89.真紅の光の先に安堵に包まれた顔が並んでいるのを見て、少女は目を丸くした。
妙に生暖かい風が全身にまとわり付く。決して遠くはないところで、激しい戦いの喧騒がいまだ鳴り響いている。けれども、戦いの雌雄が決したアシスとアリュクスの間には不自然なくらいの静寂が訪れていた。
「光あるところに闇は必ず存在する。だが、その逆はどうだ? 闇のあるところには、光は決して存在せぬ」
「何が言いたい?」
「光と闇がこの世を二分している訳ではないのだ。光は欲望そのものだから、だ」
声を荒げるアシスに構わずアリュクスは淡々と続ける。
「我に残された時はもう幾許もない。人の子、アシスよ。そなたなら、闇の持つ意味が分かるであろう。そう、何が邪であり、何が正しいのか」
もはや叶わぬ事ではあるが、そなたの進みゆく道を見届けたかった--そう言い残すと、アリュクスは光の粒子となって崩れ落ちた。
一陣の風がアシスの頬を撫で、闇の彼方に紛れて消え去った。
「一方的に言いたいことだけ言いやがって……」
アシスはロッドを握り締め、アリュクスがつい先程まで存在していた空間をただ眺めた。
「アシス……」
ロッドがそれ以上問い掛けることはなかった。
アリュクスがアシスの手によって消滅した直後、残った邪炎たちは統率の取れない動きとなり、その力も急速に衰えた。勝機と見た村民たちは一気に攻勢に出て、これを散々に打ち破った。
かくして、新月前夜の戦いは幕を閉じた。
村人たちは数人が重傷を負ってはいたが、奇跡的に犠牲者は出てはいなかった。言うなれば完勝に近い内容であった。ただ戦いの終盤、そう、アシスが強大な魔法を放った時にミーアとモムルが突然、昏倒してしまったのが村人たちの気掛かりとなっていた。
すべての邪炎を倒してなお、目を覚まさぬ2人。戦いの、というよりはイラード村の柱である両人をもし失ってしまったら……幾人かがそんな不安を口に出し始めた頃、ようやくミーアが意識を取り戻した。
「……私は……いま、ここは……?」
辺りに視線をめぐらすミーア。しかし、すぐさま邪炎と戦闘していたことを思い出したようで、あわてて両手に魔力を込めた。真紅の光が周囲を照らし出したその先に、安堵に包まれた村人たちの顔が並んでいるのを見て、青き髪の少女は目を丸くした。
「ミーア姉ちゃん! もう大丈夫なんだよ。あの男の人が、でっかい邪炎をやっつけてくれたんだ!」
幼き兵士が弾むような声でミーアに戦いの終焉を告げた。
ミーアは大きく息を吐き出し、漆黒の空を仰いだ。
「戦いは終わったのね。その男の人って……?」
どこかで見た事のあるような姿なのだが……記憶の隅にうっすらと靄が掛かったようで、胸の奥深くまでどこをどう手繰っても明確な答えを引き出すことはできなかった。
決して忘れてはならない「何か」が分からない。もどかしさに胸がざわめく。
いまだ魔力を込めていることを忘れたまま、ミーアは力なく両手を下げた。
すると突然、左のポケットの内側からまばゆい光が溢れ出した。
それはミーアにとって、そして、戦いに終止符を打った男、アシスにとって幸運としか言えない偶然だった。