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81.村人たちの混じり気のない誠心と誠意をじんわりと肌と腹に収め、宴席を後にした。


 いつもとは違う厳粛な空気は居心地が悪いのだろう。ミーアは俺に顔を向けると、口元を緩め節目がちに、そしてイタズラっぽい視線を送ってきた。


「先刻は我が妹の窮地を救っていただいたとのこと。誠に感謝いたします」


 兄であり村長であるモムルもまた、丁重な仕草をもって静かに頭を下げた。そして、その話の続きで誠に申し訳ないのですがと断って「あいにく、この村には宿屋がございません」と、さらに謝罪を重ねた。


 イラード村の「聖なる灯」はこの世界では有名だ。しかし、いわゆる観光名所ではないので定期的に物資を運ぶ商人隊キャラバン以外、わざわざこの地まで足を伸ばすような物好きは皆無に近かった。


 まだまだ夏の気配を存分に残す気候が許すので、俺としては野宿でも何ら問題はなかったのだが……ミーアの熱烈なアピールもあり、村長の居宅の一室を寝起きに使わせてもらうこととなった。


「身の回りのことは我が妹、ミーアにお申し付けを」


 モムルの言葉を受け、勢いよく下げられた頭。今度は笑顔が輝いていた。



 謁見の後、ささやかながら酒宴が開かれた。質素ではあるが、もてなしの心が染み込んだ、どこか優しい味付けの料理に舌鼓を打つ。この地方独特の酒なのだろう。乳白色をしたふくよかな香りのする酒が、静かに盃に注がれる。


 モムルの丁寧な仕草の酌に、この男の誠実さがじわりと伝わってくる。返盃しながら尋ねたところミーアはこの夏、16回目の誕生日を迎えたとのことだった。


「その年の割には若く、いや、ずいぶんと幼く見えますね」


「ふふっ。そのことは本人が一番気にしているようなのだが……」


 モムルの視線をふいに受け、ミーアは小首を傾げる。


「もしかして私の悪口でも言っておられたのですか?」


 ミーアはふっくら頬を膨らませて笑いながら、俺たち二人を軽くたしなめた。朗らかな赤銅色を増した顔で妹を一瞥してから、モムルはきゅっと肩をすぼめた。


「まあ、そんなところだ、な」


「意地悪なんですね、アシス様も」


 楚々としながらも、ぷうっと両頬を膨らませる表情は純粋にかわいらしくもあり、また、ほほえましくもあった。話を進めると箱入り娘を地でいくように、ミーアは生まれてこの方、この辺境の村を出たことがないのだという。


「私は村長の娘としての務めがありますから、仕方ないのです……」


 いやいや、幼馴染のカリスも村から出ていないではないかなどと、決して指導者層であるが故の処置ではないことを、モムルが溜め息混じりに説明する。


「そうは言いますけれど……そうですわ、アシス様。どうか、わたくしに他の国のお話をしてくださいまし」


 甘い息が掛かるまでに無邪気に迫った瞳の訴えを無碍むげにする俺ではない。


「だが、一つだけ条件がある」


 必要以上に近づいたミーアの両肩にそっと手を当て、毅然とした声色の言葉を返す。俺の両手が彼女の肩に触れた瞬間、ミーアの両目はさらに大きく見開かれ、モムルがムッとしたような表情を見せた。しかし、後者に関してはこの際、無視を決め込んだ。


「ミーア、お願いがある。いつもと同じような話し方をしてくれるかい?」


 一応、俺は国王の命を帯びてこの村を訪れた客人の身だった。モムルや他の村人同様、敬意を払った言動は嬉しいのだが、ミーアの場合は無理やり大人の世界へと背伸びをしたような、ぎこちない話し方となってしまい、それが気になって落ち着かなかったのだ。


「えっ? よろしいのですか? 本当に?」


 両肩から手を離しながらゆっくりと静かに頷いてみせた。


「じゃあ、ね。アシス様。旅の話を聞かせて?」


 澄み切った涼風のようではあったが他人行儀だった声は急速にその艶合いを増し、足元にじゃれつく駄々猫のような甘い声色となって俺を包み込んだ。モムルは額に手をあてている。あっ、これは「あちゃー」のポーズだ、恐らく。


「ああ、分かった。じゃあ、どこから話そうか」


 ほんのり色づいた頬に、輝きを深める瞳。そう、あれはクワードの城での……気づけばモムルも杯を傾けながら目を細めて聞き入っている。俺は静かに語り始めた。



 ささやかながらも温かな酒宴だった。この地に住まう村人たちの混じり気のない誠心と誠意をじんわりと肌と腹に収め、宴席を後にした。


 これから暫しの間の根城となる一室へとミーアが案内する。


「で、ミーアとは仲良くなれたのかよ」


 宴会場の入り口に立てかけられたまま、実質放置されたままになっていたロッドが厳しい口調で尋ねてきた。


「ロッド、お前はすべて知っているくせに……」


「まあ、な。でも、一応言っておきたかったんだ」


 放置されたことへの抗議の意味を込めているのだろう。というか、そもそも酒宴に出たとしても食ったり飲んだりできないであろうに。そのあたりのことはロッドも認識しているので、これまでもとやかく言い争いになったことはない。


 けれども……どうやら、俺がロッドの存在自体を完全に忘れ去ってしまい、ミーアとの会話満開、春うららな状態となっていたことに、少々ご立腹なようだった。って、これはヤキモチか?


「ああ、仲良くなれたよ。なっ、ミーア」


「はいっアシス様。でもわたし、ロッドさまのお話も聞かせてほしいなぁ」


 まあまあ、ミーアさん。そこまで気を使わなくていいですよ。

心の中でつぶやいた途端、背中のロッドが冷たく震えたような、そんな気がした。



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