宵待は気付いた。1人だったらきっとパニックに陥っているところだろう。

 でも仲間が一緒だから。仲間がいれば何とかなりそうな気がする。そう思わせてくれるのが『仲間』なのだろう。

 いいもんだな、仲間って。また1つ賢くなった。宵待はくすりと笑って自分も横になった。

 だが、横になった途端に遠くから物々しい音が近づいて来た。

「……誰か来るな。菊池、わかるか?」

「足音は7……8人」

 菊池は闇に沈んだ通路に向けて目を細めた。腕力は欠片もない菊池だが、聴覚だけは人一倍鋭い。

「鉄格子の向こうから銃で一斉乱射、なんて事にならないといいけど」

「北斗……お前はなんて不吉な事を言うんだ」

 南が情けない顔になって上半身を起こした時には、足音はすぐ近くまで来ていた。

「……こないなところでお休みかいな。神経太いんも大概にしとき」

「ドクター!」

 がばりと身体を起こした菊池に、笹鳴は「鉄格子に触ると死ぬで」と鋭い声を発した。

「話は後や。助けに来たで」

「下がってろ、笹鳴。電流のスイッチを切る」

 初めて耳にする声に、北斗は本能的に身構えた。

「切る言うたかて、どないするつもりやねん、メイゲツ」

「こうする」

 闇に銃声が響いた。とっさに全員が身を硬くしたが、鉄格子に流れていたモーター音が消えた事に気付いて、菊池が顔を上げた。それとほぼ同時に、鉄格子が乱暴に開けられる。

「早く出てくれ。いくらヒグラシでも、時間を稼ぐには限界がある」

 真っ先に南が立ち上がった。

「とりあえず全員俺に続け!」

 南の号令とあれば、オロチのクルーは脊髄反射で反応する。一歩送れて宵待が立ち上がり、全員が牢獄を飛び出した。

「真っ暗で何もわかんないよ」

「俺に掴まってろ、朱己」

 柊が菊池の左手を掴み、菊池はあわてて右手で宵待を掴んだ。

「宵待、こっちだからね」

「ああ」

 北斗は最後尾についた。これは骨の髄まで叩き込まれた軍人のサガだった。船長が先頭に立つなら、接近戦に強い自分が最後を守るべきだと思ったのだ。

 足音と気配を頼りに、北斗は後方に注意しながら走った。だが不思議な事に誰も追って来ない。それどころか、自分達が逃げた事にすら気付かれていないようだ。

 建物から脱出し、わずかな月明かりの下で初めて自分達を助けてくれた人物達を見たが、北斗に見覚えのある援軍は笹鳴だけだった。もしかしてスイリスタルからの助けかとも思ったが、それにしては反応が早すぎる。

 逃げるのに必死のクルー達の最後尾で、北斗は冷静に後方を振り返った。相変わらず追っ手の姿は見えないが、巨大な建物の端から殺気じみた気配を感じた。そこで何か騒ぎが起こってるようだ。おそらくヒグラシという男が注意を引きつけているのだろう。騒ぎに乗じて強化ガラスの割れる音がし、そこから1人乗りの簡易飛行物体が飛び出したのを確認して、北斗は前方へ向き直った。



「エンジン全開!」

「オートリフレクターセット! 船体浮上秒読み10! 9! 8!」

「コース……は後回しだ! とりあえず飛ぶから全員掴まれ!」

「エンジンローダーノーマル解除!」

「4! 3! 2! 出力曲線レブリミット!」

「発進!」

 北斗は力任せに操縦桿を引いた。

「笹鳴! 後方は!?」

「来とるで。……柊!」

「わかってるっス!」

 柊はレーダー用のゴーグルをかぶりながら座席下のレバーを蹴飛ばした。新オロチは操縦席での視界が360度見回せるようになっており、あらゆる方向への迎撃が可能になっている。

