19.ふとポテチが頭によぎった。次の瞬間、目の前に拳骨があった。
いつものことですが、また、唐突に話が始まります。
すみません。これでもパン作りの話なのです。念のため。
男と女。
カウンターに並んだ2つの背中。
遊び相手を探しているのか、
規則正しくランプが点滅する古いピンボール。
懐かしいポップミュージックが空気をなだめる。
テーブル席には若い男が3人。
仕事仲間なのだろう。
生地の薄い皺まみれのスーツのような、
お世辞にも上品とはいえない話に、大げさな相槌。
ポテチよりも乾いた笑い声。
男はウイスキーに手を掛ける。
氷が揺れる。
耳を澄まさなければ聞こえないような、透明な響き。
なのに、若い男たちのバカ騒ぎよりも、
心の真ん中を射抜いてゆく。
女が大きく息を吸う。
そして、それがため息になる前に、男が向き直った。
「レザン、俺は・・・」
「別れましょう」
女の胸からでた息は、
刃となって男に向かった。
「私たち、似たもの同士すぎたのよ、きっと。
だから、もう終わりにしましょう」
「なぜ・・・」
そこまで言って、男は口ごもる。
「それは、あなたがよく知っていることでしょ」
レザンの厳しい投げ掛けに、
ピンボールが肯定するかのように点滅を返す。
俺はなぜ、あんなことをしてしまったのだろう?
言い訳がましく、それが故に釈然としない気持ちと、
当然だ、と半ばあきらめる気持ちと・・・
「レザン、俺は・・・」
男の言葉を断ち切って、
女は前を向いたまま、告げる。
「分かってるのよ。すべて。
グリが私のことを想う気持ちも。
でも、でも・・・
いいえきっと、
だからって言った方がいいわよね。
だから、もう無理なの。
ごめんね、グリ。
グリならきっと分かってくれるよね」
「レザン、俺は・・・」
男の声はそれ以上、空気を震わせることはなかった。
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仲良く並んだ三ツ星。
オリオンの輝きの下、喧騒の街に戻ってゆく2人。
「いよう、お姉さん♪」
気が付けば、あの若い3人組。
レザンを取り囲んでいる。
「彼氏とはサヨナラなんだよね~♪」
あんな状態で、どうやって聞き耳を立てていたんだ?
いや、雰囲気で分かったんだよな、きっと・・・
「離してください」
レザンは強く手を振り解く。
「こっちは話しているんだけど♪」
つまらないジョーク。
急激に怒りが増幅されていく。
「離せって、ゆうとるやろが」
落ち着いたつもりでいたのだが、地の関西弁がでてしまった。
「おいおい、お兄さんはもう関係ないんじゃないの♪」
「関係ない? 大ありや。嫌がってるやないか」
男たちを押しのけ、レザンを背中にして立ちはだかった。
「レザン、はやく逃げろ」
男たちは笑い声を上げた。
ふとポテチが頭によぎった。
ああ、乾いた笑い声・・・
心に浮かんだ瞬間、目の前に拳骨があった。
まだ少し続きます・・・




