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戦線離脱勇者  作者: 方丈 治
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第二章-2:いつの時代も、勇者はタンスとつぼを漁る(2)


 中の様子は、外から見た雰囲気を全く裏切らなかった。どこもかしこも埃っぽく、部屋の隅でネズミが駆けまわっている。全体的に物が少なく、ツボやタンスが部屋のあちこちにぽつぽつと置かれているだけだ。

 住人もこの家とお似合いだった。来客に気付いてひっそりと部屋の奥から現れたのは、一人の老人だ。ほつれた服と破れた靴を身に付けているところは、まるで乞食のように見える。

 だが、老人の、長く垂れた眉毛の奥に潜む瞳は、ギラギラと光っている。その鋭い眼光でグレイの顔を突き刺すと、かっと声を張り上げた。

「こんの馬鹿もんが!!」

 あまりの声の大きさに、レナは思わず耳を塞いだ。老人の罵声はまだ続く。

「おまえの噂は、この老いぼれの耳にも届いておるぞ。まさか、倒すべき魔王の奴を庇いおったとはな!」

「相変わらず声でかいなー、じいさん」

 怒られている張本人は全く応えた様子もなく、カラカラと笑った。そんなグレイをじろりと睨みながら、老人は訊ねた。

「……して、何の用だ? おまえがここにやって来たということは、ろくでもない頼みでもしに来たのだろうがな」

「ご明察! 実は、また魔王でも倒しに行こうかと思ってね」

「ふん……それで金の無心に来たわけだな。前に三百万ガランもくれてやったにも関わらずな」

「三百万ガラン!?」

 その金額の大きさに、レナは叫んだ。三百万ガランもあれば、召使付きの豪華な屋敷を一軒、構えることができる。そんな大金を簡単にグレイにポンと渡すとは、やはりこの老人は見かけによらないらしい。それを受け取るグレイもグレイだが。

「あんた、三百万ガランも貰ったのに、またこのおじいさんにお金をせびろうとしてるの? そんな大金、一体何に使ったっていうのよ!」

 レナの質問に、グレイはけろりとした様子で答えた。

「武器を作るのに全部使っちまった」

「……武器、って……あんたねえ……」

 魔王討伐に強力な武器は確かに必要だが、屋敷一つ分の金をかけた武器とは一体どんな武器なのだろう。レナは言葉も出ないようで、ただ深い溜息をついた。

 老人はグレイの後ろにいる女魔法使いを、目を細めて見つめた。

「そっちのお嬢さんの金銭感覚はまともなようで安心したわい。……ふむ、前来たときには見なかった顔だな」

「新しい仲間だよ。アルシャンで仲間になってくれたんだ──やさぐれてた俺の尻を、ピシピシと叩いてくれてなあ」

 にやにやと笑って言ったグレイに、レナは顔を赤くして「ご、誤解されるような言い方しないでよね!」とぶつぶつ呟いている。そんな二人を見て、老人には思うところがあった。

(勇者グレイは魔王討伐から帰還後、パーティーメンバーからは見放され、人々には罵られ、〝戦線離脱勇者〟という不名誉な称号を与えられ、それはおちぶれた生活を送っていたと聞く……。そんな奴を信じて金を渡したのは愚かだったと、一時は後悔したものだが……こうして、再び奴の〝勇者〟の姿が見られるとは思いもせなんだ)

「……それも、この娘のおかげだというわけだな」

 納得したように一人頷く老人を見て、レナが不思議そうに訊ねた。

「えっ? 何か言いました?」

「いや、なんでもあるまい。……それよりも、おぬしら知っておるか。近頃、巷を賑わせておる〝勇者ライル〟の噂を」

「勇者……ライル? 私は聞いたことないわね……」

 レナは首を傾げて答えたが、グレイが眉毛をぴくりと動かす。老人はグレイの顔色を見ながら、説明を始めた。

「ライルという名の勇者率いる一行は、今、魔王討伐を成し遂げるのに最も近いパーティーだ。勇猛果敢な戦いぶりで、再結成された魔王軍の四天王たちを次々と打ち取っているそうだ」

「すごい……そんな強いパーティーがいるなんて」

(……それなら、そっちのパーティーに入りたかったわね)

