88.邪炎に渦巻く紅蓮の炎は消散し、その身体は末端から加速度的に崩れ去ってゆく。
世界の灯が消える時、
人々に禍が降りかかる。
だから決してその灯を消してはならない。
「希望の灯」
人々はそう呼んだ。
神と呼ばれる存在がこの世界を創造したという。神の死角で、いや、神が自ら作り出した死角で、闇の混沌は寄り集まり、やがてそれは真の影をなした。闇の勢力は神を乗り越えようと、もがきあがくようにあらゆる存在を焼き払い始めた。
光による創造と闇による破壊。
この世界において唯一、知を持つが故に最も弱き存在であった人間は、闇の炎になすすべなく灰とされてゆく。破壊の限りを尽くし、大きくなりすぎた混沌がこの世界の安定を崩すほどになった時、神が再び動き出した。
創造神レガートは、人間にその分身ともいえる「聖なる灯」を分け与えた。闇の権化たる邪炎に対抗しうる新しき力。圧倒的な光の加護を得た人間の手によって闇は勢力を失った。
聖なる灯は、この世界を守る灯火「希望の灯」。神と人とを結びつける証しとして代々絶やさず守ることを命ぜられた。
闇の炎は勢力を失いはしたが、決して消え去ってはいなかった。宿敵の化身である聖なる灯を奪って消し去り、この世界の存在物を破壊し尽くすべく、耽々と機を待ち続けていた。
「極大魔法、レガリオン!!」
巨大な邪炎との戦いに終止符を打つべく、アシスは創造神の名を冠した水魔法の極地といえる奥義を繰り出した。ロッドから射出された強大な魔力の塊は、躱すことはおろか視認すらできない速度でジャイアントの胴を打ち抜いた。
邪炎の巨体は大きく傾ぎ、いままさに崩れ落ちようとしていた。
……人の子よ……
ジャイアントが再び、アシスとロッドの頭の中に直接語り掛けてきた。
「敢えて問おう、人の子よ。我を屠り去るその手で、汝は一体何を手に入れるというのか?」
もはや邪炎に渦巻く紅蓮の炎は消散し、その身体は末端から加速度的に崩れ去ってゆく。
「何故に神の下僕となりて、汝は一体何を求めるというのか?」
すでに戦意は微塵も感じられず、むしろ自らの存在を放棄して、ただ無心にアシスたちに問い掛けているようだった。
「邪なる存在よ。わが名はオ・アシス。水の魔道士にて神の下僕なり」
「我が名はアリュクス。闇の王の眷属なり」
暗黒をのぞかせる闇の王族、アリュクスはいまにも消え去りそうなその身を、もう一度だけ輝かせた。
「神の命に従い、世界の灯と愛すべき存在を守るべく我は戦う。ただそれだけのこと」
「そなたは気が付かぬのか?」
アリュクスの冷めた声がアシスの心に突き刺さる。
「我ら邪炎がなぜ、この世からなくならないのかということを」