エピローグ:とある吟遊詩人の詩 ―後篇―
アルシャンの町では、これまでにないほどの大盛り上がりを見せていました。まだ昼間だというのに、町外れの広場には酒と食べ物が用意され、町のあちらこちらで人々が歌い、踊り狂っています。
なぜならそれは──魔王ヴァティーがめでたく倒され、この世界に平和が訪れたからです。
アルシャンの町にその驚くべき知らせがもたらされたのは、ちょうどその朝方、魔王を倒すために旅立った一行が町に凱旋してきたときのことでした。
彼らから「魔王は死んだ」と聞いた町の人々は、歓喜に沸き、互いに抱き合い、泣いて喜ぶ者まで出る始末です。それまでどんよりとした雲で黒々としていた空が急に澄み渡っていたので、一行の知らせを疑う余地などなかったのでしょう。
そこで、アルシャンの町長や旅人の酒場のマスターが協力して、祝賀会が開かれることになりました。世界に念願の平和が訪れたことを祝うため、魔王を倒すために奮闘してきた全ての旅人たちをねぎらうため──そして何より、魔王を倒した勇者一行を讃えるためです。
「っっぷはあっ!」
酒のジョッキを一息に飲み乾したのは、戦士ロイドです。人一倍負けん気の強い彼は、勇者グレイのパーティーの中でいつもトラブルメーカーでした。
「いや~! 酒は美味いもんだけど、魔王討伐を成し遂げた後の一杯はまた格別だな!」
ロイドは手の甲で口元を拭うと、カラカラと笑いました。そんな彼に小言を言うのは、魔法使いのエレです。
「一杯どころか、もう十杯目じゃないの。いくら世界が平和になったからって、そんなに呑んで病気にでもなったら世間の笑いものになるわよ」
エレはパーティー一のしっかり者で、グレイとロイドが喧嘩を始めたときの仲介役も必ず彼女でした。
「いいじゃねえか、今日くらいよー。ほら、エレも飲んでみろよ」
「結構よ! 後で、誰かさんの介抱をしなきゃいけなくなるだろうし」
エレは腕を組むと、フンと鼻を鳴らしました。怒ったように見えますが、彼女を見ればそれがうわべだけだと誰の目にも明らかです。
そんな仲間を見て、ロイドが陽気な声で言い放ちました。
「おめえはホンット、世話好きだよなあ。……ま、それでこそ俺の女房が務まるってもんだぜ」
「なっ……」
珍しいことに、エレの顔がみるみるうちに真っ赤になっていきます。それを見て、旅人の酒場で顔見知りだった他のパーティーの者たちが驚きの声を上げました。
「ええっ!? ロイドとエレってそういう関係だったの?」
「てっきり、エレはグレイの方に気があるのかと思ってたよ!」
「なあ、ルーガ! おまえ、長いこと同じパーティーで組んでたんだろ。二人は単なるお仲間以上の付き合いだったのか!?」
そう訊ねてきた者がおりましたので、僭越ながら、私はこう答えました。吟遊詩人らしく、私の相棒であるリュートを鳴らしながら。
「♪ふたり手を取り 勇者を助け 世界を正す
まだ見ぬ未来 ふたりの世界」
「……やっぱりな!」
私の詩を聞いて、周りの者たちがしたり顔で頷きました。皆、にやにやとロイドとエレを見ています。
「もう、ルーガったら! いい加減なこと言わないでよ!」
エレは真っ赤な顔でそう抗議してきましたが、真実をありのままに伝えるのが吟遊詩人である私の役目なのです。
「さあさあ、手が止まってるぞ! もっと飲めよ! すべて俺のおごりだからな!!」
そのとき、旅人の酒場のマスターが店の中から、新たに両手いっぱいの酒を運んできました。勇者グレイのパーティーも他のパーティーと同様、アルシャンのマスターには大変お世話になってきました。
「いよっ! マスター太っ腹!」
口々にはやし立てる人々を押しのけて、マスターは一人ぽつんと座る少女の前にやって来ました。
「どうした、嬢ちゃん? 見事、魔王を倒したってのに、元気ないな」
「まあね……」
そう溜息をつくのは、勇者グレイの最後のパーティーメンバーである魔法使いレナ。彼女はパーティーの中で最も弱い存在でしたが、同時に、グレイに大きな影響を与えたという意味では最も強い存在でした。
そこで、マスターが人で溢れかえる広場を見渡しながら、レナに訊ねます。
「そういや、グレイの奴はどこにいるんだ? 主役がいなきゃ始まらねえってのに」
「……そりゃ、こっちが聞きたいわよ」
「は?」
マスターのポカンとした顔を見て、レナは慌てて言い直しました。
「う、ううん! 何でもないわ! ホントよね、グレイったら一体どこで何してるのかしら! どうせそこら辺で、女の子でも引っ掛けてるんじゃないの」
「ははは、あいつのことだ! 言われてみればそうだな。魔王を倒すっつう手柄を立てても、女の尻追っかけまわす方が似合ってる!」
そう言うと、マスターは豪快に笑いながら店へと戻っていきます。レナはその後ろ姿を見送ると、ふうと肩を落としました。
「ったく……、グレイったらどういうつもりよ」
もちろん、レナがマスターに言ったことは全て出任せです。グレイは今、この町には居ません。グレイは仲間と一緒にアルシャンの町には戻らなかったのです。
*****
「はあ!? この城に残るってどういうことだよ!?」
廃墟と化したギーギック城に、ロイドの怒号が響きました。
これからアルシャンの町へ凱旋し、魔王がこの世から居なくなり、世界に平和が訪れたことを人々に告げる……。そのために、早くこの呪われた城を後にしよう──そう話していた時でした。