 一瞬、レナの頭にこんな考えがよぎったのだが、今さら他の勇者のパーティーに入ることなど考えられない。それはグレイに心酔しているわけではなく、何となく頼りないグレイを捨てられないためだが。

「とにかく、うかうかしてたら、そのライルって人に先を越されちゃうわね……」

 レナはグレイに話しかけたつもりだったのだが、グレイからの返事はない。珍しく難しい顔をして、だんまりを決め込んでいる。代わりに、老人が口を開いた。

「そういうわけだ。他の勇者に先に魔王を倒しされてしまうかもしれないという状況の中で、わしが大切な大切な金をおまえにやるとでも思うか? そう思うのは何もわしだけではない。この町の誰もがそう思っておることだ」

(そっか……。だから余計に、ラグゼルの富豪たちがグレイの相手をしなかったのね。だって少し待てば、勇者ライルが魔王を倒したっていう朗報が聞けそうだもの……)

 そうは思うものの、そのまま時が過ぎるのをレナは黙って見ていられなかった。グレイと共に、魔王を倒すところを自分の目で見ないと、絶対に後悔することになるからだ。

「グレイ!」

 レナはグレイの背中を勢いよく叩くと、啖呵を切った。

「魔王を倒すのは、勇者ライルのパーティーじゃなくて、勇者グレイのパーティーよね?」

「この馬鹿力女……」

 ヒリヒリする背中を擦りながらも、グレイはぶすっとした表情でこう言い切った。

「当ったり前ぇーだ!」

 その言葉を聞いて、レナは老人の方を振り返った。にっこりとしているのは、グレイと自分が魔王を倒すと信じているからだ。

 だが、レナの期待も虚しく、老人は溜息をついただけだった。グレイのことはやはり信用できないのか、それとも、他に何を考えているのだろうか。

 返事を待ちわびたのだろう、グレイも老人の方に身を乗り出して訊ねた。

「ったく、じれったいなー。で、どっちなんだよ? 金をくれるのか、くれないのか」

 グレイにじっと見つめられても、老人はピクリともしない。やがて、少しの間を空けてから、こう答えた。

「……そうだな。答えは、『おまえにくれてやる金はない』だ。見ての通り、この家には寝床と、それにツボとタンスくらいしかないだろう」

 老人の指さす方向には、ツボやタンスが置かれている。

「さて……わしは今から用事で外に出るが、勝手にツボやタンスの中を漁るなよ。特にタンスの横に三つ並べて置いてあるツボのうち、真ん中のツボはな。おまえの家探しの習性は本当にたちが悪いからな」

 そんなことをぶつぶつと言いながら、老人は二人を残し、外へ出て行ってしまった。

 老人の後ろ姿を見送っていたレナが、呆気にとられた様子で呟いた。

「おじいさん、何であんなこと言ったのかしら……」

 とにかく老人に頼みを断られてしまった今、ここにいる必要はなくなってしまった。それに、家主不在の家に居座り続けるのも居心地が悪い。自分たちもここを出よう──そう言うために、レナがグレイの方を振り返った──その時だった。

 レナが目にしたのは、ツボの中に手を伸ばしているグレイの姿だ。しかも、タンス横に三つ並んでいるツボのうちの、真ん中のツボ……。特に漁ってはいけないと老人に釘を刺されていたツボだ。

「ちょ、ちょっと! あんた、人ん家で勝手に何やってんのよ!! しかも、聞いてなかったの? そのツボはおじいさんが特に触っちゃいけないって言ってたでしょ!」

 レナは慌ててグレイのもとへと駆け寄った。だが、グレイの手が止まる様子はない。グレイは悪びれる様子もなく、ツボの中をまさぐり続けているのだ。

 グレイが何をしているのかを見ようと、レナはツボの中を覗いた。水の中に何か光る物を見たような気がするが、よくは分からない。ツボの中に水が張られていて、内部が見えにくいのだ。

 訝しがるレナの横で、グレイはツボの中へ身を乗り出した。ツボはグレイの腰ほどの高さがあり、底に手を触れようとすると爪先立ちしなければならないのだ。

 そして、ツボの底で何かに触れたのだろう。グレイの目が嬉しそうにきらりと輝いた。それを目撃したレナは、心底最低な勇者だと思った。

(この人の職業、勇者じゃなくて、盗賊なんじゃないの……)

