家族になるということ
「セレナおかえりぃ! 早かったね」
お屋敷に帰りつき、また石でノックをしようとしたところ、それよりも早く玄関の扉を開けて、グリゼルダさまが迎え入れてくださった。
凄くありがたい。石をくわえるのはあまり好きではないのだ。
にしても……早かった?
リィンさんの件があったので、少し遅くなってしまったと思っていたのだが。
「寒かったでしょ? すぐに暖炉の前行こうね」
そう言ってわたしを拾い上げ、廊下を歩いていくグリゼルダさま。
主はどうやら、こうしてわたしを抱きかかえるのがお好きらしい。
従者としては、主のお手を煩わせていることに心苦しさを憶えるのだが、わたしという個としては、これがなかなかどうして嫌いじゃない。むしろ心地いい。ずっとこうしていたい。
「セレナ少し重くなったね。成長したかな」
…………それは多分、タマネギとミルクの分だと思います。
「成長早いねぇ、うんうん」と頷く主に何も言えないでいると、曲がり角でばったりとシルヴィア先輩に出くわした。
「あ、お嬢さま──とセレナード? もう帰って来たのですか?」
「うん、超早いでしょ?」
「……超早いですね」
ちょっとだけシルヴィア先輩の口調が乱れた。
しかしさっきも言った通り、リィンさんの件があったにもかかわらず早いと言われることに疑問が残る。
「これなら今後、少量の買い物ならセレナードに任せてもいいかもしれません」
言いながらわたしのリュックを外すシルヴィア先輩。
その分、腕の中で軽くなったわたしに主は、「あ、そっか」と呟き、恥ずかしそうなお顔をしていた。
そしてシルヴィア先輩、お使いならいくらでも任せてください。
わたしはむふー、と鼻息を荒くして彼女にアピールする。先輩はふふふと笑ってわたしの頭を撫でると「それではわたくしは夕飯の準備をいたしますね。今しばらくお待ちください。セレナードはお使いお疲れ様、ありがとね」と言い残して厨房へ向かっていった。
「じゃあセレナ。シチューができるまであたしと遊んでよっか」
そう言うグリゼルダさまと共に暖炉の前まで行き、そこでしばらくわたしは娯楽に興じた。
「美味しいね、セレナ♪」
微笑みをくれるグリゼルダさまに、尻尾を振りながら頷く。
本当にこのシチューは美味しい。
シルヴィア先輩の腕がいいことはもちろんだが、自分で買い物に行った食材が使われていることも無関係ではないだろう。
こんなに美味しいごはんが食べれるとは……お手伝いをしたい理由がまた一つ増えたな。
「それでね、レイ。セレナってば凄く足が速いのよ。ここと町を、たったの40分で往復しちゃうんだから」
「それは超速いね! 馬に乗って行くと2時間は掛かるのに」
奧さまと旦那さまの会話を聞いて、わたしは自分の足の速さを知った。
もしかしなくても、馬の3倍速く走る子狼というのは異常だろう。
奧さま方の話し方から、わたしを不気味に思ってはいないことはわかるのだが……主は……。
ちらりとグリゼルダさまを確認する。
彼女はわたしの視線に気づくと、食事の手を一旦止めて、ニコッと微笑んでくださった。
よかった、と胸を撫で下ろす──もつかの間、主の表情が変わっていった。
何かに気づいたように不審そうな目をわたしに向け、それが不機嫌さを孕むまで、そう時間はかからなかった。
────その表情の移り変わりは、わたしのお母さまを彷彿とさせた。
わたしは……また何か粗相を……。
「セレナ」
いつものほんわかとした声音とは違う、底冷えするような声に背筋を凍らせる。
「あんまりあたしを、見くびらないで」
そう言ってグリゼルダさまは、コツンと、わたしの頭を叩いた。
叩かれたのは初めてだった。
「いい? セレナ。あたしはあなたのママだよ? ちょっと他より白かったり、速く走ったり、頭がよかったりするだけで捨てられるなんて思わないで。あなたのお母さんなんかと一緒にしないで」
わたしの……お母……さま?
「賢くなきゃ捨てられると思ってるの? 役に立たなきゃ捨てられると思ってるの? いい子じゃなきゃ、捨てられると、思ってるの? だとしたら……それは心外だよ! あ、あたしはたとえ、セレナがお使いに行けなくても! ごはんを残すよう、な悪い子……でも! 捨てたりしないよ! …………あたしはセレナのママで、セレナはあたしの家族だからね!」
後半は涙でボロボロになりながらも、グリゼルダさまはわたしを叱った。
………………そうか。
わたしは知らず知らずのうちに、主を不安にさせていたのだな。
奇しくも、リィンさんの言っていたことが当たったわけだ。
これは謝罪と────感謝が必要だな。
わたしは食事を放り出し、全力で甘えるべく、グリゼルダさまの胸に飛び込んだ。
彼女は少し驚いたような表情をしたが、すぐにはにかんで、わたしの背を撫でてくれた。
「にゃふふ。よしよし、もっと甘えてね。あたしはもうめちゃくちゃ甘やかすからね。頭も撫でてあげるし、一緒に寝てあげるし、一緒にお風呂も入ってあげるからね」
──ありがとうございます──
もしわたしが喋れたら、繰り返しそう伝えているだろう。
それくらい、わたしの心は感謝で埋め尽くされていた。
「ああ、やっと心を開いてくれたね」
「ふふふ、ゼルダはママの素質があるわね」
旦那さまと奧さまも立ち上がり、わたしの頭を撫でてくださる。
最後にシルヴィア先輩もやって来て、わたしの頭に手を置いた。
「セレナード。わたくしはあなたが拾われてきて、わたくしたちの言葉を理解してるとわかったときにこう思ったの。家族が増えた、そして後輩ができた、ってね。わたくしもこのご家族の末席を汚す身。だからあなたはわたくしの家族でもあるのよ」
「そうだよ! で、家族の間で遠慮はなし! わかった? わかったら返事!」
グリゼルダさまの渇に、わたしは力を振り絞り、「オン!」と一吠えした。
驚いたように目を丸くする皆さまの中で、唯一人驚いていないグリゼルダさまがわたしを撫で続けて、言う。
「なんだ、声出るじゃん、セレナ」、と。
──もしかしたら、今まで声が出なかった本当の原因は、成長不足ではなく、家族がいないと思っていたストレスだったのかもしれないな。
ベッドの上でグリゼルダさまに抱えられながら、1日を振り返って、わたしはそう思った。




