All / are all?
「かんぱ~い!」
お祝いなのに料理なんて手間なことするの嫌よね? と社長が言ったので、今日はサラ……いや、ピザ記念日。
もちろんピザだけでは貧相なので、フライドチキンやでっかいシーザーサラダなど、サイドメニューも充実している。ここのピザ屋は全国チェーンではないが、地元では知られた美味しい店だ。その分少々値段が高いのだが、そこはそれ、今回の依頼の報酬がたっぷり入ったことで気が大きくなっているのかもしれない。
ちなみに、今日がナミの料理当番の日だったことは……勘ぐり過ぎかもしれない。
「でも、改めて今回はミズキがすごかったわね。後で記録を見てびっくりしたわ」
「ふふん」
「ってフユカが褒められたんじゃないと思うけど……」
「うるさい」
そしてカケルの皿からフライドチキンが1切れ消失した。
「ああ、そういえば昨日サツキさんと話した時に……」
「サツキさんと」のくだりで、フユカがぎろっとカケルをにらみ、今度はカケルの皿からピザが一切れ消失した。
「……まあ、たくさんあるからいいけど、フユカ食べ過ぎには注意しろよ……」
「わかっとるわ」
「……で、彼女が言うにはミズキって本当に”m”なのか疑問だって……」
「なるほど……」
レイノは話に入って行けないのでひたすら食べる方に専念している。とはいえ、ピザは炭水化物が多すぎるしチキンは油が多すぎる。必然的にサラダ中心になってしまう。20代後半としては不摂生をしていると肌に響いてくる。
医師としての知識を総動員して美容に適した食材を選んでいるレイノの隣で、もう一人の医師であるナミは缶の残りを一息で空けると、次の缶ビールの蓋を開けながら言った。
「そう……そこまで気づいたわけね。まあ、向こうとしてもミズキみたいなのが何人もいることは考えたくないってことでしょうね……」
「どういうことですか?」
「なんて言われたかはともかく、ミズキの真似はかなりいい線行っていたって事よ。少なくとも相手によったらソシアブラをも騙せるぐらいにね」
「え? そうなんですか?」
「ま、本当のところはわからないけどね……」
「じゃあ、やっぱりミズキが特別なの?」
レイノの質問に、ナミはあっさり答えた。
「うん、というかフユカが特別なのよ」
「えっへん」
今度はフユカが褒められているので、カケルの皿にも被害は無かった。だが、特別とはどういうことだろうか? カケルもレイノもわけがわからないという顔をしている。
「……えっと、ここからは完全にオフレコ、絶対に社内だけに留めておいてほしい情報なんだけど」
と前置きしたナミは、一から説明を始めた。
「そもそもTEのランクってどうやって決まると思う? はい、カケル」
「そりゃ一般人の身のこなしのレベルと比較して、一流の兵士を”a”と仮定して、そこから上下に……」
「そうよね。だけど、シーダーの立場から考えてみたらどうかしら?」
「シーダーの?」
「例えば、カケルはそこそこ鍛えているけど、TEのレベルとして考えたらせいぜい”b”か”c”レベルよね?」
「そうですね」
”b”だって一般の兵士レベルの動きは出来る。格闘技や武器を使った訓練をしていないカケルだったら”c”ということで問題ないだろう。
「そのカケルがアバターを作ってネットに入った時、アバターはどのレベルで動けるかしら?」
「それは……やっぱり”c”じゃないですか? ネットに入っても疲れないだけで身動きはやっぱり自分の肉体に引っ張られます……あ」
「あ、そういうことね」
カケルと同時に、レイノも分かったようだ。
「どういうこっちゃ?」
わかっていないのは当のフユカだけだ。
「つまり、フユカが自分のアバターでネットに入っても“c”にも届かない”d”いや、そんなランクはないけど”e”相当ぐらいにしかならない……」
フユカは体が小さく、筋力も弱い。一般人の大人に対しても全然太刀打ちが出来ない。ナミの言葉に一瞬自分がけなされたのかと思ったフユカだったが、どうもそういうことではないらしいと感づいて黙って聞いていた。
「……それで”m”を動かせているんだから、今後フユカの成長に従って彼女たちのランクも上がっていくかもしれないってことよ」
「それじゃあ……」
