タマネギとミルク
「おう、侯爵さまんとこのワン公じゃねぇか。嬢ちゃんはどうした?」
この粗野で乱暴で知性の欠片も感じられない喋り方をする男は八百屋の店主だ。旦那さまより高い身長とイカつい顔面のせいで、近所の子供たちから「オーガのおっちゃん」と呼ばれ慕われている。
言葉づかいは阿呆のようだが、わたしはこの男が嫌いではない。
粗暴な言葉でも、そこに敬意がこもっていることを知っているからだ。
まぁ今は関係ないので、これ以上の説明をする気はない。
わたしはタマネギを買いに来たのだ。
わたしは首を振って主がいないことを伝えると、くるりと身体を回しリュックをアピールした。
「なんだ嬢ちゃんはいねぇのか。ん? リュック? 見てもいいのか? ──えーっと、『タマネギ3つにミルク4本』? ははは、なんだワン公、おまえお使いか? 偉えじゃねぇか!」
バカみたいだが決してバカではないこの男にもうまく伝わったようだ。
タマネギをリュックに入れてもらって、代金を抜いてもらう。この作業はわたしではできないからな。……いや、尻尾を上手く使えば……いけるか? 帰ったら練習してみよう。
「よし、ちょっとおまけしといたぜ。ミルク屋の場所はわかるか?」
知っているので頷く。
確かにあの場所は少しわかりづらい。それを知っているが故の、この男の気遣いだろう。
「そうか。じゃあ気ぃつけてな。また来いよ」
男の言葉に尻尾を振ることで挨拶代わりとし、店を出た。
ところ変わってミルク屋前。
少し問題が発生した。
扉など1つもないさっきの八百屋とは違い、こちらには扉があるのだ。
…………開けられない。
無理をすればジャンプしてどうにかなりそうだが、スマートじゃないし、万が一取手を壊してしまったら目も当てられない。
もう少し成長して声帯が発達すれば、一吠えして中の人を呼び出すこともできるのだが……。
どうしたものか──と、普通は頭を抱えることになるだろう。
しかしわたしは賢いことに定評がある狼、当然のように妙案を思いついた。
少し戻って、道端でなるべく丸い石を探す。それをくわえて扉の前に行き、コン、コンとノックをした。
我ながら完璧な対処法だ。
人知れず鼻高々になっていると、中から「はぁい!」と元気な声が聞こえるとともに扉が開かれた。
「──あれ? 誰もいな……くない! セレナードじゃん! どしたの? ゼルダちゃんは?」
牛のような耳と尻尾、そして大きな胸が特徴的なこの女性がミルク屋の店主だ。牛人族という種族らしい。
軽い口調に反してインテリというやつらしく、平民ながらに大学院を卒業した秀才なのだとか。
大学院を卒業すると、研究家という職業に就けるのだが、彼女は「実家を継ぐんで」と、実にあっけらかんとそれを蹴ったらしい。
この話を聞いたとき、わたしの彼女に対するイメージは"変な人"に落ち着いた。
まぁそんなことはどうでもいい。
わたしはミルクを買いに来たのだ。
わたしは首を振って主がいないことを伝えると、くるりと身体を回しリュックをアピールした。
「へぇ、君一人なんだ。ん、なに? そのリュック、なんか入ってるね。見ていい? ──タマネギと、メモ? …………。──にはは! 君、お使い中だったのか! 本当に賢いね、君は。ちょっと待っててね、すぐに用意するから」
わたしの頭を一撫でして、店内へ戻って行く。程なくして彼女は、ミルク瓶を抱えて帰って来た。
「はいお待たせ。ミルク4本と、君は可愛いからサービスでチーズも入れておいたよ。また来てね」
チーズのサービスとは!
チーズは我が主の好物、なんとも心憎い気配りだ。
彼女の脚に頬擦りをしてお礼を伝えると、わたしはミルク瓶を割らないギリギリの速度で走り出した。