 一目散にランダムな軌道で逃げるオロチから、柊は正確にプレ・ロデア砲を追撃艦に命中させた。操縦技術は北斗にやや劣る柊だが、狙撃なら勝るとも劣らない。

「待て! あの黒い一つ星の船はメイゲツの仲間や!」

 笹鳴の怒声に、柊は器用にその船だけを避けて攻撃した。針の穴を通すような、驚くほど正確な狙撃だ。

「軌道計算完了! どっちに飛ぶ!?」

「ヨナガ星の衛星『ヨサム』や! そこに向かえ!」

 笹鳴の指示に菊池は素早く南を見た。方向指示は通常船長の許可なしに出せはしない。南は菊池に向かってうなずいた。

「目的地『ヨサム』に設定! コースティアナ! 軌道修正完了! 距離60,000!」

「自動照準装置オーバー! インパクトキャノンディスチャージ!」

 オロチに乗船して間もない宵待も菊池に続いてバックアップに入った。宵待にとってこれは初陣とも言える初戦闘だが、緊張感こそあれ、恐怖はない。

「敵補足! 数26!」

 最新レーダーは一瞬にして正確な敵の数を把握した。それを聞いて、柊の表情に好戦的な笑みが浮かぶ。

「スズメどもがチュンチュンうるせぇな。死にたい奴からかかって来い!」

 驚異的な命中率で、柊はヨナガ政府の追撃を薙ぎ払った。



 ヨナガ星の衛星ヨサムは、本星の5分の1に満たない小さな惑星だった。

 それでも本星と同様に多くの緑と清流を有し、素朴で美しい自然環境が広がっている。

 ヨサムに到着したオロチは、先に着陸していたメイゲツ達の誘導で地表へ降り立った。

「全員無事でなによりだ。疲れたろう、こっちへ来てくれ」

 メイゲツについて来るよう言われたが、オロチのクルーは誰1人動かない。全員黙って南を見ていた。

 こういう時の決定権は南にあった。新しい惑星、初対面の相手、今後の行動方針等は、すべて船長にゆだねられている。彼がオロチの法律なのだ。

 南は大きく息を吐いた。

「……まぁ、政府軍にプレ・ロデア砲を向けた時点で、俺達は反政府軍の支援組織と思われてしまっているだろう。毒を喰らわば皿までだ」

 南はクルー全員を見回し、笑った。

「行こう」

 そんな様子を見て、メイゲツはわずかに笑った。南が信頼された船長だという事が、このクルー達を見ていればよくわかる。

 南達が通されたのは、会議室のような場所だった。そこには牢獄から連れ出してくれた顔ぶれが並んでいたが、1人だけ新しい顔が増えていた。

「メイゲツさん」

「ああ、ヒグラシ。よくやってくれた怪我は?」

「ねぇっスよ。あれしきの事で」

「いいよなぁ。俺だって本当は連中相手に銃の一発でも撃ちたかったのに。1人だけストレス発散してうらやましいよなぁ」

 ぶつぶつ呟き出す男に、メイゲツは苦笑した。

「そう言うな、セキレイ。ヒグラシは命がけだったんだぞ」

 メイゲツは自分の部下達と、そしてオロチのクルーにも椅子にかけるよう告げた。

「面識のある者もいるが、一応自己紹介しようか。俺の名はモミジ・メイゲツ。反政府軍のリーダーだ」

 北斗と宵待、それに菊池はやっぱりな、という顔をしてうなずいた。

「こっちは俺の部下達。さっき陽動を起こしたのがヒグラシだ」

「俺は南ゆうなぎ。自由貿易船オロチの船長だ。クルーの北斗、宵待、菊池。柊は交渉時に会っているし、笹鳴は今更紹介不要か」

 名前を呼ばれた者達は、それぞれに小さく頭を下げた。

「お前達に迷惑をかけるつもりはなかったが、政府がここまで腐っているとは思わなかった。俺の認識が甘かった。申し訳ない」

 部下達の目の前で頭を下げるメイゲツに、オロチのクルーは顔を見合わせた。反政府のリーダーともあろう人物が、ただのフリートレイダーに頭を下げるなど、そうできる事じゃない。

