80.羨望のような、我が子を見守るような視線が戦士たちから注がれた。
ミーアに連れられて、篝火が揺れる村の防壁にまでたどりついた。物見に立っていた若者が彼女の姿を認めると慌てたように階下へと走り出した。暫くすると防壁をなしていた一部分が、静かに左右に開いた。
「先ほど草原の方で光が見えました。もしや邪炎と……」
「無理やり外に出てごめんなさいね。私が邪炎に襲われていたところを、こちらのアシスさまに助けていただいたの」
その言葉を聞くなり若き兵士は驚いてこちらに向き直り、直角に深く腰を折って敬礼のポーズをとった。夕刻とはいえ一人、少女を村の外に出してしまった衛兵の判断について少し疑問を感じていたのだが、どうやらミーアが半ば強引に門を開けさせたようだった。
「ミーア様、今後はどうか一人での外出はお控えなさってください」
小さな村とはいえ、若輩の一兵卒が長たる者の娘に率直に諫言する姿を目の当たりにして、この村の指導者層が村人たちから十分に信頼されている証しを感じ取った。
「これはこれは、アシス殿。このような辺境の地までよくぞ参られました」
謁見の間で対面を果たした若き村長は、青年といってもおかしくない風貌だった。いやいや、ちょっと待て。ミーアは少女といっていい年頃だったはず……ミーアが娘であるなら、何が何でも若すぎる。しかし、その疑問は瞬く間に氷解した。
「あいにく村長たる我が父は体の具合が悪く、私が実質的な長の役目を果たしております」
若き村長代行の名はモムル。ミーアの兄である彼の鍛え抜かれた上腕は、筋骨隆々とまではいかないが張りのある褐色のしなやかな肌を見せていた。
辺境とはいえ、イラードは「世界の灯」を守る聖なる地だ。その長代行ともなれば、立場上、他の世界の灯を守る巨大都市のトップとも対等な立場となる。けれどもモムルは決して背伸びをせず、あえて謙虚であらんことを自らに課しているかのような穏やかな物腰だった。頬にニキビの花咲く、青さの残る青年ではあったが、その誠実な言動は深き威厳を醸し出し、聖地の長としての風格を存分に漂わせていた。
「アシス殿。此度はよくぞイラードの地まで参られました。まずは父に代わり礼を言わせてもらいたい。さてさて、このイラードは聖なる灯の加護により……」
あいさつだけでこの調子じゃ長くなりそうだな、とロッドがこぼす。今は背中から降ろして、俺の右側に並ぶようにして「立って」いる。俺も神妙な表情は崩さぬまま、心の中で舌打ちした。
それにしてもこの数百年、邪炎の襲撃を受けていないというのは本当のことのようだ。モムルの言葉によると、この聖地を守る兵力はおよそ五十人足らずの男たちだけだった。それも戦闘経験すらほどんどない。謁見の間に姿を見せている兵士を見渡せば、やっと十には届いたかと思しき垢抜けない頬をした少年、縮れた白髪すらまばらとなった年寄りの姿も混じっていた。
今回の邪炎との闘いは厳しいものとなりそうだな……聞きながらも天井を仰いだ時だった。いまだ滔々と村の現状などの説明を続けるモムルの隣に一人の少女が歩み寄った。
水色の髪がふわりと揺れる。
ミーアだった。
羨望のような、あるいは我が子を見守るような視線が、村の戦士たちからも注がれた。
「先刻は助けていただきありがとうございました。本当になんとお礼を申し上げたらよいのか……」
「お顔をあげてください。私は私にできることをしたまで」
ミーアはゆっくりとお辞儀から戻る。
生成りのゆったりとした布地の簡素なドレスに青を基調とした胸元の首飾りとイヤリングが、さりげなく揺れている。先ほどとは異なり、この地方に伝わる衣装で正装をした姿にはミーアの清楚さと内なる気品がにじみだしていた。