東京編 ベーグルを焼きました。
一人寂しい家だけれど、ベーグルを焼くと華やかになりました。
オーブンレンジの上で、四輪の「丸い花」が静かに、身体のほてりを冷ましています。
東京に引っ越し、ようやく余裕が出てきたこのごろ。
レンタル自転車なるものを駆って、近所をうろついていると、ベーグル専門のお店がありました。
趣のある木のドアを開けると、お店には昼食を楽しむにぎやかなマダムたち。四人の店員さんたちはおそろいの、深い青色をしたエプロンをかけて、にこやかに、そして真剣なまなざしで、ベーグルを仕込み、マダムたちの応接をし、レジ打ちをしていました。
お店の方々の気配りが隅々にまで感じ取れる雰囲気だったので、一歩入る前から、いいお店だな、と思いました。
棚にはイチジクの入ったものなど、手の込んだ数種類のベーグルが並んでいました。けれども、このお店は初体験なので「プレーン」と書かれたものを選びました。
深みのある茶色の、つやつやしたベーグルをトングでつかんだ瞬間、これは美味い、と感じました。思いのほか、いや、思い通りにずしりと重かったのです。それは、美味さの重みをしっかりと伝えていました。
家に帰るとすぐ、コーヒーを入れました。ペーパーフィルターを取り出し、コーヒー豆の粉をざざざっと盛ります。コーヒーはいつも「朝一」にしか入れないのですが、このお昼は特別。ベーグルの入った紙袋を横目に、にやつきながら熱湯をコーヒー豆に注ぎます。お湯を含みふっくらと膨らんだコーヒーの茶色い盛り上がりは、紙袋の中身への期待を映したようでした。
マグカップから立つ、コーヒーの湯気を眺めながら、プレーンベーグルにかじりつきました。癖のない、シンプルな味わい。生地は密でいて、パサつかず、もっちりとした弾力。噛めば噛むほど、味わいが沸き上がってきます。やはり、うまい。うまい。
プレーンなベーグルを味わいたく、マーガリンやジャムをつけずに食べました。大人男子の手のひらよりも大きなベーグルでしたが、一気に食べ切ってしまいました。豊かな余韻をコーヒーが補ってくれました。
よし、こちらも負けてはいられない。
ベーグルを、焼こう。
さっそく、ネットでレシピを調べてベーグルを焼きました。
ことさら、お店に対抗心があったわけではありません。ただ、あまりにおいしかったので、その記憶が消えないうちに、自身で再現できるかどうか試したかったのです。
粉をこね、はちみつを入れたお湯を沸かし、生地を静かにくぐらせます。ぐらぐら煮立つ鍋の中で、ゆらゆら揺れる真白な、ベーグルの生地を見ていると、このところ凝り固まっていた心のよどみが、緩やかに解けていくようでした。
オーブンから出てきたベーグルたちは、みなつやつやしていました。
すぐにでも食べたいのですが、冷まさないと本来のおいしさが味わえないので、ここは我慢。
小一時間ベーグルを冷ましたのち、コーヒーを淹れました。広がる香ばしさが、気持ちをリセットしてくれます。
四つ焼いたうちの、いちばん小ぶりなものを手に取りました。なかなかよい重量感。その香りは…ほとんどありません。材料は粉・砂糖・塩・イースト・水、そして茹でに使ったはちみつだけなので、プレーンといえば「どプレーン」です。
思い切りかぶりつきました。
うっ、うまい。ほの甘く、生地はもちもちと。何より、噛めば噛むほど、ほのかな香ばしさと甘みが沸きあがってきます。自分でいうのもなんですが、いや、これはうまい。
とはいうもののただ一つだけ、自分のベーグルを食べた瞬間に足りないことに気が付きました。それは、あのお店のベーグルが持っていた、皮の香りでした。
雲一つない青空のような、さわやかな香り。これは、オーブンの違いなのでしょうか。今回のベーグルに限らず、どんなパンを焼いても「お店屋さんのパンの香り」には届かないのです。できないことは、仕方がない。それよりも、このベーグルをしっかりと、味わおう。そう言い聞かせながら、生地をかみしめました。
コーヒーを、一口すすりました。
いやなこと、疲れること。
新しい街にやってきて、はやひと月。いいことも、いやなことも。なんやかやと積もってきましたし、これからも、まだまだいろいろなことがあるのでしょう。
でも、僕にはあと三個、このずっしりとしたベーグルがあるのです。