「顔を上げてくれ、メイゲツ」

 南は苦笑してこめかみをかいた。

「うちは商売をしただけだ。お客のお前さんが頭を下げる必要はない」

「しかし、南は俺が反政府軍の者だとわかっていてあの紙を売ってくれたんだろう? なら、政府にたてつくも同然だという事もわかっていたはずだ」

「俺達は自由貿易業者だ。よほどの悪党じゃない限り、高く買ってくれる方を選ぶ」

 何せまた税金が値上がりしてな、と南はぼやいた。その口調に、メイゲツは口元をほころばせた。

「しっかりしてるな。お前のところのクルーはみんなそうなのか?」

 視線で意味を尋ね返す南に、メイゲツはゆったりと背もたれによりかかかって笹鳴をあごでしゃくった。

「売買契約書を持ってオロチへ向かった俺に、この男はお前達が戻ってくるまでは物資は渡せないと言い張ったんだ」

 それまで黙っていた笹鳴は、急に水を向けられて肩をすくめた。

「売買契約書は本物やったけど、どうにも自分らは戻って来ぉへんし、それどころか連絡もあらへん。こらおかしい思うて事情を聞いたら、政治関係のややこし事態になっとるやろ。俺1人やったらどこまでやれるかわからへんし、値引きを条件に協力してもろたんや」

 南はうなずいて、指先を組んだ。

「そうだったのか。メイゲツ、助けてくれてありがとう。礼を言う」

「いや、元々の原因はこっちだからな」

「それだけで部下の命を危険にさらすとは思えん。感謝する」

 今度は南が頭を下げた。自分と、そして何よりクルー達を助けてもらった事が心からありがたかった。メイゲツという男は相当義理堅い性格なのだろう。

「そう言ってもらえるとありがたいんだが、積み荷を下ろしたらすぐでも発った方がいい」

 メイゲツに視線を向けられ、ヒグラシが席を立った。

「悪気はねぇんだが、あの皇院の事だからすぐにでもここへ報復に来るだろう。巻き込まれたくなかったら、さっさとした方がいいぜ」

 南がうなずき、菊池と宵待が立ち上がった。

「船長、俺と宵待で積み荷を下ろすから、後の事を考えておいてね」

「2人で大丈夫か?」

「うん。紙だから爆発も孵化もしないしね」

 孵化? と尋ねるヒグラシと2人がドアの向こうへ消えた後、南は腕を組んで背もたれに寄りかかった。

「メイゲツ、よければ現在のヨナガ星の情勢について教えてくれないだろうか?」

 メイゲツは無言で視線を南に固定した。

「どう考えても、あの政府の対応は常規を逸している。俺達がフリートレイダーだから足下を見たのだとしても、そういう取引を続ければ必ずUNIONの耳に入る。自分達の商売が真っ当に取引されている内はUNIONも口は出さんだろうが、あそこには一般業者が訴えられる公正取引委員会の窓口もあるし、公営輸出管理局だってある。ヨナガ星だってUNIONに属している以上、通達があれば無下には退けられないだろう。取引を断っただけで投獄されるだなんて事が公になれば、いくらUNIONでも黙っていないぞ」

「だからこそ、俺達が立ち上がったんだ。このままではヨナガは崩壊する」

 メイゲツは静かに目を閉じた。

「ヨナガは変わってしまった。すべてあの皇院のせいだ。あの男が政府に関わるようになってから、いったい何人死んだと思う?」

 南は眉をひそめた。王のような地位の者まで殺害されたのだ。周囲にも相当数の犠牲者が出ている事は容易く想像できる。

「俺達は元々王宮に仕えていた。だがあまりの横暴ぶりに反旗を翻し、このヨサムに基地を構えて応戦しているところだ」

 黙って聞いていた北斗が、突然ふんぞり返って口を開いた。

「ヨナガ星は経済的にそれほど突出してる訳じゃないけど、惑星生活基準値は低くなかった。でも3年前に突然王が急死して、次の王はそのすぐ半年後に死んでる。今の王様になってから現在の政治不信や経済不況が始まったみたいだね。メイン輸出品目である木材やバイオ酵素に輸出規制をかけて、それほど貴重品ってわけでもないのに、UNIONへ特別輸出品登録申請をしてる。それもかなり強引に。なぜなら、先代と先々代の国政をぶちこわすような政策を、2年前に立ち上げたからでしょ? 何たって、あのSPACE UNIONと肩を並べる組織を作って、全宇宙の貿易権をかっさらおうって言うんだから」

 メイゲツは驚いて北斗を見た。外見はまるで子供のように見えるが、その状況把握能力はただの貿易船パイロットのものではない。

「え? ちょっと待て北斗。俺そんなの知らねぇぞ。つか、知ってたら言えよ」

 北斗は不機嫌そうに柊を見た。

「船長には前もって言ってあったはずだけど。それに、UNION内部じゃこんな情報知ってんのは極少数の限られた上官だけかもしれないけど、軍にいる者なら誰でも知ってんの」

