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珈琲とラズベリー  作者: 倉田ヴェルムート星呑
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帰郷、そして風

初投稿です。

普段あんまりしない文章表現だったのであまり長く書けませんでしたのでシリーズものというか続きものにします。

pixivにも投稿してます→ https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=8343991

活動拠点を分けていきます。

 けたたましく鳴り響くサイレンの音。鼻に刺さるペトリコールの懐かしい香り。泣き叫ぶ子どもの群れ。私は故郷へ帰ってきた。

 夕方だというのにまだ日は高く、肌を焼く西日がいやらしく笑う。喉はひび割れたように乾ききり、先ほどまでの雨などまるで無かったように大地は貪欲なほど水を求める。道を行く二輪のテールランプを睨み付け、私は喫茶店へと脚を向ける。

「珈琲だ、マスター。とびきり濃いのを頼む」

 豆を挽く心地よい音に耳を傾けながら、私は書類に目を通した。書類には新居の見取り図が記され、次の項目には詳細な住所と地図が書かれている。そうして数分を待ってようやく淹れ終わった珈琲に氷を二つ入れ、純粋な黒を喉に流し込む。上質な香りが鼻を通り抜け、眠気を奪うような強い苦味とほのかな酸味が喉を潤した。

「して客人。この街には旅行か何かかい?」

「いや、引っ越しだマスター。元々私はここの出身だ」

 私の返答に納得したのか、初老の主人は何度か頷いて美味そうなハムサンドをサービスしてくれた。その後いくつか他愛ない会話を交わして私は店を出た。

 喫茶店を出て川沿いを少し進むと、私の新居となる小さな一軒家があった。木苺を塗ったような赤い屋根は景色から取り残され、白く塗った木製の壁は剥がれかけたペンキが何とも言えない雰囲気を醸し出している。まるで私そのものを表したような一階建ての構造物は、自然に私を受け入れていた。

「いっそこれくらいでちょうどいい」

 私は先に到着していた荷物を運び入れ、冷たいシャワーで汗を流すとそのままベッドで横になった。長旅の疲れで珈琲のカフェインも力尽き、シーツに包まるとそのまま私は眠りに落ちた。深い眠りは夢すら見せようとしなかった。






 目を覚ますと温かい風が頬を撫でた。子どもも入り込めないほどの窓だが、開けて寝たのは不用心だった。今夜こそは気を付けようと軽く決意し、私は昨日の喫茶店を目指した。夏の空は無情なほどに晴れていた。

「マスター、眠気が覚めるような珈琲を頼む」

 主人は小さく微笑んで豆を挽き始めた。追加でカツサンドも注文し、新聞を持って奥のカウンター席に腰かけた。特に面白いニュースも無く、有名人の死や恋愛を大々的に掲載していた。

「朝食かい客人。といってももう十時を過ぎているがね」

 主人は少し皮肉気味に言ったが、まさに事実だ。私は昔から朝に弱い。朝食が昼食になるなんてことは日常茶飯事だ。珈琲よりも先に出来上がったカツサンドを頬張り、私も自嘲気味な笑顔で主人に応えた。座布団のような無骨なカツサンドだが、ソースの辛味が絶妙に美味かった。

「そういえばマスターはいつからここで? 私が住んでいた頃は無かった気もするが」

「十年になりますかな。ちょうど客人が引っ越してすぐじゃあないかね」

「私が引っ越して十一年ほどだからそんなところか。店の雰囲気的にはすでに老舗のような店だが」

 主人と私は笑って語り合った。そうしているうちに珈琲が淹れ終わったので氷を二つ入れて喉に注ぐ。昨日のものより渋みがあり、確かに眠気がすっきり覚めた。なるほど、注文すればちょうどいい珈琲を淹れてくれる。客は少ないが良い店だ。主人の話も面白く、つい時間を忘れてしまう。

「客人は学生に見えるが学校には行かなくていいのかい?」

「なに、作家として独立したからこちらに越してきたのさ。中学を出てすぐではあるが見聞ももう充分だ」

 主人は切れ長の目で私を見据え、なるほど、と呟き微笑んだ。私が喫茶店を訪れる目的の半分はネタ集めでもある。美味い珈琲を飲みながら話が聞ける、喫茶店は我々作家にとって重要な場所でもあるのだ。

「ではその赤い髪は染めたものかね?」

「いや、地毛さ。祖母が北欧の出身なのでね」

 私の髪は、それこそ新居の屋根と同じ赤の髪だ。進学しなかった理由の一つでもある。中学でも散々な扱いだった。教職員には染めろと言われ、同級生にもいい印象は持たれなかった。作家として独立したのは逃げ道だ。それは理解していたが、染めて誇りを汚すのも、染めずに見捨てられるのも、私にはどちらも選べなかった。ならばいっそ自分自身の実力で道を開くと、そう決意して努力した。第一作はあまり売れず、第二作でそこそこの収入を得た。作家としての活路を開いたのだ。

 そうして私は気付けば主人に全てを語っていた。少し感情的になっていたが、全てを語ってすっきりした。まるで年末の大掃除のように、全てを吐き出した。主人は黙って相槌を打ち、私が少し泣きそうになっているのをなだめてくれた。

「情けないところを見せたな、マスター」

「いやいや、年相応の少女といったところかね。大人な振る舞いも似合うが、そちらのほうがあなたらしいのではないか?」

 性別も偽っていたつもりだったがバレていたようだ。一人で生きるならばと男のように振舞っていたつもりだったが主人には見破られていた。情けない。これでは一人で生きてなどいけないだろう。ふと珈琲を飲もうとすると氷が全て溶けていた。時計を見るとすでに二時を過ぎており、気付かぬうちに四時間も店で語っていた。

「つい長居してしまった。雰囲気も暗くなったしそろそろ帰って執筆作業に入ろうと思う」

「そうかい。ならば次はこちらの話をするかね。明日も来るのだろう?」

 私はもちろん、と答えて店を出た。すでに日も高く、通行人も増えていた。夕食に安い弁当を買い、比較的涼しい川沿いを歩いて帰宅した。家の中は火口付近のように暑くなっていたので、開けていない荷物の中から扇風機を出し、風を受けながら作業に入った。その日はいつもより執筆作業が捗ったので、少し眠るのが遅くなった。毎日が楽しく感じるのはいつぶりだろうか。私は明日も生きていく。

続くはず。

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