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87、紫電を帯びたエネルギーの塊。溢れ出た濃密な魔力は周囲の空間すら歪めてみせた。

 アシスは視界の端にミーアがよろよろと崩れ落ちるのを捉えた。いつも淡々とした口調でアシスに「報告」をしていたのとは違い、ロッドは押し黙っているが……間違いなく、あれは忘却の呪いが発動した証しだ。つまり、ミーアの俺に関する思い出が掻き消されてしまったのだろう。


 アシスは、ぎりぎりと右の拳を握り締めた。大切なものがまた一つ、失われてしまった。それでも守るべきものを見失わないように、自らの心の芯が折れてしまわないように、右の拳を固く強く握り締めた。

 

 もはや出し惜しみはない。一気に決める!


 気迫を感じ取ったのかジャイアントは紅蓮の炎を吹き上がらせた。渦巻く炎は咆哮する火竜のごとく獰猛さ増す。脈動し激しく揺らめく業火の巨大な塊は、見ようによっては武者震いしているかのようだった。


 ……人の子よ……

 ……レガートに与する人の子よ……


 突然、戦いの場に割り込むようにして話し掛けられ、アシスは周囲を見回す。


 「ロッド? いま何か話したか?」

 

 なぜだか分からないが沈黙を貫いているロッドに問いかける。しかし、わざわざ聞かなくともこの声はロッドの声でないことは分かる。戦闘時だからといって相棒の声を聞き間違えることなどありえないことだった。


「人の子よ。創造神の使いたる人の子よ……」


 再び鳴り響いた声にアシスは目を見開いた。思わずロッドを見る。

 それは声ではなく、頭の中に直接語りかけていているようだった。恐らく話の主は……


「まさか、目の前の邪炎が!?」

「間違いない! ヤツから話掛けてきたようだ」


 驚きのあまり漏れ出したアシスのつぶやきに、ロッドが間髪入れず返答した。どうやらジャイアントの言葉はロッドにも届いているようだった。

 

 しかし、いったいなぜ?


 アシスは疑問を感じたが、今は戦いの時。頭を一振り、気持ちを切り替えて集中力を高める。

 ロッドの能力によって増幅された魔力を瞬間的に圧縮する。そして、濃密なエネルギーが漲る右手を邪炎に向けて解き放った。


「ふんっ!」


 気合の籠もった掛け声とともにアシスの指先から放たれた一撃は、超高速で滑空する魔力の刃と化した。

 雷鳴のような轟音を響かせ空気を切り裂きジャイアントに迫る。触れるだけで身体が両断されること必至な威力と鋭さ。受け止めるのは不利と見たジャイアントは素早く身を縮め、アシスの魔法をかわした。


「縮むなんて聞いてないぞ!」


 かつてなかった眼前の敵の俊敏さに思わず愚痴が口をつく。すかさずジャイアントは大きくジャンプするようにしてその身を伸ばした。そして身に纏う炎をドリルのように回転させ、無数の炎のつぶてを打ち出した。

 

 「ミーア、モムル! 危ない!」

 

 アシスに少し離れたところでは、依然、村人たちがジャイアント以外の邪炎戦っていた。

 ミーアは何とか平常心を取り戻しているようで、モムルに寄り掛かるようにして立ち魔法を放っている。しかし、邪炎との戦いに集中するがゆえにジャイアントの炎が迫ることに気づいてはいなかった。


 「ミーアッ!!」


 懸命に呼び掛けるアシスの声に気づき、振り向いたミーア。でたらめな速度で飛んでくるジャイアントの炎に顔を強張らせる。間に合うのかっ! アシスは向かってくる炎の弾丸をかわしつつ、祈るようにしてミーアを見る。彼女はよろめきなからも、とっさに魔法を盾のように展開し自身と村人たちを守り切った。


 よしっ! アシスはミーアの無事を確認すると、気合一閃、膨大な水の魔法をロッドの身体に流し込んだ。もう、戦いは長引かせない。圧倒的な一撃でジャイアントを葬り去ってみせる。


「頼むぞロッド!」


 アシスは三角帽子を投げ捨て、ロッドを天に掲げ高らかに叫んだ。


「レガートよ! 創造神たるレガートよ! いまこそ彼に力を! いまこそ我に力を! その世界の始まりの力を以って強大なる魔を破せん!」


 ロッドに込められた膨大な魔力はその先端部に凝縮され、紫電を帯びたエネルギーの塊をなして青き閃光を放っている。どれほどまでの力が込められているのであろうか、溢れ出た濃密な魔力は周囲に接する空間すら歪めて見せた。


 アシスは一息置いてジャイアントに狙いを定めた。そして、ロッドを振り下ろす。高く掲げられ、空中の一点で停止した指揮者のタクトが再び重力の方向へと動き始めたような真空なる、厳かなる、始まりの一瞬。


「極大魔法、レガリオンッ!」







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