「うわ、お前ムカつく」

 元軍人の北斗と元UNIONの柊では、今回の件では柊に分がなかった。

「メイゲツさん」

 セキレイが視線を上げた。

「SPACE UNION内でこの事を知る者は少なく、軍には多い。という事は、SPACE UNIONは話し合いなどで片付ける気はなく、銀河海軍と結託して有無を言わさずヨナガを叩き潰すつもりって事なんでしょうね」

「そういう事になるな。もう時間がない」

 メイゲツはテーブルに両肘をついた。

「一刻も早く皇院をその座から引きずり降ろし、健全な政治を取り戻さなければ、ヨナガは確実に潰される。そもそも王を血筋で選ぶのがよくないんだ。外部と接触せず玉座にふんぞり返ったままでは、世界の情勢などわかるわけがない……」

 メイゲツが苦々しげに目を閉じたとき、部屋に1人の少女が転がり込んで来た。

「お兄ちゃん大変! 政府が戦艦を率いてこのヨサムに向かってる!」

 そこにいた全員が、ぎょっとしたように駆け込んで来たメイゲツの妹、アンズを見た。

「何だって? 数は?」

「ものすごい数よ! 10や20じゃないわ!」

 それを聞いて、メイゲツの部下の1人が拳をテーブルに叩き付けた。

「馬鹿な……! それほど軍事力があるわけでもないのに、そんなにたくさんの戦艦を出撃させれば本星はがら空きになる!」

「そこを他の組織につけ込まれるだなんて事は、思ってもいないんだろうな」

 もう1人の部下がが舌打ちし、メイゲツは素早く立ち上がった。

「お前達はすぐにオロチの荷下ろしを手伝え。アンズ、お前は代金の用意を」

「メイゲツさん、そんな事言ってる場合じゃ」

「無関係の者を巻き込む訳にはいかん」

 メイゲツは南を見下ろした。

「慌ただしくてすまんが、すぐにでも出発準備をしてくれ」

 南は2秒ほどメイゲツを見上げた後、低い声を発した。

「……俺達をここへ連れて来たから、アジトがバレた。それまでは、反政府軍の拠点は政府には知られていなかったんだな?」

 メイゲツは否定しようと口を開いたが、上手く言葉が出て来なかった。とっさの嘘に慣れていないのだ。

 南は目を閉じた。その後ろで、柊と北斗が申し合わせたように同時に立ち上がる。

「北斗、柊。オロチのD換装を行え。積み荷を下ろしていては間に合わん」

「了解!」

 部屋を飛び出て行く2人に、メイゲツはテーブルへ両手をついて身を乗り出した。

「何をする気だ? 南」

「オロチは貨物船だ。貨物部分を本体から切り離す」

 メイゲツはほっとしたようにうなずいた。

「なるほど。それなら荷下ろしの必要はないな。そのまま逃げてくれ。切り離した貨物部機体については、こちらで責任を持って保管する」

「勘違いせんといてや、メイゲツ」

 笹鳴はゆっくりと立ち上がった。

「俺達はフリートレイダーや。どこへ行くも何をするも、誰の指図も受けへん」

 笹鳴に続いて、南も静かに立ち上がった。

「金を受け取るまでは俺達の商品で、お前達は俺達の客だ。ここでお前達が潰されちゃ、買ってくれる他の星も探さにゃならんし、その上ここほど高く売れるとは思えん」

「これは戦争だ! あんた達、気は確かか?」

 怒鳴るメイゲツの部下の1人に、南は笑った。

「先に俺達を命がけで助けてくれたのはそっちだろう?」

 更に何か言い募ろうとする部下を制して、メイゲツは南を見据えた。

「確かに俺に指図する権利はないかもしれん。だが俺達を命の恩人だと言うのなら、頼むから逃げてくれ。貿易船が1隻増えたところで、足手まといにこそなれ、戦力にはならん」

