58.発酵中に温度を上げすぎないことがポイントと数百個のパンを焼いてから気付く。
バターのお話も長くなってしまいました。
今回のバターに限らないのですが、食材一つひとつが持っている歴史や意味の奥深さ。また、それら食材の良さを最大限に引き出すために重ねられたであろう試行錯誤。
パン作りのレシピをじっくり調べていると、食材と「格闘」した先人たちの汗と涙をヒシヒシと感じてしまいます。
さて、話は変わりますが……
直前に書いていた、バーEmでの田畠さんと山上君のカクテル「ラスティーネイル」談義。
みなさん、もう忘れてしまっているのではないでしょうか?
かく言う当方が忘れていたりもするのですが。
今回はそのお話の顛末にも触れなければなりませんね。
さて、前回までのおさらいです。
バターが固形を保っている状態。
粘土のように変形を保つ「可塑性」を持つ状態がふっくらパンになる手助けをしている。
そんな内容でした。
これは、逆にいえばバターを加熱しすぎて液状になった場合、ふっくら効果が発揮できないということになります。
ここで、パン大好きは悩んでしまいました。
というのも、パンって最後に焼き上げますよね。
パンを焼くオーブンの庫内温度は200度前後。
どう考えても生地の温度は100度を優に超える訳です。
一方、バターが可塑性を示す温度は30度くらいまで。
焼き上げの段階で、バターは溶けて液状になってしまいます。
う~ん、結局溶けてしまうのに、可塑性を示す半固形状態で生地に混ぜる意味ってあるのかな??
パン大好きは悩みました。
レシピ本やネットの海を漂うこと数日。
仕事をしながらもバター、バターと考えていました(アカンがな)。
内容は前後するのですが、
その過程で分かったことを箇条書きにしますと、
①バターやショートニングなど可塑性を持つ固形の油脂は、ふっくら効果を持っている
②バターは溶けてしまっては、ふっくら効果が発揮できない
③オリーブオイルなど液状の油脂も、ふっくら効果は発揮できない
ということでした。
むむっ?
やはり、溶けたバターはふっくら効果が発揮できないようです。
冷蔵庫のバターは硬すぎるので、電子レンジで温めていました。
パンを捏ねながら温めているので、ついバターの存在を忘れてしまい、加熱しすぎて液状になってしまうことがしばしばありました。
この状態では、バターの力が半減した状態となっていたのです。
溶けたバターと同様に液状の油脂でもふっくら効果がないとのこと。
つまり、油脂の成分ではなく、油脂の状態(半固形状態)が意味を持っているようです。
ここで、生地の温度に注目してみました。
前にも書きましたが、発酵の最適温度は28度と言われています。
酵母の働きだけを見れば30度以上の方がいいのですが、酵母以外の雑菌の活動も活発化してしまうリスクが高くなってしまうからです。
28度という、発酵に最適な温度。
これはバターが可塑性を示す温度の上限に近い温度ですね。
ここから導かれる答えは……
「発酵中の生地において、バターの可塑性が保たれていること」
が、バターの役割を発揮させる上で重要である、ということです。
生地温度が30度までの場合、バターは薄い粘土状のシートになった状態で生地の中に行き亘っています。この油脂のシートが、発酵で発生した炭酸ガスやアルコール、水分などを受け止めるイメージです。
一方、溶けて液状になったバターは発酵ガスなどを受け止められません。結果として、発生したアルコールや二酸化炭素は生地に均等に広がってしまうか、あるいは生地の外に放出されてしまう、と考えられます。
ちなみに15度くらいの場合、バターは可塑性を十分に示します。
しかし、低温のバターを投入すると、生地の温度が一気に下がってしまい、その後の発酵過程に影響を与えてしまうのです。
結論としては、発酵中はバターが溶け出さないよう生地の温度管理をしっかりすることが肝心となります。
発酵は生地を早く膨らませたいがために、ついつい高い温度になりがちです。しかし、どうやらこれは間違いのようです。
これまで数百個のパンを焼いてきたのですが、ようやく気付きました。
28度くらいをキープすることで、生地の中のバターがガスやアルコールなどの生成物を十分に抱え込み、焼き上げるとふっくら、かつ味わい深いパンとなるのです。
田畠さん、職場での通称バタさん。
誠実そして堅実かつ確実。
味わい深い、頑固者。
バタさんが若い部下を初めて連れて訪れたバー。
お気に入りのラスティーネイルを勧めたまでは良かったのですが、
ちょっと飲みすぎて、グデグデと液状化してしまったバタさん。
あぁ…
そうです。
バタさん(バター)は、ちょっとカタイくらいが丁度いい……
 




