95.生パンを食べるとおなかが……パンをなぜ焼くのかを考えてみた。
73話「パンをパンをパンたらしめる焼成工程」、以来となるパン作りの本編に戻ってきました。剣と魔法の異世界に迷い込んでいたお話なのですが、それについて解説しているといつまで経っても道草ばかりが伸び放題となってしまうので、話を元に戻します。
パンを焼き上げる「焼成」の工程についてでした。73話で書かせていただいたように、①そもそもなぜ焼くのか、②実際の作業、③どんな化学反応が起きているのかの3つの観点から、この工程について見ていきます。
それでは、早速その①。なぜ焼くのか。
生のパン……生パン。なんだか、エッチな感じがするのは私だけ? そんなオッサンの妄想はさておき、小麦粉と水などを混ぜ合わせ捏ねあげた生地。そのまま「生」で食べるパンには、今まで出合ったことがありません。実際に食べたことはないけれど、生パンなんて食べたらおなかを壊しそうですね。そして、この「おなかを壊しそう」というのがほぼ答えとなります。
小麦粉を成分から見ると、およそ7割がデンプン、1割がたんぱく質、残りは水分や脂質などとなっています。主成分であるデンプンは生の状態では消化することができません。これは、デンプンを構成している分子同士が結晶のように固く結びついているために、アミラーゼなどの消化酵素をもってしても分解することができないからです。
お米で例えると分かりやすいかも知れません。米の成分も小麦と同様に7割強がデンプンです。ナマ、つまり、お米は石のように硬い状態です。余談ですが、炊飯ジャーの釜でお米を研ぐとすぐに内側のテフロンが傷つき、やがて剥がれだします。釜に砂利をこすり付けているようなものなので、ボウルなどに移して研ぐのがよいのでしょうが、その一手間が邪魔くさいので……ごめんね、炊飯ジャーの釜君。
硬い生米をそのまま飲み込んでも、あるいは何とか歯ですりつぶしたとしても(歯が欠けそうなので決して実行しないように…って誰もしないか)、残念ながら消化・吸収することができないのです。お米のまま食べれば必ずおなかを壊すという訳ではありませんが、生デンプンは胃腸に負担を掛けてしまいます。
そんなデンプンに水を足して加熱すると、デンプン内の分子が徐々に水を取り込んで、やがて膨れあがります。強固な結びつきをしていた分子構造は緩みはじめ、分子と分子の間に水分が入り込みます。そして、このような状態になって初めて、デンプンを消化・吸収することができるようになります。
お米を炊くと硬かった生米がふっくら柔らかいご飯となります。もし水を多くすれば……そう、お粥となります。お粥はデンプンの分子と分子の間に大量に水が入り込み、デンプン分子が遊離するなど、もはやお米の形状を保ち難いほどに柔らかくなった状態です。
この加熱によるデンプンの状態の変化を糊化といいます。生デンプンをβ(ベータ)デンプン、糊化したものをα(アルファ)デンプンと呼んだりもします。お米のデンプンと小麦のデンプンは構成する分子の大きさなどが異なりますが、糊化に関してはほぼ同じ性質を持っています。
パンの連載なのにお米で説明ばかりしてすみません。なにせ、お米に例えた方が自分自身でも分かり易いもので……。日本語には「氷→水→湯」と同じように「米→飯→粥」と各段階に応じた言葉があることからも、お米というのは日本文化の根幹にあるのだなと実感した次第です(言い訳です)。




