プロローグ
初めて投稿しました。
何もかも完全無欠に初めてです。
できるだけ頑張ります!
わたしには、産まれた瞬間からはっきりとした自我があった。
鬱蒼とした森の中の開けた場所で、藁のような柔らかい植物の上に寝かされ、全身をピチャピチャと舐めてくる狼を見て、ああ、この方がわたしの母親か、と認識した。
全身を這い回る舌にこそばゆさと心地よさを感じ、お返しとばかりにお母さまの鼻先をちろっと舐める。
お母さまは驚いたように一瞬動きを止め、またすぐにグルーミングを再開した。そのグルーミングは、先ほどよりも愛がこもっているように感じた。
心地よさに身を任せ、目を閉じる。わたしはお母さまに全幅の信頼を寄せてされるがままになっていた。
──と、前触れもなくグルーミングが終わる。
どうしたのだろうと目を開けると、そこには、先ほどとは打って変わって、不可解なものを見るような、そんな目をしたお母さまの姿があった。
たが、わたしからすればそれこそ不可解だ。
どうしたのですかお母さま? もっと、もっと舐めてください。
そう想いをこめてお母さまを見つめ、くぅんとあらんかぎりの声を出す。
しかし想いは届かず、あろうことかお母さまは一歩後退り、無機質な目線をわたしに向けてきた。
お母さま、わたしは何か粗相をしてしまったのでしょうか? そうなのだとしたら申し訳ありません。ですのでどうか……どうか……。
最早自分でもなにを言いたいのかわからない。
だが、このままではお母さまに見捨てられてしまうと直感していた。
捨てられたくない、戻ってきてください、お母さま!
産まれたばかりの身体にむち打ち、プルプルと震えながらお母さまの許へ一歩踏み出す。
──そこで見た。
見てしまった。
お母さまの無機質な瞳、そこに映る自分の姿を。
わたしは──わたしの身体は──
目の前の黒く美しい毛並みの狼とは似ても似つかないほどに、真っ白だった。
そうですか、お母さま。そういうことですか。自分と違う姿の生き物など、自分の子ではないと、そういうことですか。
わたしの独白を肯定するかのように、お母さまはわたしに背を向け、一度も振り返らずに森へと消えていった。
プルプルと無理を続けていた脚から力を抜き、その場にペタンと座り込む。
お母さまに捨てられてしまった。
その事実を認識し、わたしは途方に暮れた。
悲しい気持ちはもちろんある。そして、それを上回る絶望感もある。
この先わたしは、お母さまの庇護も求めずにたった一匹で生きていかなければいけないのだと、本能的に理解する。
それと同時に、もう一つの事実も本能的に理解していた。
産まれたての狼が、たった一匹で生きていけるわけがない。
それを認めた瞬間、わたしは全てを諦めた。
お母さまが用意してくださった寝床に横たわり、そっと目を閉じる。
お母さまはわたしを捨てたけど、その直前までは間違いなく、世界一優しいお母さまでした。
その事に関しては素直にお礼が言えます。ありがとうございました。
……わたしはきっと他の肉食の獣に殺されるのでしょうね。
動けない子狼など、格好の獲物でしかないのですから。
いるかどうかはわかりませんが、ひょっとしたらお父さまに食べられるのかもしれません。もしそうなったら、かすり傷でも構わないので、せめて一矢報いてやるとしましょう。
わたしが産まれた証を残す為に。
だからその時までは、あの優しいグルーミングを思い出しながら、ゆっくり眠りましょう……──
「──お父さん! 早く来て! ワンちゃんが死んじゃう!」