「ツムジが”b”だけど、あの子もすぐ“a”には上がるわよ。今”a”の2人にしてもいずれ”m”になりうる。そしてミズキは……ひょっとしたら”m”を超える『何か』になりうる可能性を秘めている……いや、今回のことを考えるともうなり始めているのかもしれないわね」
「とんでもないことですね」
驚くカケルに、ナミは笑って言った。
「そういうあなただって、その年で“M8”なんだから、今後の成長次第では世界初の”M9”もありうるわよ」
「考えてみれば、とんでもないメンバーよね」
レイノの感想に、ナミは頷く。
「そうね、だから2人とも、このまましっかり成長していきなさい。あなた達は将来必ず大きな事を成し遂げられる能力があるんだから……私達はそれまであなた達を預かっているだけ」
「そんな、うちはずっとナミ達の会社におる!」
「僕も……」
「おお、おお、大した忠誠心ね。責任重大よ、ナミ」
「そうね……じゃ、とりあえず2人の成長に責任のある私としては……」
「何、何?」
フユカが興味深い様子で聞いてくる。
「1週間サツキさんとの特訓で潰した分、夏休みは補修」
「なんでや~!」
フユカの悲鳴とも取れる叫びが部屋にこだまする。今日は7月19日、本来であれば明日からフユカは夏休みということで勉強を免除される事になっていた。実際には家庭でのネット学習だから関係ない、と思われがちだが夏の行楽を当て込んでいるもろもろの企業に取って夏休みが無いというのは問題なのでそうなっている。
「うちはまじめに仕事しとっただけやないか!」
「うん、それはそうだけど、ちゃんと勉強も進めておかないといつまで経っても成人できないわよ」
「それは……」
「ま、標準進度より進んでいる分を少しはき出してもいいから、とりあえず1日3時間は学習プログラムを受けること、いいわね?」
「う……しょうがないか……」
普段は5時間なので、短縮されている。朝からやれば午前中には終わるので、しぶしぶフユカは納得したようだった。
――いいねえ、学生時代、か……
レイノはふと自分とナミの学生時代を思い出す。とはいえ、実際に顔を合わせて勉強したのは実習が入ってからだから、フユカの年には自宅学習だった。
――そういえば、あの頃だったか、今はいないあの先輩と会ったのも……
思えば、あの先輩には色々振り回されたものだ。勉強は優秀だが、昔の色々なものをネットから発掘してきて試してみるのが趣味だった。
短波の無線通信とかやりだした時には呆れたものだった。時代錯誤にも程がある。大仰な機械を使って、出来るのは声を送ることだけ。それも著しく低音質の。他にも、最初期のゲームなんかをどこからか手に入れてきて、みんなでやろうと人を集めた。初期RPGの名作だったそうだが、レイノにはそれが人を表しているのだと指差されても、どこが人の形なのかと首をかしげるだけだった。あの頃は解像度も荒いからそれで人間を表現していたんだ、と力説していたっけ。
そういう時代錯誤なものが好きな先輩だったが、研究では素晴らしい成果を残した。なにせ現在のシード理論はあの人がいなかったら何年か遅れていたに違いないと言われるほどなのだ。
レイノは、それでも愉快な友達として彼に接していたが、ナミは違っていた。
結局、研究テーマも彼に合わせたし、付き合うようになって最後は同棲までしていたはずだ。
彼がいなくなって――一説には死んだと言われているが、公には失踪ということになっている――ナミがどれほど落ち込んだか……レイノと何人かの友人で入れ替わり励ましたがなかなか立ち直る事ができなかった。
そんなある日、突然彼女に呼び出されてみれば「会社を作る」と言い出した。その場で会社の方針とか待遇とか、出資状況などを怒涛の勢いで説明され、レイノは流されるままに彼女の会社に合流し、そして今に至るわけだ。
その会社もこうして、小さい成功を積み重ねて順調だ。
――うん、いい風が吹いているな
レイノは気分が良くなり、一瞬いまさらかな? と思いながらも缶ビールの蓋を空ける。少なくともこの時の彼女は何の心配事とも無縁だった。
-*-*-*-*-
「おっと、いきなりこれは無いんじゃないですか?」
