最終章:決着、そしてレクイエム(1)
「待ちくたびれたぞ、勇者一行よ」
パーティーメンバーが再結成されたところで、魔王ヴァティーがようやく口を開いた。温泉で出くわした時は「手加減しない」と宣言していたヴァティーだが、グレイたちの話が終わるまで手を出さなかったところを見ると、魔王らしく気高くありたいという意思は本物なのだろう。律儀なものだ。
「ああ、待たせたな」
「そうか……では、かかってこい! 貴様ら全員、まとめて相手になってやろう!」
魔王ヴァティーはマントを翻すと、鋭い爪をかざして襲いかかって来た──グレイめがけて。
「うおっ、いきなりかよっ!」
グレイは慌てて剣の刃でヴァティーの攻撃を受けると、激しい金属音が響いた。魔王の爪はまるで鋭い刃物のようだ。
「貴様らがもたもたしているから、早く戦いたくてウズウズしておったのだぞ!!」
ヴァティーは爪を構えなおすと、くるりと方向転換した。その先には、レナがいる。
「やっ、ちょっと、こっち来たっ、どうしよう!?」
レナは思わず杖を身構えたが、さすがにヴァティーの爪を受け止められるはずがない。受けられなければ、躱せばいいのだ──もちろん運が良ければ、の話だが。
「接近戦で魔法使いを狙うなよ、魔王!」
そう言って、ロイドがレナの前に飛び出してきた。名剣『雷鳴』とヴァティーの爪が激しくぶつかり合う。ロイドとヴァティーは剣越しに睨み合っていた──ロイドは歯を食いしばっているのに対し、ヴァティーは余裕の表情だ──が、やがてロイドがヴァティーの爪を打ち払った。
「あ、ありがとう……」
ロイドの背中の後ろで、レナは泣きそうになりながら礼を言った。初めて魔王の強さを目の当たりにしたのだから、無理もないかもしれない。
だが、めそめそしている場合ではない。このときのために、レナは旅に出て、グレイの仲間になったのだから。
「……で、作戦は? 『勇者の剣』無しでどうやって魔王を倒すの、グレイ!?」
レナの叫び声を聞いて、ようやくグレイは思い出した──自分が魔王を倒す手段を何も考えていないことを。
「…………げ」
「……まさかとは思うけど、何も考えてないとか言わないでしょーね!?」
「仕方ねーだろ! グレイプニルで魔王の行動を封じてる間に考える予定だったんだからよ!」
「馬鹿勇者ーーーー!!」
グレイとレナが言い争っている間にも、魔王は身を翻し、勇者一行と距離を取った。ブツブツと何かを唱えているのは、次の攻撃準備に取り掛かっているのだ。
「グレイ、そのことなんだけど!」
エレの声が聞こえて、グレイとレナは振り返った。エレはロイドを伴って、広間の扉の前に立っている。
「私たち、球に閉じ込められていたときに見たのよ。ガーライルが子供のキジャに『勇者の剣』を持たせて行かせたのを!」
「すぐに、そのガキを俺とエレで探してくる! それまでおめえらで何とか持ちこたえろよ!」
そう言うと、二人は慌てて広間を出て行った。グレイとレナにとっては、吉報と凶報が一度にやって来たようなものだ。
「持ちこたえろ、って……簡単に言ってくれるじゃねーか」
「ま、まあ、『勇者の剣』がこの城のどこかにあることが分かって、良かったんじゃない?」
そこで、魔王の詠唱が止んだ。両手には、凝縮されたエネルギーが溜められている。それから放たれる魔力の強さといい、詠唱の長さといい、とても危険なにおいがする。レベルの低いレナでも分かるくらいに。
「あれ……何か、ヤバくない?」
「レナ、魔法使いの出番のようだぜ! 魔法防御魔法であいつの魔法を抑えてくれ! 少しでも威力を削がねえとやべーぞ、ありゃ」
グレイは「魔法防御魔法くらい使えて当たり前」と言わんばかりの作戦指示をしたが、もちろん超低レベルのレナに使えるはずがない。
