85.その警告と圧倒的な暴力を伴う破壊音は同時にやってきた。
「私も世界の灯の守護者の血を引いています」
束ねた青髪を揺らし、額にうっすら汗を光らせながら戦場へと駆けるミーア。
「いま戦わずして、いつ……いつ、この力を使うというのですか!」
全速力で走り息を切らしながらも語る言葉は高まる気持ちが重ねられ語気が強くなる。その真に純なる使命感は尊重したいのだが……アシスの胸中には懸念の二文字しか浮かばなかった。
思い出すのは初めて出会った、あの村の郊外での邪炎との戦い。彼女が繰り出した炎の魔法は確かに威力こそ申し分なかった。だがそれに見合うスピードが足りておらず、易々と邪炎にかわされていたからだ。魔法が当たらず窮地に陥っていたところをアシスの助けで切り抜けたのだった。
「ミーアは後方でサポートに徹した方がいい」
「いいえアシス様。たとえアシス様といえど、それに従うことはできません」
ミーアは即座に、しかし、きっぱりと拒絶の意を示した。
「私は村長の娘です。民とともに邪炎と戦う責務があるのです」
「ミーアの魔法では、まだ邪炎を捉えることができない」
「いいえ、私は村人と共に戦うのです」
「意外と頑固だな……」
心の中でのつぶやきが思わず声に出てしまった。が、幸いにしてミーアには聞こえなかったようだ。暗がりの中、柔らかな唇をきゅっと結んだ横顔が行く手を照らすカンテラの光に浮かぶ。まっすぐに村民たちを想うその気持ちを守ってやらねば。いや、必ず守ってみせる。アシスは静かに誓った。……もし、俺に妹がいたらこんな感じなのかもしれないな。ふとそんな思いを抱きながら。
「彼女が戦いたいっていうんなら、アシスがサポート役に回ればいいじゃん。それに、今回はそれほど危機的じゃないようだし」
背中でつぶやくロッドの声は、先ほど警戒を伝えたものより幾分軽いトーンとなっていた。促されて暗闇に包まれた丘を見ると、綿花が茂る畑を赤黒く渦巻く炎で焼き尽くしながら迫る邪炎の数は、十数体ほどと思ったより多くない。あすの新月を本格侵攻の日と定めているのだろう。挨拶代わりの襲撃といったところか。
すでにモムル率いる村民の部隊が、邪炎と戦っていた。激しい金属音と、腹の底を掻きむしられるかのような、おぞましい邪炎の断末魔が時折、野原に響きわたる。
「邪炎の動きはそれほど速くはない! 恐れるな。正面から当たれ!」
モムルの統率力には目を見張るものがある。集団で襲う邪炎を分断し、常に一対多となるように戦いを仕向けていた。若き司令官に鼓舞された村人の士気も高い。魔法の力の付与された武具による攻撃が刺さるごとに、邪炎が弱っていくのが分かる。動きの遅くなった邪炎に魔法で止めを刺したモムルの隣にようやくミーアが並び立った。
「遅いぞ、ミーア」
モムルの言葉を受け、ミーアも両手に紅き閃光を宿し始めた。隣の兄のものより一段と大きくかつ強い輝きを放つ炎の魔法。どうやら、ミーアの方が魔法の使い手としては上手のようだった。矢のごとき紅き閃光が、草の頭を照らしながら掻き分け直進し、また一体の邪炎が闇の中に消え去った。
「なるほど。『村人とともに戦う』っていうのはこのことか」
モムルを中心として、村の兵士が邪炎の動きを抑えミーアが魔法でとどめを刺す。イラードの村がまさに一つとなって、邪炎の襲撃を退けてゆく。
「ヴぉりゃー、もっと来いやぁ!」
「……」
腹の底からドスの効いた地声で怒声をあげるロッドに顔をしかめるアシス。ミーアとともに最前線へと馳せ参じたが、モムルの指揮下には入らず単独行動で邪炎を遊撃していた。
なぜか戦いとなると興奮して見境がなくなるロッド。半ばあきれつつ、アシスは水魔法の力をロッドに込める。戦友とも言えるその杖は一層激しく青い閃光を放ちながら、野太い雄たけびを上げた。
「ヴオォォォォォォォ!」
お前は魔物かっ! と心の中で突っ込みながらアシスはロッドを振るった。もし強大な水の魔法を打ち放てば形勢が一気にこちらに傾くであろうことは分かっていたが、アシスはそのリバウンドである「忘却の呪い」を恐れていた。いつもながら水の魔法はできるだけ封印して、魔力を込めたロッドで邪炎を直接打撃するスタイルを採っていた。
その警告と圧倒的な暴力を伴う破壊音は同時にやってきた。
「アシス! 左手から強烈な魔力を感じるっ!」
ガガガガガガガッ!
ロッドの叫び声が響くや否や目の前の兵士2人が身体ごと吹き飛ばれた。
「何事だっ!」
モムルが声を張り上げ、素早くミーアが身構えるのが見えた。
いつから、ソイツはそこにいたのだろう?
大魔道士であるアシスですら突然すぎるその存在の襲来に気付くことができなかった。