「だーかーらー、聞こえなかったのかよ。アイツをこのままにして行くわけにはいかねえだろ」
グレイはうるさいと言わんばかりに、片耳に指を突っ込みながら答えました。しかし、ロイドは納得いかないようです。
「アイツって……キジャをか? あのまま、放っておけばいいじゃねえかよ!」
ロイドは瓦礫の上でいまだ気絶したままの魔族の子供を指さしました。パーティーメンバーが協力して石の欠片に埋もれていたキジャを助け出したのですが、その後の処遇についてのグレイの意見には、ロイドはどうしても賛成できないのです。
「でもなあ……あの通り、まだガキだ。このままここに置き去りしたんじゃ、野垂れ死にしちまうだろ?」
「でも、アレは魔族だ! しかも、魔王のガキ……未来の魔王なんだぞ!? 今、俺たちがあのガキの命を奪わないってだけでも、あのガキは有難く思うべきなんだ。それなのに、わざわざおまえがキジャを助ける義理があるのか?」
「……義理はないな。けど」
そこで、グレイはキジャの方を見遣ります。その目には、何か遠くのものを眺めているようでした。
「アイツ、俺と同じなんだ」
「…………!?」
ロイドは意味が分からないと言うように首を捻りましたが、レナは何か思うところがあったようです。
「……ここに残って、それからどうするの? 城はこの通り、めちゃくちゃになっちゃったし」
レナの質問に、グレイは少し考えてから答えました。
「そうだな。とりあえず、アイツの目が覚めるまでに考えとくよ。まあ恐らく、この城を出て、もっと過ごしやすい場所に移動するだろうけどな。しっかし、まさか魔族の子供の世話をする羽目になるなんてなぁ……」
グレイは鼻で笑うと、思い出したように付け加えます。
「そうそう、アルシャンの連中に俺がどこで何してるのかって訊かれても、適当に誤魔化しといてくれよな。……あ、だけど、魔王ヴァティーはこのグレイ様がちゃんと倒しました、って伝えろよ? 魔王の最期はあの通り、ガーライルの自爆に巻き込まれてで、俺がとどめを刺したわけじゃねーけど……ま、そのくらいの作り話なら許されるだろ。勇者様のおかげで世界が平和になった、って世間を安心させるのも勇者の務めだかんな!」
カラカラと笑いながら、グレイはくるりと後ろを向きました。
「じゃ、な。元気でやれよ」
*****
──それが、仲間が聞いたグレイの最後の言葉でした。
アルシャンに戻る途中、ロイドはずっとブツブツと言っていましたが、結局はグレイ自身の願いを無下にすることはできなかったようです。無理やり自分を納得させたようでした。
「ねえ、ルーガ」
レナはマスターの作った料理をもそもそとつまみながら、話しかけてきました。
「グレイはあの時、キジャを十年前の自分と重ねたのよ。突然両親が居なくなって、一人ぼっちになった自分と……。だから、キジャの面倒を見るなんて言いだしたのよ。ま、アイツの気持ちも分からないでもないわ。私だって……」
その時、レナは大切なことを思い出したようです。あっと叫ぶと、跳ねるようにして椅子から立ち上がりました。
「私ったら、こんなところでのんびりしてる場合じゃなかったわ! 早く弟のところに帰らなくちゃ!!」
慌てて旅支度を始めるレナでしたが、その途中、ふとこんなことを言いだしました。
「私、思ったんだけど……。魔王は最後……どうしてわざわざガーライルを抱えて行ったのかしら? キジャだけを連れて城外へ逃げればよかったのに、って思うの。そうすれば、自分とキジャはガーライルの自爆から逃れられたのに。それをしなかったのは……」
そこまで言いかけて、レナはふっと笑いました。
「まさかね」
町の者は皆、歓喜に酔いしれ、ロイドとエレは人々にからかわれ、英雄の一人がこっそりと町を抜け出す姿など気に留める者は誰もいません。
広場の片隅に今にも崩れそうな物置小屋が一つ……レナはその小屋を懐かしそうに見つめると、最後にこう言い残しました。
「短い間だったけど、ありがとう。ロイドとエレにもよろしく伝えておいてね。それと……もしグレイが戻ってくるようなことがあったら、こう伝えてくれる? 『魔王キジャを倒しに行くときはまた仲間になってあげてもいいわよ、戦線離脱勇者さん』ってね」
彼女はニヤリと笑うと、ただ一人の吟遊詩人に見送られてアルシャンを出て行きました。
その後、三日三晩続いた祝賀会が終わり、ひと月、ふた月が経っても、勇者グレイがアルシャンに現れることはありませんでした。
人々はグレイの身を心配しましたが、誰にも彼の行方を知る手がかりはありません。
そんな勇者グレイを、人々はその後も長く、〝戦線離脱勇者〟と呼び続けました。
それは、かつて魔王を逃がし、一度は落ちぶれていたという揶揄からではありません。
今は消息を絶っているけれど、世界が再び魔族によって苦しめられたときは、もう一度現れてくれる。
戦線に戻ってきた時には、あの勇者が必ず何とかしてくれる。
──そんな期待と親しみを込めてなのです。
~吟遊詩人ルーガの語り~
―fin―
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
今回は、冒険、仲間、魔王退治!と、個人的な書きたい願望を叶えました。というのも、実は私、某RPGをこの上なく愛してまして。
だから、続編はぜひ書きたいと思います。……個人的な願望を満たすためですが!!
その時は、またお付き合い願えたらと思います!




