29.シオの声が響くと、雷を数百本重ねたような暴虐の領域にアイグは飲み込まれた。
まばゆいばかりの白き輝きを放つ剣を天に掲げるアイグ。
距離にして約5メートル。
モニターの端に映し出された、奴の位置を示す数値を確認する。
剣の長さはそれぞれ約1メートル。
剣士同士の対峙に、この5メートルという距離はあまりにも遠い。
だが「この世界」の剣士の踏み込みは大地をえぐり、二歩あれば音速を突破する。それに応じて剣速も優に音速を超え、その状態で連撃を繰り出すことができる。
こんな化け物じみた動きを可能にしているのが闘気だ。身体から湧き上がる生命力が具現化したものだと考えられる。闘気は着込んだ鎧を介してさらに増幅され、超常的な攻防を可能としているのだ。
一瞬で詰めることのできる、まさに「必殺」の間合いで睨み合う2人。
白銀の輝きを放つ光来瞬戟。
くっ、これが元素剣士のプレッシャーか。
見えないオーラのようなものに圧され息苦しい。
いやな汗が吹き出る。
しかし、アイグは動かない。
むしろ自らの高みを誇示するかのように剣を天に向けて掲げたままだ。
そして、誘うように頭上の剣を緩く振りはじめた。漆黒の鎧に隠され視線は伺い知れないのだが、俺を見下し、挑発するような振る舞いに映った。
「余裕ぶってるんじゃねえ!
お望みなら、こちらから行ってやる!!」
俺の怒りのゲージが一瞬で振り切れた。
「紅炎斬っっ!」
先手必勝。両手で構えた飛天紅戟を、左右それぞれから切り上げる。大地を削りながらアイグに向かって飛ぶ2筋の紅蓮の剣撃。
「もう一つ、紅炎斬っっ!」
横への逃げ道を防いだ後、大上段から剣を振り下ろし追撃を見舞う。
後退して回避すれば一気に間合いを詰めて畳み掛け、迎撃するなら再び紅炎斬を飛ばしてやる。
そう算段して、腰を落とし両脚に闘気を向け万全の態勢で構えた矢先、アイグの姿が目の前に迫り来る。
「げっ。正面突破か!」
アイグは片手で難なく左右からの攻撃を振り払う。次に突きの姿勢に移り、そのまま突貫。俺の紅炎斬をたやすく切り裂き、真正面から迫ってきたのだ。
いやいや、それはないだろ。俺の剣も元素剣なんだぜ。重さに自信があった訳じゃないが、あんなに軽くいなされた…
そんな落胆を感じる間もなく縮まる距離。思わぬ動きに対処が遅れ、アイグに先手を取られてしまった。
振れば当たるような超近接状態で繰り出されてくる連撃。
何とかギリギリでかわし、いなし続ける。
向き合う剣そのものの力は元素同士、ほぼ互角か。
だが、膂力では奴の方が一枚上手のようだ。
俺の正中に向かって無慈悲に放たれる必殺の剣。
一撃一撃がずしりと重い。何とか見切ることはできるのだが、かわしきれない剣を受けると俄然押し込まれる。
時折、体勢が崩されそうになるがゆえに、攻勢に移ることができない。このままではジリ貧だ。
目の前の空間がチラリと歪んだ。
モニターに赤色のアラートが表示される。
「しめた!」
俺が一気に飛び退いたと同時に、
「パルス・ウエーバー!」
シオの声が鳴り響くと、空間を切り裂き火花散る円柱が顕現した。雷を数百本重ねたような光量と熱量を帯びた暴虐の領域に飲み込まれるアイグ。
「ごめん、サトー。待たせたわね!」
「あの世界」からシオが放ってくれた援護魔法によって、俺は間合いを取り直す。
パルス・ウエーバー。空間を切り裂いて現れる電磁波系の攻撃魔法。いつも俺を窮地から救ってくれる、シオさまのありがたい技なのだが…何度見ても、正直あの柱の餌食にだけはなりたくないと思わせてくれる威力だ。
のそり。そんな効果音が適切だろうか。
アイグが電磁波の柱から逃れ出た。
漆黒の鎧からは煙が立ちのぼり、所々でバチバチと火花が散っている。
光来瞬戟を下げ、アイグはこちらを見た。
自然な動きだったが、どこか不自然だった。
心に、ザラリとしたものが生じる。
なぜか目線が合ったように感じた。
そして、奴の口元がふっと緩んだように見えた。
いや、漆黒の全身鎧に包まれた姿。表情なぞ、決して見えないはずなのだが・・・。
奴は、これまでに遭遇したようなモンスターじゃない? 意思を持つもの…もしかすると、この俺と同じ様に「あの世界から来た者」じゃないのか?
「仕方がない、か」。確かに、そう聞こえた。
「えっ?」
思わず俺から漏れた声は、しかし、奴から放たれた剣撃によってかき消された。
パッ、パンは?
みなさま、すみません。もう少しだけお付き合いくださいませ。




