プロローグ4
──シルヴィア──
わたくしは、このクロフォード侯爵家に仕えるメイドです。
料理、洗濯、掃除、裁縫、はては庭師の真似事から要人警護までなんでもござれのスーパーメイド──に憧れています。
料理だけは自信がありますが、他の家事は未だ修行の身。半分くらい──いえ、正直に言えば半分以上奥さまに手伝って戴いております。
奥さまは「気にしないでいいわよ。私もシルヴィちゃんと一緒にできて楽しいんだから」と仰ってくださるのですが、そのお言葉に甘え続けるわけには参りません。
せめて奥さまの負担を半分以下にしたいのですが……どうにもお裁縫が苦手で……。
まぁそんなわけで日々邁進しているわたくしなのですが、ある日事件が起きました。
事件と言うよりはイベント、でしょうか?
お嬢さまがアルビノの幼い狼を拾ってきたのです。
熊に襲われそうになっていたところを、旦那さまが弓で熊を撃退し、お嬢さまが保護したそうなのですが……妙なのです。
その帰り道、旦那さまとお嬢さまは一匹の黒い狼に遭遇したのです。
狼は縄張り意識の強い獣、肉親意外は例え同族の狼でも縄張りには入らせません。
故に、その遭遇した黒い狼は、保護した子狼の親に他ならない筈なのです。
なのに──
その狼は、旦那さまの弓を見て警戒を強めるだけで、我が子を助けようとするアクションを一切起こさなかったのです。
その態度とアルビノの子狼を見て旦那さまは確信したそうです、この子狼は育児放棄された、と。
アルビノの個体は迫害されると聞いたことはありましたが、まさか親が子を捨てるなど……。
わたくしの常識に照らし合わせれば許されないことですが、事実、子狼は捨てられてしまいました。
しかし、あの子狼は運の悪いものの中では運のいい方でしょう。
何せ、お嬢さまに拾って戴いたのですから。
お嬢さまは「あんな奴、もうあなたの親じゃないよ! これからはあたしがあなたのママだからね」と、親狼に憤りを見せ、子狼に微笑んでみせました。そしてそのままご自分のお部屋に子狼を連れて行き、ご一緒に眠りに就いたのです。
本来であれば、メイドの身たるわたくしはお嬢さまをお諌めし、お部屋へ連れ帰るのをやめさせなければなりませんでした。ですが旦那さまから「ああなった娘は梃子でも動かないよ」と言われてしまった為、見守る他ありませんでした。
翌朝。
奥さまと一緒に洗濯を終え、さあ朝食を作ろうと思ったところに、とたとたと廊下を走ってお嬢さまがやってきました。
今日の起床時間は随分早いですね、などとのんびり構えていると──
「シルヴィ、シルヴィ! ワンちゃんが起きたの! だからご飯ちょうだい! やっぱりお肉がいいかな!」
などと言ってきたのです。
そうですか、あの子狼はちゃんと目覚めましたか。
ほんわかしながらお嬢さまに返事を返します。
「そうですか。よかったですね、お嬢さま。すぐにあの子狼のご飯を用意しますね。それと、あの子はまだ幼いのでお肉よりもミルクがいいかと思います」
「そっか、そだね。じゃあそれでお願い。流石シルヴィ、頼りになるね!」
「ありがとうございます」
お礼を述べ、作業を始めます。と言っても大したことはしません。動物用の粉ミルクにお湯を適量入れ、少量のハチミツを加えて出来上がりです。
それを哺乳瓶に入れ、お嬢さまに手渡します。
「どうぞ、お嬢さま。もしなくなってもおかわりはたくさんありますので、また取りに来てくださいね」
「うん、ありがとう!」
にぱぁと微笑んで、お嬢さまは踵を返して走って行きました。
ああ、可愛いですね、お嬢さま……。
おっといけない、うっとりしてる場合じゃありません。朝食の準備をしなくては。
この屋敷の方々は朝はあまり召し上がらないので、用意は簡単に済みました。後は食堂まで運ぶだけとなった段になって、またお嬢さまがやってきました。
「シルヴィ! ワンちゃんがごはんおかわりだって」
あらあら、よっぽどお腹が空いていたんですね。
「はい、かしこまりました」と一礼し、そこでふと思い至ったのでお嬢さまに進言することにしました。
「しかしお嬢さま。すでに皆さまの朝食の準備が整っております。あの子のごはんは皆さまの食事が済んでからになされては?」
「え、ダメだよ、可哀想だもん。……でもみんなを待たせるのもやだし……。……あのワンちゃん、食堂に連れてきちゃダメかな?」
それを聞いて少し思案します。
「そうですね。あの子が大人しくしてるなら、旦那さまもダメとは仰らないと思いますよ」
「だよね! じゃあ連れてくる! 皆で一緒にごはんだね!」
そう言ってお嬢さまは走り去って行きました。
やれやれ、忙しないですね。まぁそんなところも可愛らしいのですが。
キッチンワゴンに朝食を乗せて食堂へ運ぶと、ちょうど旦那さまと奥さまが入ってくるところでした。なので先ほどの件を相談すると「ん? ああ、うん、いいよ」と色好い返事を戴けました。
事後承諾になってしまいましたが、了承が得られてよかったです。
旦那さま方の朝食を全て並べ、最後に自分の朝食を並べると、わたくしも席に着きました。
このお屋敷では使用人もおなじテーブルで食事を摂るのが普通です。
なんでも旦那さまが「食事の時間わけるとか、非効率すぎてバカみたいじゃね?」と言い出し、奥さまが「じゃあ皆で一緒に食べればいいんじゃないかしら? その方が絶対楽しいし」と答えたのが始まりだとか。
最初は戸惑いましたが、今ではすっかり慣れました。
さて、これで後はお嬢さまたちを待つばかりですね。
ふふ、早く来ないかなぁ。