「魔法防御魔法? そんな難しい魔法、できないわよ」
「はっ? じゃあ、魔法守備力増強魔法は!? 呪文封じ魔法でもいい!」
「できない! できるのは、火系と氷系の小魔法と回復小魔法の三つだけ!」
レナの正直すぎる返事に、グレイは思わず眉をひそめて叫ぶ。
「……何でそんなに弱いんだ!?」
「うるさいわね! あんた、私を仲間にする時にキャリアとか聞いてこなかったじゃない!」
「だけどおまえの場合、超が付くほどの初心者じゃねえか! それでよく魔王と戦う気でいたな!?」
グレイは顔をひきつらせながら、すがるようにルーガの方を振り返った。
「ルーガ! おまえって、魔法防御魔法使えたっけ……?」
だが、グレイの期待も虚しく、ルーガは静かに首を横に振る。
「魔法防御魔法はエレが使えますよ。今、ここには居ませんがね」
「……だよなぁ~……」
「♪絶体絶命勇者~~」
「歌うな!」
そうこうしている間に、魔王の手の中から魔法エネルギーが離れた──威力が増幅されながら、放たれた槍のように一直線にグレイたちの方へ向かってくる。
「……やるっきゃねえか!」
それを見たグレイは、腹を括ったようだ。剣の柄を握り直すと、迫りくる魔法エネルギーに正面から飛びかかる。
「うおおおおおっ」
「グレイ、何を!?」
レナは見た──ものすごい速さで迫りくる魔法の玉の中心に、グレイの剣が当たるのを。魔法とグレイの剣が触れ合った瞬間、爆風が起こったが、グレイは踏ん張って耐える。
グレイの刃が、魔法の玉を真っ二つに切り裂いた。
進行を妨げているものがなくなったせいで、上下に分かれた魔法エネルギーは、それぞれ天井と地面に勢いよくぶつかり──エネルギーを放出させた。
「きゃああああああっ」
爆発によって発せられた爆風と熱が、レナを襲う。手で顔をかばうが、とても耐えられるものではない。あっという間に、広間の端の方へ吹き飛ばされてしまった。
天と地がひっくり返るような衝撃を感じる。魔法が当たったせいで、天井の一部分が落ちてきたのだ。
やがて、粉塵が晴れた……。
「いたたた……」
レナは顔をしかめながら、ゆっくりと起き上がった。あれだけ威力の魔法だったというのに、幸い擦り傷だけで済んでいる。レナが辺りを見渡すと、そう離れていない所でルーガも倒れていた。彼もまた、無事のようだ。
「あっ……グレイは? グレイはどこなの!?」
最後にグレイを見た場所に、レナは目を遣った。粉々となった床と落ちてきた天井の破片が魔法の威力の激しさを物語っているが、──そこにグレイの姿はない。
「まさか……」
もしかして、グレイは粉々に吹き飛んでしまったのだろうか。それとも天井の下敷きにでもなってしまったのか。最悪の結末がレナの頭をよぎる。
「なーにが、『まさか……』だよ、コノヤロー」
頭をぺしっと叩かれて、レナは慌てて振り返る──そこにはグレイが立っていた。
皮膚は粉塵で汚れ、服もボロボロだが、グレイは無事のようだ。レナはグレイの姿を見て、へなへなと腰を抜かした。
「無事なら返事くらい早くしなさいよ! びっくりしたじゃないの、もう!」
「このグレイ様が簡単にくたばりますかっての。だけど、この剣はもう使い物にならないな」
グレイはそう言うと、床に剣を投げ捨てた。もはや剣の柄しかないが、あの威力の魔法を受け止めたのだから普通の剣ならば当然の結果だろう。
「まったく……本当に悪運の強い」
グレイは顔を上げた。落下してきた天井の上に、ヴァティーが立っている。
「貴様はいつもいつも、驚くようなことを仕出かしてくれるな。まさか私の魔法を剣で受け止め、威力を相殺するとは……。今の魔法は、貴様らを一度に仕留める自信があったのだがな。……ハハハ、我が魂が震えておる。やはり戦いはこうでなくてはいかん!」
