100.水を奪いデップリプリプリ太るデンプンと、水を奪われゲッソリガリガリ痩せるグルテン。
焼成の工程について、①栄養として取り込むためにはデンプンを加熱する必要がある、②実際の作業--オーブンの温度設定から見てきました。
それでは捏ね終えた生地を加熱すると、一体どんな変化が起きているのでしょうか。ドキュメンタリータッチで見てみましょう。
オーブンの温度はすでに200度を超えた。
ホームセンターのレジ横に投げ売りされていた霧吹きが勢いよく水の粒子を吹き出し、強制的に急激に庫内が加湿される。
前回の前々回のそのまた前の。茶色に焦げ茶を幾重にも重ねた焼成の歴史をその身に刻むセラミック製のターンテーブルの上に、そっと生地は載せられた。
ふるるっ、とアルビノのスライムのような巨体を一度だけ震わせ、丸パンは熱圏へと閉じ込められた。
……っと、このままではまた脱線しそうなので、通常モードに戻します。
加熱されることによって起きる生地の変化を温度の低いものから順に書き出しますと……
①デンプンの糊化 ②グルテンの固形化 ③アルコールの気化 ④酵母の失活 ⑤水の気化 ⑥メイラード反応 ⑦カラメル反応など
思いつくままにざっと挙げるとこんなところでしょうか。①~⑦もあるのですが……ポイントとなる温度は60度、80度、150度です。順に追っていきましょう。
60度。
確か緑茶を飲むのに適した温度といわれていたような。深むし茶専門店「株式会社小野園」さまのHPによりますと、「煎茶なら約80度、玉露なら約60度が適温です」。一度沸騰させてカルキなどを抜いてから、少し冷ましてお湯を落ち着かせる。もう少し低い温度なら甘めのお味となるようです。
この「落ち着かせる」という時間、いいですね。グラグラ煮立った状態を経て、静かにお茶を待つひととき。こんなゆったりとしたオトナ時間を持てる日は一体いつになったら来るのかしら……
直前のお話で書きましたが、60度になるとデンプンが水分を急激に吸収し始めます。この糊化の開始温度と②のグルテンの固形化がスタートする温度がほぼ重なります。
パンの材料を混ぜ合わせた時、小麦粉にギュンギュンと水分が吸い込まれます。この時、水を吸収しているのはタンパク質のグルテンとなります。デンプンは常温ではあまり水を吸収しません。
生地が60度付近になるとデンプンの糊化が活発に行われるようになり、逆にグルテンは水分を放出するようになります。水を奪いデップリプリプリ太るデンプンと、水を奪われゲッソリガリガリ痩せるグルテン……こうやって書くと、何だかデンプンが悪者みたいに思えてくるのは気のせいでしょうか?