「言うてくれるわ。まぁ、見とき」

 笹鳴はそれ以上聞く耳は持たないとばかりに、メイゲツに背を向けてドアへ向かう。それに続こうとした南の背に、メイゲツの鋭い声が投げられた。

「これはヨナガの問題だ」

 南は振り向いた。

「俺達にとっては商道徳の問題だ」

 南はそう告げ、足早に部屋を出て行った。



 惑星ヨナガから出撃した政府軍艦隊は、ヨサムのレーダーを埋め尽くすほどの数だった。

 ありったけの戦闘艦を投入された政府軍に比べ、ヨサムの勢力はわずか50隻。どう見ても負け戦だ。

 それでもメイゲツは、軍事司令室で怯まず総指揮をとった。上下左右からできるだけ政府軍の戦艦を一カ所へ追いつめて集中砲撃で連鎖爆発を狙い、小回りの利く小型戦闘機は敵戦艦の間に滑り込んで同士討ちを試みた。

 軍事司令官としての能力は、政府軍よりメイゲツの方が圧倒的に上回っていた。撃墜数は政府軍が5%に対し、メイゲツ率いる反政府軍は40%を超えている。

 しかし、根本的な戦力に決定的な差があった。

 数を頼んだ政府軍は、撃墜されながらもじわじわとヨサムに近づき、とうとうミサイル射程範囲内に侵入されてしまった。

「政府軍のミサイル確認! タイプは……か、核ミサイルよ!」

 アンズの悲鳴が司令室に響いた。

「馬鹿な! この距離で核ミサイルなど撃てば、政府軍の戦艦だってただでは済まん!」

「きっと皇院の命令なのよ! どうしよう、あんなの撃ち込まれたら、ヨサムは壊滅してしまう……!」

 メイゲツは強く拳を握った。

「これがお前のやり方か……皇院……!」

 勝つためには手段は選ばない。敵を倒すためなら、味方がいくら死んでもかまわない。

 メイゲツの頭の中に、皇院の下品な高笑いがよみがえった。

「シェルター起動! シールド全開! ブースターフルパワー!」

 メイゲツは怒鳴った。だが、ヨサムの防衛装置は充分ではない。まだ政府と互角に戦えるような段階でなかった事は、最初からわかっていた。

 ヨサム目がけて、ミサイルが音速で近づく。

 メイゲツは覚悟を決めた。

 諦めたくなどないが、自分達はここまでだ。核ミサイルを防ぐ手段など、どこを探しても存在しない。

 自分達はここで終わるが、後に続いてくれる者がいる事を信じる。自分は命が絶えるその時まで戦う。その生き様を後世に残す事が、自分が生まれた意味だ。

 ミサイルが大気圏に突入しようとするのを、メイゲツは地上の司令室から絶望的な思いで見つめた。

 その時だった。

 突然、大気圏直前で核ミサイルが停止した。

 ヨサムの司令室の巨大モニタに映ったその映像に、誰もが一言も口をきけなかった。何が起こっているのか、誰にも理解できなかったのだ。

 核ミサイルのエンジンは点火したままで、勢いよく後方に火を吹いている。しかし1ミリも動いていない。まるで透明な巨人の手で掴まれているかのようだ。

 全員が呆然と見つめる中、核ミサイルはゆっくりと方向を変え、また唐突に巨人の手が離れたように勢いよく明後日の方向へ飛んでゆく。

「も、もう1発来ます!」

 しかし今度も同じだった。ヨサムの大気圏に侵入する前にぴたりと止まり、また全然違う方向へ飛んで行く。

「な……何が起こってるんだ……?」

 メイゲツの呟きに答えたのは、アンズだった。

「船よ! お兄ちゃん! オロチが……!」

 モニタに映ったのは、大気圏の手前で停止しているオロチだった。

「信じられない……なにこのシールドの出力……!」

 メイゲツも慌てて出力計を見た。オロチの発するシールド出力は、ヨサムの持つレーダーを振り切っている。

「ただの貿易船じゃなかったのか……!」

「まるで、噂に聞くスイリスタルのSシールドのようだわ……」

 しかし、とメイゲツはモニタに目を向けた。オロチ1隻で、核ミサイルを止めた上に方向転換させるなど、可能なのだろうか。

 オロチはやがて、ゆっくりと大気圏に向けて動き出した。その強力なシールドを恐れたのか、政府の戦艦はまったく近づけない。

 大気圏付近で再び停止したオロチに、政府戦艦の砲口が集中する。

「いかん! オロチを守れ!」

 メイゲツが叫んだその時、政府軍の戦艦群を光のようなものが真横に薙ぎ払った。その3秒後、泡のような大小の火の玉を吹いて、戦艦群が一斉に爆発し始めた。

「なんだ? いったい何が起こったんだ……!?」

 すでにメイゲツの知る兵器の範囲を超えているその現象に、司令室には返答の言葉はなかった。何が起きているのか、まったくわからない。ただ、オロチが何かしらの手段で政府の戦艦を爆発させたのだろうという推測ができるだけだ。