グレイの突飛な行動によって自分の魔法が失敗に終わってしまったのだが、ヴァティーは何だか楽しんでいる風にも見える。そんなヴァティーを、グレイはじろりと見上げた。
「……ったく、こっちは命懸けだってのに」
「──おいおい、さっきの衝撃はなんだよ!?」
慌てて広間に飛び込んできたのは、ロイドとエレだ。二人とも、荒れ果てた空間を目にして驚いている様子だ。
そして、ロイドは右手に一人の子供を掴んでいた──そう、キジャだ。
キジャは首根っこを取り押さえられて宙ぶらりんの状態だったが、その顔からすると、白旗を上げる気は毛頭ないらしい。キジャの両腕の中には『勇者の剣』がぎゅっと抱えられていたが、何があっても放さないという意思をこの幼い魔族から感じる。
「はなせ、人間っ! いくらおどされたって、これは渡さないぞ!」
キジャはロイドに向かってわめく。ロイドはうるさそうにキジャを横目で睨んでから、グレイに報告した。
「……という訳だ。すまねえ、グレイ。剣をどうしても放そうとしないから、このまま連れてきちまった。まあ、斬っちまってもよかったんだが……」
「ロイド!」
そのとき、エレの鋭い視線が飛んできたので、ロイドは押し黙った。
「グレイだったらそんなことはしないはずよ。……あのときだって、私たちパーティーメンバーはリーダーの考えを尊重するべきだった。だからもう、むやみにキジャを傷つけてはダメよ。グレイを失望させたくないのならね」
「あー、分かった! 分かったって!」
小言は十分とでも言うように、ロイドはエレの言葉を遮った。
「てな訳だ、グレイ! このガキ、どうする?」
「どうするったって……剣は取り戻さねえとなぁ……」
グレイがうーんと唸っていると、頭上からヴァティーの声が響いた。
「キジャよ、その剣をグレイに渡すのだ」
母親の指示に、キジャは「えっ」と声を上げた。
「で、でも、かかさま……。これはかかさまにとってキケンな武器だって、ととさまが……」
「良いのだ。武器を持たぬ勇者を倒しても、何の楽しみもないからな」
キジャはまだ何か言いたそうな目をしていたが、渋々両腕の力を抜く。『勇者の剣』はキジャの腕の中をするりと落ちていき、床の上に音を立てて転がった。
グレイは『勇者の剣』を拾うと、目の前に掲げた。
「すまなかったな……長いこと、ほったらかしにしちまって」
グレイが剣に向かってそう呟くと、剣は一瞬、キラリと光った──ような気がした。本来の持ち主の手に戻ってこられて喜んでいるのだろうか。
それからグレイは、剣を腰に提げていた鞘に一度収めた。二つで一体だった剣と鞘が再び合体し、英気を取り戻す。
「我々の戦いも終盤に近づいているようだ……」
戦闘態勢を立て直したグレイたちの前に、ヴァティーが降り立って言った。
「この決戦にて、我ら魔族と人間、どちらが勝利を収めることになろうとも、人間の中にもお主たちのような者が居たということ……私は決して忘れぬぞ。──キジャ」
そこで、ヴァティーはロイドから解放されて床に座り込んでいる息子を見た。
「良いな、そこを動くでないぞ。おまえのすべきことは、今から勇者と戦う母の姿をその瞳にしっかりと焼き付けることだ……。そして、覚えておけ。これが〝魔王〟のあるべき姿であると」
ヴァティーの目には慈愛の他にも、強い光が灯っていた。普段とは少し違う眼差しを向ける母親に、キジャはごくりと唾を飲み込んだ。
「何だ何だ? 今から負けるような口ぶりだな。さては、このグレイ様には敵わないと、やっと悟ったのか?」
グレイがからかうと、ヴァティーの方もニヤリと笑った。
「笑止千万」
勇者グレイと魔王ヴァティーは束の間、睨み合った。その後ろでは、いつの間にかルーガがリュートを奏でている。仲間の勇気を奮い立たせるような、そして最終決戦に相応しい、そんな曲だ。




