76.紅色と青色が織り成すミステリアスな光のヴェールに、女の驚く顔が浮かんでいる。
まだかなり距離はあるが、やるしかない。
走りながら俺は目をつむり集中する。
意識を全身に隈無くゆきわたらせ、身体に宿る魔力を凝縮する。
胸と腹のあいだ、ちょうど鳩尾の奥にギュッと血液を集めるような感覚。
身体と心の根幹に、愛情と憎しみと快楽とが原色で入り混じったような、動物的な衝動が渦巻く。
意識をしっかり保たないと理性が魔力に飲み込まれ、衝動のままに暴走してしまいそうになる。
俺は、かき集めた魔力を右手に凝縮させた。
魔力は手からあふれ出し、一段と透き通ったまばゆい光を発している。
周囲の草木が、聖性を帯びた青白い光に照らされ、幻想的な光景が現出する。
ロッドに一気に魔力を流し込もうとした時だった。
「本当にいいのか、アシス?」
緊急時だというのに、その声は妙に落ち着いていた。
「あんな小娘のために魔力を使っちまっても……」
ロッドはさらに低い声で念を押してくる。
そういわれても、もう時間がない。
邪炎は徐々に距離を詰め、いまにも女を飲み込もうとしている。
このまま走っていては、絶対に間に合わない。
目の前で人が傷つけられるのは……もうごめんだから……
「仕方ねえだろっ! 助けられる命を無視できないぜ!」
「オトコだね、アシスってば!」
おいおい、女だから助けるって訳じゃねえぞ、まったく。
俺は全力で地面を蹴り付けながら、右手の杖を前方に突き出した。
そして、俺の相棒であるロッドに魔力を流し込んだ。
ロッドの身体は瞬時に輝き、一段とまばゆい青色の輝きを放出する。
「行けえぇっ!」
女を追い回している邪炎に狙いを定める。
遠くに槍を投げつけるような動作で、ロッドを思い切り振り抜いた。
ロッドに満たされた魔法は青白き光の矢と化し飛び出した。
草原を照らし出しながら、猛然と一直線に邪炎へと向かう。
赤黒く燃え盛る紅蓮の触手が女の身体に触れんとする、まさにその直前。
聖なる魔力の矢が、邪炎を背後から撃ちぬいた。
キッシャアァァァァ
断末魔の咆哮。
聞く者の心の内側がギリギリと掻き毟られるような悪寒が走る。
邪炎は強い衝撃を受けたガラスのように粉々にくだけ散った。
霧散する邪炎が放つ炎と魔法の残光。
紅色と青色が織り成すミステリアスな光のヴェールに、女の驚く顔が浮かんでいる。
女・・・・・・いや、まだ少女だろうか。
青色の長いお下げが両肩に揺れている。
少女まではあと50メートルといったところか。
ようやく俺たちの存在に気がついたようだが、危機は依然として去ってはいなかった。
邪炎があと一体残っているからだ。
もう一発、水魔法をぶっ放せばいいのだが……
そう簡単に魔法を使うことのできないワケが俺にはあった。
全速力で少女へと駆け寄る。
あと数秒もってくれ。そうすれば、魔物に直接一撃を加えられる距離になるだろう。
しかし、その数秒が致命的な距離でもあった。
間に合わない、か……俺がギリリと歯軋りをした時だった。
突然、少女の体から赤い光が放出される。
邪炎のヤツラが発する光とは根本的に異なる、澄み切った清浄なる赤き光。
「おお、あれは炎の魔法!」
ロッドが驚きを込めて叫んだ。