ミズキが新しく手に入れた長剣を突きつけている相手は、見知った顔だった。ただ、この場にいるはずもない顔でもあった。
「あなたは居ないはずの人間じゃない?」
「なに、アバターの偽装ぐらいだれでもやってるじゃないですか……」
「だれでも……犯罪者ならだれでも、ね」
「やれやれ」
そう言って、クラモト・アスカ――死んで利用されていたソシアブラのアバターが崩れる。現れたのは、30ぐらいの長髪の男だった。セーターと綿パン、痩せぎすの体だったが、身のこなしに隙は無い。初めて見る顔だったが、常に微笑みをたたえている中でメガネの奥の瞳だけが鋭かった。
「重ねて聞きますけど、誰?」
「俺は……いや、名前はあんまり意味がないから、『サード』と読んでくれればいい。三番目、って意味だ」
胡散臭い。ひたすら胡散臭い男だ。
「で、何の用ですか?」
「俺はね……あんたのファンなんだよ」
「ファン!?」
しがないTEにそんなものが付くなんて考えられない。ミズキは再び剣を男に突きつける。
「いや、いい剣ですね。ロトのつるぎレプリカじゃないですか?」
「なにそれ?」
「古の……いや、どうでもいいですね。ま、有名なゲームに出てくるんですよ」
これをデザインした人間がそこから拝借したのかもしれない。正直、性能が伴っていれば意匠がどうであるかミズキには気にならなかった。
「で……本当は何の用ですか?」
「いや、ファンというのに間違いは無いよ。なにせ君は初めてのやり方でこっちに来るかもしれない『人』だからね」
おかしなことを言うものだ。ミズキのファンというならミズキが人ではなくTEであることは知っているはずだ。それに「こっちに来る」というのは意味がわからない。
問い詰めたいことはいくつもあるが、どれを口にだすべきかミズキが迷っているうちに、男は続けた。
「ま、まだ先の事のようだけど、とりあえず顔だけは見ておきたくてね……四番目の席は君のために空けておくよ」
「どういうこと!?」
しかし笑って答えない男に、もしかして危険な相手かもしれないと思ったミズキは実力行使することにした。痛めつけるだけならいいだろう。
「おっと」
だが、男に突き込んだ剣は不可視の防壁に遮られた。
「危ないなあ。まあ、確かに今回の一見の黒幕の一人ではあるんだけどさあ」
「え、何を?」
睨みつけるミズキに、相変わらず余裕を感じさせる口調でとんでもないことを言い出す。
「ま、あの一件はあれで終わりだよ。もうからくりがバレちゃったしね。その点では安心してくれて構わない」
「だが、あなたは!」
振りかぶって剣を袈裟懸けに斬りつける。だが、やはり強固な防壁に阻まれる。
「ふむ、今日は虫の居所が悪いようだね。また後日、改めて伺おう。では……」
そう言って男は、手元を操作して転移を始める。足元から光柱が立ち上り、男の姿を隠していく。
「待って!」
叫ぶが防壁が邪魔をする。
防壁越し、光柱の中から最後に男のこんな言葉が聞こえてきた。
「君もTEとかやってないで、自分の足で立つことを覚えたらいいんじゃないかな。そ、まさに一人立ちってやつさ……」
何のことを言っているのか、ミズキには理解できなかった。そして、光が消え、いつの間にか防壁も消え去っている。
どういうことなのだろう? 意味の分からない言葉が多すぎる。ただの狂人、あるいは……?
ミズキはこの件をみんなに報告すべきかどうか迷った。だが、あまりにも意味不明なので、結局自分のメモボックスにしまい込む事にした。
ともかく、これがソシアブラに関わった一件の本当に最後の出来事だったので、時間とともにその記憶はミズキの中でも薄れて消えていった。
ミズキスタンズ 了
苦しみました。
仕事が忙しくなってきて、夜勤とかが入ってきて、なかなか進まない状況でした。いっそ諦めようかとも思いましたが、一応9月1日に完結させる事ができました。
正直、時間の関係で端折ったところなんかもあって、そこは自分の未熟のなせる業なので、反省するところです。新しいSFのアイデアをいくつも盛り込もうという目標もどれ位達成できたのか……
ともかく、一応完結、そして続きの話も匂わせた状態で、筆を置かせてもらいます。
次は中断している『蒼海』の続きにしばらく専念するつもりですので、よろしくお願いします。