39.魔の炎(ほむら)を鎮め、光あふれし時 五つの宝、約束の空に帰らん
「女で悪かったわね!」
アイグがキッとにらみつける。
すでに観念しているようで抵抗はみせず、元素剣すら手放していた。
だが、なおも挑戦的な視線が俺とシオに向けられていた。
けれど、俺の戦意はすでに消えうせていた。
アイグの素顔を見た瞬間に、戦う気力が霧散してしまった。
それは、シオも同様だったようだ。
依然として警戒を解いてはいないが。
吹っ飛ばされていた、黒い兜を拾い上げる。
渾身の俺の一撃を受けたにもかかわらず、アゴの部分に少しへこみが見られる程度。ほぼ損傷の痕がなかった。
恐ろしく強靭かつ超軽量。一体、どんな物質でできているのだろう? いずれにせよ「この世」のものではないのは確かなのだが。
片手でその兜を持ち上げ、アイグに手渡す。
その時、ふわりといい香りがした。
ああ、これは…女の子の香りだ…
「痛っっ!! 何だ?!」
思わぬ電撃に襲われ、俺はあわててシオを見る。
シオは何故か冷え切った目で俺を見下していた。
「私の負けよ。で、これからどうするの?」
敗北を認めながらも、少女の挑発的な言葉に俺とシオは顔を見合わせる。
「あなたも巻き込まれたの?」
シオの問いかけに、アイグは少し目を伏せた。
「そうよ。赤い竜に騙されて、この世界に送られたの」
俺たちと同様に、ある願いを叶えるためにアイグは【アラジンのゲーム】に挑んだ。そして、赤装束の男の化身である赤い竜に負け、気づけばこの世界にいたのだそうだ。
「ということは、だ。俺たちはむしろ敵同士じゃなくって仲間ってことだ」
アイグに兜を渡しながら俺は問いかける。
「よければ、一緒に旅をしないか?」
兜を奪うようにして取り返したアイグは、栗色の髪をかきあげ、その頭部を再び黒色の装備の中に包み隠した。
あの量の髪をどうやって納めたのだろう?
兜、そんなに大きくなかったよな。でもいい匂いだったな。ああ、それよりも、もう少し見ていたかったな。顔が隠れたのが惜しい気がす…いててっっ!!
「シオ!! いきなり電撃はやめてくれ。っていうか、俺の思考を勝手に覗くな」
「さあねぇ。私は何もしりませんよっと」
シオって、こんな性格だったっけ?
なんだかものすごい違和感が…これも異世界のゲーム効果なのか?
「仲がいいのね…」
アイグは誰に言うのでなく、ポツリとつぶやく。
「まあいいわ。私もあの赤い竜を倒すのが目的だから。お互いの利害が一致したってことで」
「よし、じゃあ一緒に旅するってことでOKだな」
不機嫌が顔に浮き出ているシオに呼びかける。
「私はまだ何も言ってないんだけどね…。サトーがそうしたいのなら、私はそれに従うわ。ということでアイグさん、ヨロシ・ク、ね」
語尾がトゲトゲしかったのは、恐らく気のせいだろう。
少しも優しくない目付きのまま、シオはアイグに手を差し伸べた。
同時に、俺に向かって電撃を放っていたのは何故だろうか。
「みんなからはアイって呼ばれていたわ。コチラコソ、ヨ・ロ・シ・クッ」
ううっ。こっちの少女もトゲだらけだ。
必要以上に強く交わされた握手。
俺は何だか胃が痛くなってくるのを必死でおさえた。
先ほどまで死闘を演じていた相手。
アイが強者として纏っていた存在感から、俺よりもずっと身体がデカイと感じていた。だが落ち着いて見ると、意外と小柄なことに気が付いた。
漆黒の鎧も身体に沿った滑らかなラインをしている。これはこれで、うんいいかも…って、ぐはあっ!
また電撃かよ。ちょっと位、そんなこと思ってもいいじゃないかって、イテテテテ。
「痛っっ!! ちょっと待て、シオいい加減にしろ!」
「もう、知らないっ。お二人でどうぞご勝手に行ってらっしゃい!」
そんな2人のお決まりのやり取り。
アイは冷めた視線を送りながらも、心に温かいものが流れてくるのを感じていた。
これまでは、孤独な異世界での戦いの旅に耐え続けた日々。
これからは…
シオがポンッとアイの頭を小突く。
それを合図として、俺たち3人の旅が始まったのだった。
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この世界には古い言い伝えが残っていた。
五つの剣 集いし時
メイラードの頂に導かれん
五つの刃 重なりし時
千年の赤竜は地に堕つべし
魔の炎を鎮め 光あふれし時
五つの宝 約束の空に帰らん
(「サトーとシオの物語」完)