「お、お兄ちゃん……あの人達、いったい何者なの……?」

 いくら腐敗した政府とはいえ、仮にも正規軍艦を相手にたった1隻であの存在感。海賊ですらない、ただの自由貿易船の持つ力ではない。

 メイゲツは背を正した。これは間違いなくチャンスだ。

「アンズ、全員に通達。これより我々は、ヨナガに進軍する」

「お兄ちゃん!」

 メイゲツは司令室を飛び出し、自分の戦闘艦に乗り込んだ。

 まるでそれを待っていたかのように、大気圏を抜けたメイゲツの後にオロチが続く。

 総出撃した反政府軍の一団の前で、更に事態を好転させる異変が起きた。

 日頃から皇院の圧政に義憤を感じていた政府軍が反旗を翻し、次々と反政府軍に下り始めたのだ。メイゲツ達反政府軍が最後まで信念を貫いて戦い死のうとするその姿に、ヨナガの軍人達がやっと目を覚ましたのだ。それは見る間にふくれあがり、惑星ヨナガに到達する頃には、8割以上の正規軍がメイゲツに追従していた。

 一気に形勢を逆転させた反政府軍は、そのまま正規政府に降伏条件を突きつけた。

 皇院と現国王の銀河系外永久追放、それに加担した者達の惑星外追放、捕縛された反政府軍の者達の解放。

 ヨナガ星の王宮を囲む物々しい戦艦の数に、政府は恐れをなしてすべての条件を呑み、全面降伏をした。




「なんか、やっぱり雰囲気変わったよね」

 菊池は串焼きを頬張りながら周囲を見渡した。

 いつか来た時と同じ繁華街の同じ串焼き店だったが、その活気は前回とは違う。以前のようにどこか抑圧された暗い影はなく、人々の顔には笑顔が多い。

「無血終結した言うんもよかったんやろな。戦争で首都が燃えない言うんは滅多にあるもんやない」

「平和で結構な事だけどさ、ねぇ船長、俺達いつまでここにいんの?」

 北斗はジョッキを傾けながら南を睨んだ。

 旧政府が転覆し、新政府が発足して1週間が経っていた。

 新政府は毎日のように様々な悪法を撤回し、それに代わる法を整備している。マスコミは連日新政府発足を取り上げ、まるで毎日が祭りのようだ。

「仕方ないだろう。まだ代金を受け取ってないんだから」

 南もジョッキを傾けた。メイゲツとの謁見を何度も申し込んでいるのだが、新政府はそれどころじゃないのかまるで返答がない。

「俺はいいけど。ここの串焼き美味しいし。やっぱりヨナガ星っていい木材の産出で有名な惑星だから、きっと炭もいいんだよ」

「確かに、ここの直火で焼いた串焼きは美味しいね」

 菊池と宵待がほのぼのと会話するのを片目に、笹鳴は笑みを隠すようにジョッキを口元へ運んだ。

「売買契約は正規のものだから、金を受け取らずにはどうする事もできん。もうしばらくは、ヨナガ星に滞在する事になるかもな」

 南は通りがかった店員に飲み物のお代わりを追加した。

「あ、留守番してるしぐれにお土産買わなきゃ。すみませーん、テイクアウトして欲しいんですけどー」

 菊池が呼び止めた店員と話していると、出入り口がいっそうにぎやかになった事に気付いた。

「あ! いたいた! おーい! オロチのみんなー!」

 振り向くと、ヒグラシとセキレイがこちらに歩いて来るところだった。

「やっと見つけたぜ。遅くなっちまったが、メイゲツさんと会わせてやるよ」

「遅すぎ」

 北斗に睨まれてヒグラシは肩をすくめ、セキレイはまたぶつぶつと呟き出した。

「そんな事言ったって俺達だって毎日死ぬほど忙しかったし、謁見の申し込みが今日初めて俺達の手元に届いたんだからしょうがないじゃん。別に忘れていた訳じゃないのに失礼だなぁ」