「あった、あった! これだな」

 そう言いながら、グレイは身を起こした。同時に、手もツボの中から出てくる。その手に握られているものを見て、レナは目を丸くした。

「き……金塊!?」

 そう、グレイが水の中から引き揚げたのは金の延べ棒だったのだ。生まれて初めて目にしたが、これがいかに高価なものかはレナにだって分かる。

「あのじいさんはな、金鉱のオーナーなんだ。銀行には一生使いに使っても有り余るくらいの金があるくせに、こんなボロ家に住むからなあ……ホント、物好きなじいさんだぜ」

 グレイは金の延べ棒を両手で持ちながら説明した。水の中では片手で持てたのが、さすがに水中から出すと、片手では持てないほどの重量があるらしい。

「この重さだと、百万ガランくらいか……。……ま、一応の装備を整えるには、それで十分か」

「……は?」

 グレイが平然と言ったその言葉に、レナは耳を疑った。同時に、こうも思った──この男ならならやりかねない、と。

「……まさかとは思うけど……あんた、その金塊をいただこうなんて思っちゃいないわよね?」

 レナの問いに、グレイはにやりと笑って答えた。

「貰ってくさ、ありがたくな」

 あまりに予想通りの展開に、レナは深く溜息をついた。

「貰ってく……って、それ、泥棒じゃない! あのおじいさん、あんたにはお金をあげないってはっきり言ってたのよ!」

 グレイが金塊を持ち出すのを、何とか阻止しなくてはいけない。その一心で、レナはグレイを説得しようと試みた。というのも、グレイと共に泥棒として追われるのだけは勘弁してほしいからだ。

 だが、グレイは金塊を懐にしまい始める始末だ。

「確かに、金はやらないと言ったな。だから、代わりにこの金の延べ棒をくれたんだよ。場所まで教えてくれたろ。……お。ほら、これ見てみろ」

 その時、グレイはしまいかけていた金塊の表面に、何か文字が彫られていることに気付いたようだ。薄暗い部屋の中、レナは目を細めてそれを読んでみた。

「なになに……『勇者グレイよ。もし魔王を倒せなかった場合は、耳をそろえて返してもらうから覚悟しておけ』……?」

 このメッセージは、いかにもあの老人の言いそうなことだ。そこで、レナはグレイの顔をばっと見上げた。

「これってつまり……あのおじいさん、グレイに金塊を渡すつもりだった、ってこと……?」

 自分たちがこの家に訪れてから、老人がこの金塊にメッセージを残す時間はなかった。つまり、老人は元々、グレイが訪れてきたらこの金塊をくれてやる用意をしていたというわけだ。

「俺が勇者としてもう一度信じられるようだったら、だな。どうやら、じいさんのお眼鏡にかなったようだぜ」

 グレイはにっと口角を上げると、ずしりと重みのある金の延べ棒を目の前に掲げた。

「しっかし、もし魔王を倒せなかったらやっべえよなあ……。百万ガランなんて返せる額じゃねえし……その時は、とんずらでもすっかな」

 はははと笑うグレイを、レナはおもむろに睨んだ。

「違うでしょ! 『もし魔王を倒せなかったら』じゃなくて、絶・対・に、魔王を倒すのよ!」

「わーってるって! 魔王ヴァティーを倒すのは俺たちだ」

 そう言うと、グレイは大胆不敵な笑みを浮かべる。

 レナは一瞬、グレイに目を奪われた。グレイは情けない男だが、こんな頼もしい表情もできるのだ。悔しいが不覚にも、かっこいい──そう思ってしまった。

(な……何よ。口先だけじゃダメなんだから。あんたが本当に魔王を倒したら、その時はかっこいいって認めてあげるわ!)

 そう一人でむすっとしているレナに、グレイが声を掛けた。

「なに、不細工な顔して突っ立ってるんだよ! 無事、軍資金を手に入れたんだから、装備品の調達に出かけるぞ」

「ぶっ、ぶさ……!? ちょっとそれ、聞き捨てならないわね! こら、そこのインチキ勇者! 訂正しなさいよ!?」

 そして、二人は言い合いをしながら、老人の家を後にした。

  


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