私と竜の交流は並ではありません。
唐突ですが、私はシャンティ・リーデルと申します。年は二十九歳になります。えっ、年食ってるでしょうか?
そこはつっこまないでいただきたいです。何せ、私には三歳上の夫がいて名をスティーブと言い、もう結婚して七年になります。
子供も三人いて、まあ、平々凡々な生活をしていました。けど、私や夫のスティーブには普通ではないある一面がありました。
それは私とスティーブがこの国、大陸でも数少ない竜騎士だということなのです。
私もつい、八年前までは竜騎士でした。相方は名をルーベンスといい、赤い鱗と瞳は宝石のように美しい女竜でした。
今、彼女は騎竜を同じく引退して若い男竜とつがいになり、卵を生んで子育ての真っ最中です。二頭生まれており、女竜と男竜になります。人でいうところの双子ではありませんが年子の兄弟になりますね。
そうそう、私の子供たちの方は一番上が男の子で名をスチュワートといい、皆からはスティと呼ばれています。二番目も同じく男の子で名をショーンといい、三番目は女の子で名はシルバーといいました。息子たちはやんちゃ盛りで困っていますが。娘の方は甘えたがりの泣き虫でこれはこれで世話が大変ではありました。三人いると賑やかではあります。
「…母さん、父さんはまたルーベンスの所なの?」
不満げに尋ねてきた赤茶色に緑色の瞳の少年は息子のスチュワートです。顔立ちは父のスティーブに似て端正な美形に育ちつつあります。けど、今はしかめっ面をしていてその綺麗な顔が台無しですが。
「…そんなにルーベンスの事が嫌いなの。スティは?」
私が聞くとスチュワートはだってと余計に眉を潜めます。
「父さんはルーベンスやポーラー、騎竜たちの事ばかりで僕らをあまりかまってくれないんだよ。母さんはいいんだけど。妹のシルバーも父さんはあたしに冷たいて言ってたし」
「そ、そんなことないわよ。父さんだってあんたたちの事は気にかけてくれてるわ。ただね、ルーベンスは今、子竜が生まれて間がないでしょう。父さんは騎竜たちを育てるのだってお仕事なの。だから、あまりかまってあげられないのよ」
諭すように言うとスチュワートは黙り、考え込んでしまいました。
ううんと首を捻って私の言った意味を飲み込もうとしているようです。スチュワートは甘えたがりのやんちゃではありますが。意外と思慮深い所があります。
頭も良い子で早くも王都にあるシンフォード王立学園の小等部の一年生でありながら、成績は学年首位になっています。今は夏なので学園は長い夏期休暇に入っています。大体、六月から九月までの三ヶ月になりますね。
その間の課題は膨大な量ですがスチュワートは文句言わずに取り組んでいます。案外、良い子ではあります。
あ、何か親ばかみたいですね。さて、横道に逸れてしまったので話を元に戻したいと思います。
スチュワートは考えながらも答えました。
「ううんと。父さんは確かに竜騎士団の団長もやっているもんね。だから、忙しくて僕らの事どころじゃないわけか。わかった、母さん。もう、文句は言わない。父さんのお仕事が一段落つくまで待ってるよ」
「…そう。わかってくれたようで良かったわ」
ほっと胸を撫で下ろすとスチュワートはこちらに背中を向けてリビングを出て行きました。自分用の子供部屋に戻ったようです。
私はいつの間にか、成長した我が子に嬉しいやら寂しいやらで何ともいえない気持ちでいたのでした。
あれから、翌日になりました。竜騎士団の騎竜たちがいる竜舎に私は夫のスティーブと共に訪れました。ルーベンスやポーラーに会いに来たのです。
子供たちはまだ、幼いので連れてきてはいません。スチュワートを連れてきてあげたかったのですが子供を生んで気の立っているルーベンスには近づけさせない方が良いという夫の判断で今回は家で留守番です。
竜舎に入り、少し奥まった所にいる赤竜のルーベンスの部屋に近づきました。ぐるると唸り声をあげたのはルーベンスでした。
「…ルーベンス。私、シャンティよ。もう、忘れてしまったの?」
声をかけてみるとルーベンスは唸り声をあげるのをやめました。その代わりに念話で答えてきました。
『…いきなり、誰かと思えば。シャンティだったの。もう、忘れたの?はこっちの台詞よ』
少し拗ねた感じの声と口調に苦笑いしました。
