36.漆黒の鎧に「見られた」瞬間、ゾッと全身が凍りつき、目の前の空間が歪んだ。
大陸の僻地に口を開けた洞窟。
その最深部に、巨大なトカゲの姿をした炎の化身が待ち構えていた。
見掛けに似合わぬスピードで攻撃が繰り出される。
前肢の爪による一撃は、並みの戦士なら一掻きで胴体を真っ二つに裂かれるだろう。
空気をうならせ左右から迫り来る爪を避ければ、死角から鞭のように飛び出す尻尾、硬質な表皮を持つ巨体を生かした体当たり…
吐き出された高密度の火球によって洞窟の壁は所々マグマのように溶解している。
スピードと堅さ、強さを兼ね備えたモンスター。
元素剣の守護者と呼ぶにふさわしい厄介なボス敵。
だが、俺にはシオがついていた。
「サトー、あわてないで。私が動きを止めるわ」
冷静沈着なシオの電磁波系魔法。
連発はきかないのだが動きを読み切り、先回りして放たれるその魔法攻撃は着実に奴の行動を阻害する。
幾度も思うように攻撃ができずイライラが募っているのだろう。
大トカゲの動きが徐々に大振りになっていく。
そして、一際大きな火球を放とうとして周囲の空気を深く吸い込んだ。
奴の動きが止まる。
千載一遇、狙い済ましていた俺は最強の剣技、疾風斬を叩き込み、ついに決着の時を迎えたのだった。
苦闘を越え、飛天紅戟を手にした。
まさにその時、唐突に4つの世界が俺の眼前に展開した。
水、風、土、そして光。
それらのイメージが脳の中にあふれる。
そう、まるで映画のワンシーンのように4つの風景が浮かんでは消えた。
紺碧の海原
純白の小船に静かにたたずみ水平線を見つめる女
風の咆哮が渦巻く岩山
その頂で目を閉じ構える白髪の老人
乾きの大地
巨大な剣を地面に突き立て天を仰ぐ戦士
光あふれる草原
木々と草花の緑あふれる野をひた走る漆黒の鎧
最後に見えた黒き鎧がその足を止めた。
そして、俺を見た。
いや、感覚的には「俺は見られた」。
ゾッと全身が凍りついた瞬間、目の前の空間が歪んだ。
その歪みは広がり、空間に亀裂が入った。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴギギギ・・・
裂け目は数十の金属を無理やり重機でこすり合わせたような、重く硬質な悲鳴をあげて徐々に広がってゆく。
俺はその裂け目に飲み込まれた。
目の前には漆黒の鎧がいた。
俺が手の飛天紅戟が振動する。
そして、赤い光を帯び出した。
漆黒の鎧が持つ剣は白い光を放っている。
恐らく、あれも元素剣だ。
元素剣と元素剣。
互いの剣が、会話をするかのように光を発し脈動する。
「お前はだれだ?」
問い掛けたが答えはない。
ただ、モニターには鎧の者の名が「アイグ」であると表示されていた。
本日、もう一話投稿します。おそらく午前7時ごろになります。




