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94.力と慈しみ。破壊と創造。その二つの正反対の力を漲らせた光が戦場を包んだ

 

 すでに詠唱を終え、一気に膨れ上がった水の魔力。アシスの指先にまばゆき光が収束し、レガリオンを邪炎へと打ち出さんとした、まさにその時。ミーアの炎の魔法を帯びた手がそっとアシスの指先に重ねられた。


 突如としてほとばしる七色の光。閃光ともいえる強さと輝きを持ちながらも、同時に、見る者の心に温かさをもたらすような慈しみ深き光。


 その光の奔流の中心には、炎の紅と水の蒼が螺旋を描いて渦巻いていた。


「これはミーアの魔法なのか……!?」


 アシスはただ驚き、ミーアに問いかけた。しっかりと指先を重ねながら、光の中心でミーアはゆっくりと頷いた。水の魔法と相反する炎の魔法が渦を巻いて二人とロッドを覆ってはいたが苦痛などはなかった。痛みよりは、むしろ自らが本来あるべき姿でいるような安らぎを感じていた。


 若き兵士を襲っていた邪炎はおろか、戦場にいたすべての存在が動きを止めた。


 創造神たるレガートはロッドを通してこの光景を見ていた。そして、この時が来るのを予感していたかのように、静かに深く頷いた。元はといえば水の魔法も炎の魔法もレガートの力を人間に分け与えた力なのだ。それらは決して排他的な存在ではなく、むしろ一体になってこそ、より大きく原初的な力--創造神の力--を発揮できるものであった。


 ミーアの想いが生んだ炎の魔法と水の魔法の融合は決して奇跡ではなかった。

「アシスよ、そなたの呪いはいま解かれたのだ」

 誰に聞かれるともなく、レガートは呟いた。



 戦場を虹色の光が包み込む。力と慈しみ。破壊と創造。その正反対の力を漲らせた光が邪炎に降り注ぐ。あまたの邪炎がピタリと動きを止めた。そして、


 ギシャァァァァァァッッッ!!!


 およそ音にもならない絶唱が幾重にも幾重にも鳴り響く。

 次の瞬間、邪炎の身は音もなく砕け、光の粒子へと分解されていった。


「おお、これは、この七色の光はっ!」


 大地に片膝をつけ、モムルが両手を天に掲げて叫ぶ。


「レガートさまの奇跡なのか……」


 ひとり納得したような顔をしてもモムルが天を仰ぐ。そして危機を救った光の奔流の元を辿たどると、ミーアがアシスと手を携えて立っているのが見えた。


 邪炎の残滓ともいえる光の粒子はオーロラのような淡いヴェールを織りなして、黒く焼き払われた大地へと降り注いだ。それらの粒子は地面に水のように浸み込むと、ひとしきり輝いた後、地中に吸い込まれるかのように消え去った。


 虹色の光もやがて消え去り、辺りを再び闇が覆った。


「おおおおおっ~!! 勝った、勝ったぞおぉ!!」


 苦闘の末、再び掴み取ることのできた平穏なる暗闇にモムルの歓喜が沸きわがる。それを合図にして、村の兵士たちもどっと歓声をあげた。

 

 ミーアは暗がりの中、静かにアシスに抱きついた。アシスは、そっとその手を背中に回した。




 これも奇跡なのだろうか。戦闘で火傷や切り傷を負った者は数多かったが、村人に犠牲者は出ていなかった。しかし一方で、邪炎による綿花栽培への被害は甚大だった。イラードは綿花の世界三大産地だったが、邪炎により焼け果て、荒廃し切った農地を目の当たりにして、もはや再興はありえぬ道であることを誰もが悟った。


 しかし、奇跡はまだ終わってはいなかった。大地に染み込んだ邪炎の粒子は養分となり、新たなる生命をしっかりと育んでいた。戦いの翌春、焼け野原となり放棄されていた耕作地跡から一斉に綿花の若木が芽を吹き出した。そして驚異的なスピードで育ったそれら綿花の木は夏が過ぎ秋を迎えたころ、これまで誰一人として見たことのない真紅の花弁をつけるに至った。


 赤き花びらは邪炎のタタリか? もしかしたら綿花も赤いのかも?--そんな村人の心配をよそに、姿を現したのは真っ白でふわふわしたコットンボールだった。それも、従来のものより真っ白で、コシがありながらも肌触りもよいという最良の綿花だった。


 この新しい綿花が、イラードの発展の足がかりとなった。村人たちは知るよしもないが、邪炎との闘いの後、数十年の時を重ねるうちに、イラードには綿花を中心とした産業が興り、人が集い、街が生まれ、もはや辺境とは呼べぬ地域の確たる都市へと変貌を遂げるのだった。



 邪炎との戦いから数日後、アシスは病床の村長を見舞った。感謝とねぎらいの言葉に続いて村長に「この地に留まってとどまってくださらんか」、と切り出された。その言葉とほぼ同時に、ミーアの手が背中の裾をぎゅっと掴んだ。


 村長の部屋を退出しモムルと挨拶を交わした後、アシスはミーアとともに自室のベッドに腰掛けていた。


「この地に留まるって、村長の話。あれはミーアが……」

「お父さまにそんなこと言ってほしいと頼んだことはありません」

「えっ、ミーア本当かよ。だってこの前……」

「あっロッド! そのことはナイショって言ったでしょ!」


 和気藹々とした談笑の最中、突如としてミーアは大きな影に包まれた。

 一瞬、身をすくめたが、それが愛しの人の両腕だとわかると静かに身を委ねた。


「いいなぁ。ワタシ(・・・)もそうやってアシスに優しく抱かれたいなぁ」


 吐息交じりの悩ましげな声色に、アシスとミーアは思わず起き上がり、顔を見合わせた。


 そして、次の台詞をほぼ同時に発していた。


「ええっ?! ロッドって女の子だったの!?」



(完)

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