「言うな、セキレイ。今回は明らかに俺達の方が失礼だったって」

 セキレイをなだめてから、ヒグラシは南に向き直った。

「こんなに時間がかかって悪かったな。あんた達だったら、王宮に船をつけたってよかったのに」

「それはさすがに無礼だろう」

 南が視線を向けると、全員が立ち上がった。会計の為に菊池がレジへ小走りに向かう。

 ヒグラシの運転する移動車に乗せられて、オロチのクルー達が連れて来られたのは王宮の最奥だった。

「来てくれたか。遅くなってすまん」

 デスクに向かっていたメイゲツは、オロチのクルー達の姿を認めるとすぐに立ち上がり、謁見の間へ促した。

「どうにも落ち着かなくてな。お前達の申し込みも、実は今日の昼にやっと届いたんだ。オロチに連絡を入れたらお前達は街に出たと聞いて、ヒグラシとセキレイに探してもらっていたところだ」

「いや、こっちこそ忙しい時にすまん」

 南が頭を下げると、メイゲツは快活に笑った。

「頭を下げる必要などない。俺達がこうしてここにいられるのは、お前達のお陰だ。すごい船だな、オロチというのは」

「ああ、スイリスタルからのもらいものなんだけどな」

「スイリスタル! あの高技術銀河系の! それはすごい」

 メイゲツがひとしきり感心していると、アンズがお茶を持って来た。

「どうりですごいシールドだと思ったわ。もしかしてあれって、Sシールドってやつ?」

「そうや。スイリスタルでも最高ランクのシールドなんやで」

「測定できないんだもの。びっくりしちゃった」

 差し出されたお茶を飲み、さぁ代金の受け渡しとなったその時、部下の1人が部屋に入って来た。

「すみません、メイゲツさん。来客です」

「こっちも来客中だ。悪いが待ってもらってくれ」

「それが……」

 部下が視線を向けたドアから、制服を身にまとった人物が3人入室して来た。そのデザインには誰もが見覚えがあった。

 SPACE UNIONの制服だ。

「来客中にすまない」

 男の1人がメイゲツに進み出た。

「我々はSPACE UNIONの者だ。……そちらが自由貿易船、オロチのクルー達か」

 UNIONの人間達の視線がオロチのクルーに注がれた。

「スイリスタルといいオボロヅキの時といい、戦争に口を突っ込むのが好きなようだな」

「趣味みたいに言わないでくれる?」

「オボロヅキの時は戦争ちゃうやろ」

 北斗と笹鳴の軽口に反論しようとした男に、後ろに立っていた年かさの女性が割って入った。

「調子に乗せられてんじゃないよ。あんたがオロチの船長の南ゆうなぎだね。噂は聞いてるよ」

 初老の女性はのしのしと南に近づくと、身分証明書をかざした。

「あたしはSPACE UNION通産交渉部門管理官のウララ・カスガってもんだ。今回もご苦労だったねぇ」

 南は申し訳程度に頭を下げた。

「そして、あんたがヨナガ星の新政府代表のモミジ・メイゲツだね?」

「仮の、というところだ。正式な代表はこれから決める」

「あんたに決まってるさ」

 カスガは豪快に笑った後、メイゲツに小さなメモリチップを差し出した。

「中身を見て返答をおくれ」

「内容は?」

「先日ここを追い出された皇院と前国王が、あたしらの航路で何者かに襲われて死んだのさ」

 思わずメイゲツは腰を浮かせた。

「犯人は?」

「さぁね。圧政を恨んだこの星の人間かもしれないし、海賊かもしれない。……おっと、あたしらじゃあないよ」

 カスガはにやりと笑った。

「引き取り手がない上に、こんな事のあった後だからねぇ。とりあえずあんたに判断して欲しいのさ」

 メイゲツは脱力したように椅子に座り直した。

「せっかく命を助けてやったというのに……」

「じゃあね。邪魔して悪かったよ。こっちも色々忙しくてね」

 カスガはきびすを返しかけて、南を見た。

「あんたたちに会えてよかったよ。まぁ、ほどほどにしとくれよ」

 カスガは2人の男を従えて部屋を出て行った。

「前の国王……死んじゃったんだね」

「自業自得なんじゃないの」

 しんみり呟いた菊池をばっさり叩き切って、北斗はカップに口をつけた。

「柊がいなくて正解だったな」

