15.グリとグルの物語(1)-聖なる水を求め、ブーランジェリー洞窟へいざ
唐突ですが、グリアジンとグルテニンのお話が始まります。
「おいしいパンを作りましょう」のエッセーです。念のため。
「グリ、気をつけてな」
俺の腰のベルトに剣を差し込みながら、父ちゃんは静かな声で言った。
何があっても知ったこっちゃないってな具合に、いつもニコニコしている父ちゃん。
そんな父ちゃんが見せた真剣な顔。
腰の剣がずっしり重く感じる。
これから起こるであろう出来事のただならぬことを感じた。
俺の名はグリアジン。
村のみんなからはグリって呼ばれている。
「青の森には近づくな。十の時まで近づくな」
村にはこんな言い伝えがある。
青の森には魔物が住んでいる、らしい。
らしいっていうのは、実際に魔物を見たことはないからなんだ。
村の青の森側には高い壁があって魔物が入ってくるのを防いでいる。
けれど、魔物たちの雄たけびまではさえぎれない。
この世のものとは思えない、恐ろしい魔物のうなり声。
僕はこの声を聞くと震えがとまらなくなる。
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この村には「十の時」、つまり、10歳になると儀式がある。
「青の森の試練」って呼ばれてるんだ。
この試練を乗り越えて、晴れて村の男として認められるんだ。
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青の森を恐る恐る進んでいく。
剣をしっかり握り締めるる。
周囲を警戒しながら一歩一歩、確かめるように進む。
俺の背丈よりも何倍も高い木々に囲まれる。
村長の言いつけ通り「森の道」に沿って分け入る。
思っていたよりも暗い。
そして空気がひんやり、重い。
「魔物なんか出るなよ~」
口に出しても仕方がないが、思わず口ずさんでしまう。
ヴォオオオオオオオンン
突然、周りの木々を震わせる雄たけび。
「!!っ」
あまりにも驚きすぎて、言葉すら出ない。
心臓がバクバクなっている。
足が震える、目の焦点が合わない。
やばい。落ち着け、俺。
大きく息を吸い込んだ。
目の前の草むらが揺れ、魔物がのそりと出てきた。
来る!
震えながらも身構えた。
が、魔物は動かない。
いや、動きがあまりにも遅くて、動いていないように見えるのだ。
いくら待っても相手が何もしてこないので、少し余裕ができた。
もう一度深呼吸。魔物を観察する。
大きさから見て犬か?
いや、それにしては牙が凶暴すぎる。
口からはみ出た牙は、刃物のように鋭くとがっている。
あれにかまれたら痛いではすまないだろうな……
そんなことを考えていると、その牙が赤い光を帯び出した。
時間にして数秒。
牙の光が段々と白味を増す。
眼を合わせられないくらいの輝きに達した瞬間、
赤い閃光となって俺に向かって飛んできた。
反射的に身をよじる。
閃光は俺の横をすり抜けた。
追いかけるように熱風が体を襲う。
バキッ。ぶつかった木の幹が焼け焦げている。
「あっアブねー」
のそり。魔物が一歩踏み出してくる。
牙の輝きはおさまっている。
逃げてもよかった。
でも、これが村の「試練」。
これを乗り越えないと、俺は前へ進めない。
「父ちゃん、力をくれ」。
握った剣に力を込めてつぶやく。
魔物の牙が輝き出す。
けれど、閃光までには時間はある。
今度はこっちの番だ。
勇気を振り絞って、一歩踏み出す。
「うおおおおおっ」
眼をつぶって、思いっきり斬りつけた。
ガンと岩を斬るような手ごたえ。
と同時に、
ヴォオオオオオオオンン
辺りの空気をビリビリと振るわせる、雄たけびが。
「やっ、やられる!」
全身をこわばらせじっと耐えた。
………
恐る恐る眼を開ける。
魔物が粉々になって消えていくのが見えた。
「かっ勝ったのか」
心臓はまだバクバクいっている。
青い森は元の静けさを取り戻していた。
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豊穣の色を表すというメイラードの月の初め、俺は村長の家にいた。
「心して聞くがよい」
長いあごひげがトレードマークの村長。
必ずこの言葉から始まるんだ。
「グリアジンや。お前も10の試練の時がきた。
お前の父も、そしてこの私も、この試練を乗り越え村の一員として認められたのじゃ」
村長は続ける。
「青の森の奥深くに洞窟があるのじゃ。
その名もブーランジェリー洞窟という」
やたらと長い村長の話をまとめると、その洞窟に湧く「聖なる水」を汲み、村の祭壇に捧げることが試練の内容だという。
地図もないのに、どうやってブーラン何とか洞窟を見つけるのさ……
疑問が顔にでていたのだろう。
「森には洞窟に至る一本道が付いておる。
その道にそって行けばよい」
森の道は聖なる水が通るおかげで魔物が近づきにくくなっているという。
「決して道を外れるでないぞ」
村長の言いつけを深く胸に刻んで出発した。
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静けさを取り戻した森の道を進む。
すると、遠くに見知った顔の少年が見えた。
近づいて声を掛けた。
「グル、こんなところでどうした」
俺の幼なじみのこの少年の名は、グルテニン。
がさつな俺とは正反対で、おとなしくって慎重派。
けれどなぜかウマが合う間柄。
「少し顔色が悪いようだけど」
座ったままのグルテニンに話し掛けると、
「ああグリか。よかった。
僕、もうだめかと思った…」
わが友、グルテニンは消え入りそうな声でつぶやいた。




