番外編.アシスとミーアの物語。焼き上げのストーリーを悲劇にしないために剣と魔法で戦った
パン作りのお話にほとんど関係ないのですが、今回は解説の時間となります。第74話~94話まで続いた「アシスとロッドとミーアの炎の魔法」のストーリーについてです。20話も余談を続けてしまった「言い訳」に、さらに1話を費やしてしまい申し訳ないと思いつつも、敢えて書きます。書かせてください。
キーワードはもちろん「焼成」です。焼成の工程--加熱によってグルテンからデンプンに水分が受け渡され、それぞれが固形化し、ふっくらと焼きあがる--を下敷きにしたお話を当初いくつか考えました。
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オーヴェーン軍が放つ火矢は雨あられのように城内に降り注いだ。
守るべき王城はもはや炎に包まれてしまった。
何でこうなった? グルテーンはガクリと膝をつく。
ついさっきまでは確か、デンプーンとお互い腹が出てきたな、なんて笑いあってたのに。
グルテーンは、もはや立ち上がることすらできない。栄光の近衛兵装もボロボロだ。
というか意識を保つのすら精一杯の状態。いかん、このままでは本当に消滅してしまう。
震える手を必死に動かし、D・ポシェットからクラストをロードした。
ふう。この秘薬で何とか一息つける。
「おい、デンプーン! どこだ、デンプー!」
「そこで省略するのかよっ! 俺はデンプーンだ。最後の1文字だろ、ンくらいつけろよっ!」
微妙な突っ込みが背後からきた。この緊急事態にホントこいつはでっぷりした体の割りに細かい芸にこだわるヤツだな。
「いやいや。美は細部に宿るっていうでしょ?」
それはLudwig Mies van der Roheの言葉じゃねーか。ってか、お前は俺の心が読めるのか? デンプーンの謎の切り返しに心の中で毒づいた。
そうこうしているうちに、デンプーの腹がみるみるデップリプクプクと膨れていく。もはや三段を超えて四段腹になろうとしていた。いや、五段か?
「っていうかデンプー、なんで裸なんだよ」
一紙纏わぬ中年デンプンの姿を目に焼きつけさせられるって、一体誰得なの?
「えっ? ボクまだ5歳だけど!」
なっなんだと~っ!
思わず漏れ出した心の声がオーヴェーン軍の喊声にかき消された。
火攻めの城内はすでにうだるような暑さだ。
ああ、暑い、熱い、アツイ……うめき声を発するグルテーンの体から水分が奪われてゆく。
その傍ら、デンプーンは一層つやつや、ぷっくりと腹を膨らませるのであった。
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このようなタッチのお話を数話、考えたのです。しかし、コトは「焼成」。150度超でしっかりと焼き上げることから、「ああ、憐れなりデンプーンとグルテーン。しかし、彼らの絆の固さはしっかりと刻み込まれ、後世に残された」のような、登場人物が焼け死んでしまうパターンしか思いつけなかったのです……ああ。パンを食べる度に悲しい思いになるのは避けたかったので、すべてのプロットを焼き直しました。
そこで生まれたのが「アシスとロッド」のお話でした。
邪炎に取り囲まれる村。最後の危機にアシスの水とミーアの炎の魔法が混じり合い奇跡は起きた。砕け散った邪炎の亡き骸は大地に降り注ぎ、平和の証し--イラードのふっくら白い綿花--を生み出した。
水と火の相互作用という非常にチープな設定、さらにパンのふっくらさを綿花で代用するなど恥ずかしい限りでした。ただ、魔法に関しては人間の葛藤みたいなものを反映させたかったので「忘却の呪い」というジレンマを付加しました。となると「アシスはなぜ報われることのない戦いを続けるのか」について掘り下げる必要があったのですが、パンの話に早く戻りたいと思う気持ちが強く結局、中途半端な形となってしまいました。
また、今回特に実感したのは「ストーリーを閉じる作業って、とても難しい」こと。それほど風呂敷を広げた訳でないにも関わらず、なかなか収束に迎えないもどかしさ。結局、最終話を先に書いてから徐々に肉付けする形で書き進め、なんとか未完状態で終わることを回避いたしました。
開始から5カ月も掛けてしまい、途中何度も投げ出しそうになったのですが無事おしまいまで書けたのでホッといたしております。読者の方々に迷惑をおかけしましたが、いい経験となりました。
パン作りとはまったく関係のないお話となってしまいましたので、番外編とさせていただきます。たまにはパン作りの内輪話ではなく創作裏話も書きたかった、というのが本音です。
さて、以上で焼成編は終わります。
パンはすっかり焼きあがりました。
あとはおいしく食するのみ。
それではみなさま、ごきげんよう。
パン大好き
……という訳ではなく、まだまだ大切な工程が残っております。
次回からのシリーズは「冷却」についてのお話となります。