84.漆黒の空に聖堂の鐘の音が鳴り響いた。「灯の加護のあらんことを!」
そもそも邪炎はどこからやってくるのだろうか?
誰も考えたこともないし、疑問に思ったこともない。
神と呼ばれる存在がこの世界を創造した。
光ある場所には必ず影が在る。
完全なる創造神の「影」には、混沌たる闇が存在した。
神はその闇が必ず災厄をもたらすと知っていた。
だがその闇はまた、この世界が在るために必要であることも知っていた。
「新月に邪炎来たりて、イラードの聖なる灯に災い降りかからん」
世界に災厄をもたらす邪炎の侵略を防がねばならぬ。王宮付きの預言師が受けたという創造神レガートからの啓示は、すぐさまこの辺境の村にも伝えられた。なおかつ、その預言を元に「水の大魔道士」であるアシスが村に差し遣わされてきた。
世界の一大事とばかりに対策への動きを速める王宮と中央政府に対して、イラード村の危機意識は決して高いものではなかった。いま、まさに村の存亡を占う邪炎の脅威が迫りつつあるというのに、どこか現実と遊離した他人事であるかのような、真に平和ボケとしかいいようのない感覚が蔓延っていた。
「アシス。邪炎が近づいてくる」
ベッドの脇の壁に立て掛けていたロッドが低い声で伝える。普段とは異なる押し殺したような声色は、今回の襲撃が大規模なものであることを表していた。
ロッドの言葉が小部屋の暗闇に混ざり込み、飛び起きたアシスがランプに灯を入れたのとほぼ同時に、村を覆う漆黒の空に聖堂の鐘の音が鳴り響いた。
短い三回に続いて長い三回。
深夜の帳の静寂を突き破って繰り返し打ち鳴らされる警鐘を耳にして、ようやく、村人たちの眼に現実の脅威が映し出されたのだった。
「よく聞けみなのもの。いまこそ力を合わせる時は来た! 灯の守り手たる我らの力を!」
病床に伏す村長の代理であり、実質的にイラードの指導者であるモムルは、よく通る野太い声を張り上げ、聖堂に参集しつつある男たちを鼓舞した。いち早く駆けつけ、最前列に整然と居並ぶ全身を鎧に包んだ兵士が数十人、剣を掲げ、モムルの掛け声に呼応する。
「おおうっ!」
聖堂の空気を震わせ、士気を高める兵士たちの後ろには年端のいかぬ子供と思しき者や背中の曲がったご老体の姿も見掛けられた。
「邪炎など恐れることはない! 聖なる灯の加護のあらんことを!」
「加護のあらんことを!」
その掛け声を合図として、いち早く兵士たちはそれぞれの持ち場へと駆けていった。
「聖なる灯よ、お力をお分けください」
清浄なる光を背に、青髪をひとつ結びで後ろに束ね、細い赤色の紐で鉢巻をした凛々しきミーアの姿があった。弓と矢にあてがわれた両手から鮮烈な赤い光が発せられ、武具が瞬時に輝き出す。
「絶対にご無理をなさらないように。灯のご加護のあらんことを」
肩当てのみの簡素な兵装をした老齢の村人は、ミーアの優しき言葉に俄かに顔を緩ませたが、大きく息を吸い込むと同時に歴戦の兵士の表情へと戻った。温かく柔らかい手を添えて渡された弓と矢には炎の魔法の力が付加され、その証しに赤みを帯びた光を宿している。
邪炎に対して有効なのは「炎の魔法」による攻撃だけだ。普通の刀や銃撃では傷一つつけることはできない。それは邪炎が創造神と同等の力を持ったという闇の存在の化身だからだという。
その魔法を使えるのは「世界の灯」を守る村長の一族だけだ。逆に言えば、炎の魔法を使えることこそが世界の灯の守護者である証しとなっている。幾度となく繰り返された邪炎との戦いを経て、魔法の力を槍や剣、盾などに付加する技が編み出され、魔法を持たぬ一般兵士たちも戦いに参加できるようになったのだった。
最後となった、まだ幼さを残す小さな兵士の剣に魔法を込め終えたミーア。
「私も戦います」
揺るがぬ少女の決意の瞳とともに、邪炎が迫り来る前線へと急ぎ向かった。
少し説明的になりすぎました……
年末までにあと3回位投稿する予定です。
それではみなさま、よいクリスマスを!
パン大好き