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番外編 その24.湖畔のキャンプと風とパンと。両日ともにロイヤルブレッドだったのは偶然だった。

 一晩中、強風が吹き荒れていた。


 樹脂製のテントのポールは風に耐えながらも大きく歪み、ドーム型の側面の布が激しくたわむ。

 琵琶湖畔のテントサイトを取り囲む松林は、湖面から吹き付ける一方的な猛威に揺さぶられ唸り声を上げる。

 それにも増して重く激しく猛々しい荒波の音が間断なく続く。圧倒的な力を伴った存在が浜辺を暴力的に打ちのめし、破壊の地響きを轟かせる。

 

 天井から吊り下げられたLEDの常備灯が激しく揺れる。

 テントの中には、幼い2つの寝息。

 額に汗を浮かべてはいるものの、静かに、規則正しく。

 布切れ一枚で隔てられた外界から容赦なく侵入する豪風の凶音を除けば、穏やかな一日の終息がここにはあった。


 午後11時過ぎだった。


 バシュ!

 

 突然、テントの外で不吉な音がした。

 あわてて起き上がり、出入り口のチャックを開け、顔だけを外に突き出した。

 

 嵐のような強風だが、幸いにも雨は降っていない。

 千切れ千切れの黒雲が猛然と空を駆け抜けてゆく。

 時折、雲の合間に満月に近い月が姿を現し、見渡す限りモノクロームの湖面の沖合いに幾重にも立ち上がった荒々しい波頭を、影絵のように照らし出す。


 バタバタバタバタ


 風に煽られた松林の唸り声よりも、一際大きな音が頭上で発せられていた。

 テントの前に設置していた風雨よけのタープの綱が外れてしまい、巨大な物干し竿に掛けられたシーツが強風に煽られるような状態で、タープの布がはためいていた。


 テントの外に出て状態をチェックすると、二本のメインポールはしっかりと自立している。

 タープの布は差し渡し5メートル位はあるだろうか、釣り上げられた怒りに狂うエイのように暴れるその端をつかんだ瞬間、風圧に身体ごと吹き飛ばされそうになった。


 空を見上げると、相変わらず超低空に垂れ込める黒い雲。ジェット機のごとく猛スピードで飛び去ってゆくが、その合間には、月とともに鮮やかな星空が、漆黒を湛えた澄んだ宇宙が覗いていた。


 視線を風上の方角、南東の空に移す。荒々しい湖面に遠く広がる空はやや雲が薄くなっているようだった。

 この分だと、今夜は雨は降らないだろう。


 雨に襲われた時の利便性か、タープが倒壊した時のリスクか。どう考えても後者の方が高く付きそうだったので、メインポールの綱を緩めた。支えを失ったタープの布は強風に吹き飛ばされ、2本のポールは一気に地面に倒れた。

 深夜の地面に打ち広げられた巨大な布を丸めて回収し、ぞんざいに車に放り込んだ。


 ひと仕事終え、テントの中を覗き込んだ。

 二つの小さな寝息は穏やかに、不思議なくらいに日常のままであった。

 誰一人いなくなるまで浜辺で遊びきり、バーベキューに花火。

 非日常的な空間で心地よい疲れに誘われ、一体どのような夢を見ているのだろうか。


 クーラーボックスを開け、ビールを取り出す。

 スーパーで詰めた氷のおかげで冷たさを保ったままの泡立つ液体を、波が轟く月明かりの下で静かに、腹に収めた。


挿絵(By みてみん)


 翌朝は風が少し収まった。依然として強さを残してはいるが「牙」を抜かれ、もはやその凶悪さを失っていた。

 子供たちは、日の出と競い合うかのようにテントを飛び出してきた。普段なら8時の時報を聞いても布団にしがみついているはずなのに。


 さすがに泳ぐにはまだ早いので、二人を散歩させ、その間に朝食の仕込みに取り掛かった。

 クーラーボックスからカボチャ、タマネギ、モヤシ、キャベツとウインナーを取り出す。昨晩のバーベキューと同じ食材となるのはご愛嬌。油を多めに引いたフライパンを熱し、携帯ナイフで食材を一口大に切りながら投入、炒めてゆく。

 野菜の甘い香りが広がる。フライパンが奏でる音と香りを嗅ぎつけた子供たちが走り寄り、興味津々な瞳を寄せる。

 味付けは塩・コショウでシンプルに仕上げた。


 主食は食パン。ヤマザキの「ロイヤルブレッド(6枚切り)」。

 キャンプには必ずこのパンと決まっている。という訳ではなく、たまたま立ち寄ったスーパーで見かけた「縁」で購入した。いや、特売だったというのが真の理由か。


 フライパンを野菜炒めで使ってしまったので、バーナーの火で直接炙あぶって、トーストした。キャンプ用のバーナーとはいえ高火力なので、最低限の炎に抑える。

 パンの端をつまんで、状態を見ながらひっくり返し裏返しを繰り返し。

 直火なので、短時間で簡単に焼き目がついてゆく。


 しかし、この方法は間違いだったのだ。


 いただきまぁ~す。風が強いままなので、テントの中での朝食となった。

 子供たちはトーストに野菜炒めを挟んで、ホットドックのようにして食べている。ほっこり満面の笑みだが、必死に無言でパンにかじりつく。


 目の前にあるトーストに手を伸ばす。むむ? 焦げ臭いにおいがする。心に引っかかりを感じながらも、パンをほおばる。


 苦い。これは、焦げの苦味。

 

 トーストの香りはまったくといっていいほどなく、不快なにおいが鼻に広がる。

 とはいえ、食べられないほどの苦味でもないので、子供たちと同様に野菜炒めを挟んで食べると、少しマシになった。


 前回のキャンプでは、おいしいトーストだった。

 キャンプ用のバーナーで、キツネ色に焼き上げられたロイヤルブレッド6枚切りは、ふくよかで香ばしい焼きたてトーストだったのだ。

 違う点はただ一つ。前回はフライパンを使ってのトーストだった。

 フライパンを熱して、白い煙が出る位で弱火に抑え、一枚ずつパンを焼き上げていった。

 今朝はフライパンを洗う手間を厭ったが故の直火炙り。どうやら、その怠け心がアダとなったようだ。


挿絵(By みてみん)


 見た目は同じように茶色いトーストなのだが、前者はメイラード反応による焼き目で、後者は炭化による焼き目だと考えられる。トースト然とした香りや味わいを引き出すには、直火では強すぎたのだろう。


 苦味への反省とともにパンをかみ締めながら、テントの中で考察する。

 一方で、子供たちはまったく意に介していないようなので、健康面から見てもこれくらいの焦げなら問題ないであろうし、敢えて何も言わなかった。


 数分の後、3人で6枚切りを完食した。

 デザートのバナナも各々一本丸ごと平らげた。



 日が昇り、風は一段と収まっている。

 湖面に漂う多くの木の葉や松ぼっくりが昨晩の激しさの記憶をとどめていたが、波はすべてを忘れてしまったかのように、静かに、穏やかに打ち寄せている。



 蒸し暑さが増しつつあるテントから、2つの笑顔が元気よく飛び出していった。



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