 南は息を吐いた。元UNIONの柊がここにいたら、事態は少し面倒な事になっていたかもしれない。柊の一方的ないちゃもん付けによって。

「UNIONのあの口調から察すると、お前達は名の売れた自由貿易業者のようだな」

 オロチのクルー達は顔を見合わせた。少しだけ心当たりがないでもない。

「詳しく詮索するつもりはないさ。お前達は恩人、俺達にとってはそれで充分だ」

 メイゲツは銀河中央銀行発行の小切手を差し出した。

「代金だ。すぐにでも引き出せるようにしてある」

「確かに。あの紙が有効に使われる事を祈ってる」

「もちろん。経済復興には欠かせないものだからな」

 メイゲツは笑い、そしてしみじみとオロチのクルー達を眺めた。

「……本当にありがとう。お前達がいなかったら、俺達はヨサムで死んでいた。すごい兵器を見せてもらった」

「ああ、あれはうちの最終兵器の1つでな」

「あんなものが複数あるのか」

「普段はただの小動物なんだがな」

 は? という顔をするメイゲツを横目に、菊池は無言で南を睨んだ。

 その視線を意図的に無視して、南は立ち上がった。

「これ以上、忙しいお前に相手をさせるわけにはいかないな。俺達はそろそろここを出る」

「いい旅になる事を、心から祈ってるわ」

「ありがとう。俺達も、ヨナガ星がいい惑星になる事を祈ってる」

 南はアンズに礼を言い、全員を促して王宮を後にした。




 宵待は、モニタの中で小さくなっていくヨナガ星を見つめていた。

 宵待の故郷であるオボロヅキとは真逆で、地表のほとんどを陸地で埋められた森の惑星。

 ここには自分と同じオボロヅキ人はいなかった。羽根や尾を隠していたとしても同じオボロヅキ人である自分にはわかるはずだが、見つける事は叶わなかった。

 でも宇宙は広い。きっとどこかに同じ故郷を持つ者がいるだろう。

 その時、自分はオロチを降りるのだろうか。今の仲間と別れるのだろうか。

「宵待」

 宵待の思考を中断したのは菊池だった。

「今日の晩ゴハンはカレーにしようと思うんだけど、宵待はカレー大丈夫?」

「食べた事ないけど、きっと大丈夫だよ」

 宵待は振り向いて笑った。

「菊池の作るものはどれも全部初めて食べるものばかりだけど、なんでも美味しいから」

「本当?」

「この間、細長いものの塊に赤いどろどろした液体が絡まってるのを見た時は本当に食べ物かと疑ったけど、でも食べてみたら美味しかったから」

「ナポリタンの事かな。宵待は好き嫌いがなくて助かるよ」

「こっちこそ、いつも美味しい食事をありがとう。こんなに美味しいものがこの世にあるなんて知らなかったよ。生きててよかった」

 菊池は感激したのか目を潤ませて、宵待の手をとった。

「俺もっと美味しいものをたくさん作るからな。いっぱい食べてくれな」

「なら和食作ってよ。肉じゃがとかきんぴらごぼうとかふろふき大根とか」

 ジュースに突き刺したストローをかじりながらやって来たのは北斗だった。オートパイロットになっているので、操縦席にいなくても平気なのだ。

「いいけど、じゃあ宵待みたいに時々褒めろ。モチベーション上がるから」

「面倒くさい人だね、あんた。単純なくせに」

「単純だと思うなら、俺を操縦できるようなセリフを吐け! お前それでもパイロットか?」

「人間を操縦する免許は持ってないから」

 微笑ましい口喧嘩に目を細め、宵待は思った。

 彼らと離れる事を考える前に、彼らに恩を返す事を考えなければいけない。命がけで自分を助け、仲間に迎えてくれた彼らに。

「菊池」

 宵待は、北斗と頬を引っ張り合っていた菊池の名を呼んだ。

「なに? ヨイマツィ?」

 何? 宵待? と言ったのだろうと推測し、宵待は笑った。

「北斗の言っていたものも、いつか食べてみたいな」

「いいお。こんろ、ちゅくって……ひょくと、離ひぇお!」

「自分こひょ、離ひぇば?」

 はいはいもうそこまでね、と宵待は割って入った。

 冒険はまだ続く。でも願わくば、投獄はもう経験しなくてもいいかな、と宵待は思った。

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