実は竜にはいろんな不思議な力があるのはこちらの世界では知られています。まず、風や火を起こしたり人と同じ言葉で喋ったりできます。また、翼を使って空を飛ぶ事も可能です。
彼らは人より長い時を生き、その寿命は千年をゆうに越えるとか。まあ、他の生き物とは断然、違います。「…ごめんなさい。ルーベンス、あなたには悪い事をしたと思っているわ。けど、私もあなたと同じく子育てで忙しくって。今日もスチュワートたちの機嫌を直すのに手間取ってしまったのよ」
謝りながらいうとルーベンスは赤い瞳を細めて牙がたくさん生えている口を開けて笑いました。慣れで彼女の表情を読み取る事はできます。
『ふふっ。そうだったの。あなたとスティーブの子供さんね。あの子もあなたを困らせるだなんて。なかなかのやんちゃ坊主に育っているみたいね』
「そうでもないわよ。スチュワートはいいんだけど。下のショーンがやんちゃで。一番下のシルバーもまだまだ、甘えたがりなの」
『…スチュワートは考え深くて頭の良い子だから、もう手はかからないわね。ショーンがやんちゃだったとは。けど、一番下のシルバーはまだ二歳くらいだったかしら?』
そうなのと頷くとルーベンスはふうんと瞳をくるりと上へ向けて考える素振りをしました。
『なるほど。わたしの所のコロンはちょうど生まれて、八年が経つから。もう、人でいうと一歳を迎えようとしているわ。女の子なんだけどね。下のリードはまだ五年だから。生後半年といったとこね。シャンティの所の方が数が多いだけに大変そうだわ』
そう説明をするルーベンスの後ろには人の両手で抱えられるくらいの大きさの小さな子竜が二頭います。左側はルーベンスと同じ赤い色の瞳と鱗でこちらを興味深げに見つめています。大きさは私の息子のスチュワート、六歳の人の子供より少し小さいくらいです。
右側は金色の瞳と白銀の鱗で母のルーベンスをじっと見つめています。大きさは左側の子竜よりも一回り小さいくらいです。
「…ねえ。もしかして、あの子たちがルーベンスの子供さんなの?」
『ええ、そうよ。左側がコロンで右側がリード。可愛いでしょう?』
にっこりと笑う表情の代わりにルーベンスは瞳を細めて子供たちを優しく見つめます。左側の赤の子竜、コロンはゆっくりと私に近寄ってきました。
「…ギギ、シャ、シャンティ?」
「ええ、そうよ。あなた、喋れるのね」
褒めてあげるとコロンは嬉しそうに耳をぴんと立ててギィと鳴きました。そう、忘れてましたが。夫のスティーブを置いてきぼりにしています。
「…なあ、シャンティ。コロンを褒めてやるのもいいが。面会時間の刻限が迫っている。早く、ここを出るぞ」
私はわかったと言って立ち上がるとコロンたちに手を振って別れを告げました。すると、ルーベンスは頷きながら、さようならと言ってくれました。名残惜しみながら、竜舎を出たのでした。
帰り道は歩きで帰ります。スティーブと私は貴族ではありますが経費削減で必要最低限でしか、使用人を宿っていません。執事と侍女が三人いるのみです。
後、乳母役の女性や家庭教師を合わせたら十人はいますが。けど、私たち夫婦はできる範囲で家事や子供たちの世話を自分でやっているので彼らの負担は軽いものといえます。
「今日はルーベンスの機嫌もよかったな。やはり、パートナーが来ると違うのかな」
そう、スティーブが呟きます。私もそれには頷きました。
「…そうね。ルーベンスは私の事を忘れずにいてくれたわ。それで十分ね」
「ああ、そうだな。俺のポーラーも覚えていてくれたよ。あいつもそろそろ、嫁さんができて子竜ができる頃だな」
「へえ、そうなの。ポーラーもいい年だものね」
そう言いながらもスティーブは私の手をおもむろに握ってきました。顔はにこやかに笑っています。
「じゃあ、帰ろうか。ちびたちも待っているだろうし」
「ええ、帰りましょう。スティもショーンもシルバーも待ちくたびれていると思うわ」
そうだなと言いながらスティーブは私の手を引きます。付いていくと歩調をさりげなく、合わせてくれます。
「…竜たちを見ていたら羨ましくなるな」
「バカ。羨ましいだなんて言わないでよ」
怒りながらいうとスティーブは苦笑いしました。
二人して気まずくなりながらも家路についたのでした。
終わり