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54.ラスティーネイルは頑固者。羨望が響きわたれば、バタさんは加速していく。

 R・U・S・T・Yでラスティー。

 英語でび、あの鉄などにできる赤錆あかさびや黒錆びみたいな、あの錆びを意味しているんだ。

 ネイルはNAIL、そう、くぎだ。

 手や足のつめじゃないよ。

 といってもスペルは同じなんだけどね。


 ネイルといえば、泣き寝入る、じゃ・な・く・て、サイモン&ガーファンクルの名曲「コンドルは飛んでいく」の中でも歌われているね。

 おお、若い君が知ってくれててうれしいよ。

 いい雰囲気の曲だものね。

 確か、釘になるよりはハンマーになった方がいいんだっけ。

 でもあれは最初に出てくるカタツムリのスネイルといんを踏んでいるんだろうね。


 おっと、ごめん。

 話がアンデスまで飛んでいっちゃったね。

 コンドルだけに話が飛んどる、なんちゃって。


 さてと、ラスティーネイル。

 これはびたクギっていう意味なんだ。

 深みのある琥珀色。

 恐らくこの見た目の色から来たんだろうね。

 このカクテルは度数が40度以上もあるスコッチを、これまた40度もあるドランブイっていうリキュールで割って作るんだ。

 いや、むしろ割るっていうより混ぜ合わせるって言ったほうがいいね。

 何せ非常にハードなカクテルだね。


 そう、その通り。

 山上君の感じた通り、その度数なのにとても甘いカクテルなんだ。

 その理由は、ドランブイの製造法にあるんだよ。

 このリキュールは、たくさんの種類のスコッチウイスキーや香料をブレンドしたものに、ハチミツを加えて作られるからなんだ。


 ところで、材木に打ち付けられた釘が錆びると、どうなると思う?

 そう、木の中で釘から出た錆が食い込むから抜けにくくなるよね。


 大工さんが釘を口にくわえてから、材木などに打ち込んでいるのをテレビなんかで見たことがあるって?

 そう、君と同じように「釘にツバを付けて錆びさせるため」って、ずっと思っていたんだ。

 でも、どうやら違うようだよ。

 口に咥えるのは、あくまで作業の効率を上げるためらしい。

 次の釘を取り出す手間を省くため、前もって数本咥えているんだって。

 大工さんもあんまり釘を味わいたくないだろうしね。


 そういえば、もう三十年以上も前になるかな。

 家を改築することになって大工さんのお世話になったんだ。

 大工さんたちは、釘打ちにハンドガンみたいな機械を使っていた。

 機関銃の弾みたいに、ベルト状に連なった数百本の釘が装填されているんだ。

 その釘打ちガンがあんまりにもカッコよかったんで、大工さんに頼んで何本か打たせて貰ったんだ。

 パスッ、パスッ、パスッてな感じに、気持ちよく吸い込まれるように釘が打ち込まれたのを覚えている。


 おっと、また全然関係ない話になっちゃったね。

 話が脱線しないようにクギをさしておくれよ。

 えっ、無理だって?


 何せ、ラスティーネイルだ。

 抜けにくい錆び釘から来た連想なんだろう。

 このカクテルには、抜こうにも抜けない、なかなか言うことをきかないっていうところから「頑固者」っていう意味が込められているんだ。

 四季折々に咲く花がそれぞれ花言葉を持っているように、カクテルにも意味が込められているものがあるんだよ。


 ラスティーネイルは頑固者。


 なんだか、そのイメージが好きでね。

 いつもここで飲んでいるんだ。


 ここのマスター、彼が作るラスティーネイルは格別だよ。

 彼もきっと、とっても頑固なんだと思うよ。

 そうじゃないと、この味は出せないよ。

 ねえマスター?



 いきなり話を振られたカウンター内の男。

 手元のグラスを並べる動きをとめて、バタさんに視線を向ける。


 しばしの沈黙に続いて、

「ははは。ありがとうございます。そう言っていただけるとマスター冥利に尽きます」

 と、表情を崩さず、無難に、言葉を返した。

 山上はマスターの口角が微妙にもち上がったのを見逃さなかった。


 突然、堰を切ったように始まったバタさんのラスティーネイル解説。

 当初こそ適当に相槌あいづちを打っていた山上は、途中からその世界に引き込まれるように聞き入るようになっていた。


 普段、寡黙なバタさんの意外な一面、それもカナリの博識。

 ちょっとオヤジギャク的なところもあるけれど……


 バタさんへ向けられた若者からの視線に、純粋な羨望が多分に含まれていたことが、さらに拍車をかけた。


「マスター、お代わりを」

 バタさんの加速を止めるものは、もう何もなかった。

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