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Osakans / in 2070s

 食卓の長方形のホットプレートの上では、お好み焼きが2枚、並んで焼かれていた。

 七夕といえばお好み焼き、これは常識だ。

 本当はフユカが焼きたがっていたのだが、長時間のネットダイブの影響を調べるのだということでレイノに捕まったままなので、代わりにカケルが焼いている。

 カケルは、過去に調べたことがあって、七夕のお好み焼きというのが比較的最近に出来た習慣であるということを知っていたが、改めてそんなことを指摘するほど野暮ではない。

 元はといえば、バレンタインのチョコレートだって、土用のうなぎだって、節分の巻きずしだって、それほど長い伝統というわけじゃないのだ。そこに1つや2つ加わったからといって、本人たちが楽しめていればそれでいいのだと思っている。

 実際には、七夕で作られるお好み焼きにも地域によっていくつかのバリエーションが有るらしい。本当に星形に焼くところもあれば、小さく焼いて一人で1セットを食べるところもある。共通しているのは2枚同時に焼いて重ねるというところぐらいだ。カケルの地元も実は星形派だったが、ここではフユカに合わせて丸い普通のお好み焼きを焼いている。

 オオサカ人にとって、お好み焼きやたこ焼きを作るというのは基本技能だ。肉を焼けなくても問題はないが、お好み焼きが焼けないとなると、いくら男とはいえ恥ずかしい。そんなわけで、カケルのお好み焼きをひっくり返す手つきも危なげない。


「おおーっ、もう出来とるやんか」


 フユカがリビングに入ってくる。続いてレイノもA6ノートサイズの愛用している端末を操作しながら入ってきた。


「あれ? ナミは?」

「ちょっと買い物に出ています」

「あ……ああ、なるほど」


 思い至る事があったのか、レイノはそれで納得した。

 ホットプレートの上ではちょうどいいぐらいにお好み焼きが焼けてきた。


「フユカ、冷蔵庫からソースを取って来て」

「はいよ」


 3人で住んでいるのだから大きな冷蔵庫にも納得がいくが、その中にはあまりたくさんの食材が入っているとはいえない。最近はデリバリーも便利になったので家で料理をしなくなっている傾向があるそうだが、3人揃って働いているこの家でもその例に漏れていないのだ。

 フユカは今日の為に買っておいたお好み焼き専用のソースを出す。オオサカ人であるフユカがいるために、七夕以外でもお好み焼きを作る時がある。そのためにこのソースも1ヶ月しないうちに使い切ることができるはずだ。


「ただいま」


 カケルとフユカが手分けしてソースを塗っていると、ナミが帰ってきた。片手に重そうなビニール袋を下げている。


「おかえりなさい。あ……青のりありがとうございます」

「やっぱりせっかくやるなら本式にやらなきゃね。あ、レイノにはこれね」


 そう言って袋の底からナミが出してきたのは缶ビールだった。レイノは普段飲まないが、飲むときはしっかり苦味のある銘柄を好んでいた。


「ありがとう。覚えていたのね」


 前に、お好み焼きはソースが甘いからビールが合うわね、と漏らしたことがあるのをナミが覚えていたのだ。


「はい、じゃあ手を洗って来たら始めましょう」


 普段はあまり出しゃばらないカケルだったが、お好み焼きを作っているつながりで、この場を仕切る流れになっている。レイノは、ふと将来のことについて思った。もしカケルがこんな風に仕事でリーダーシップを取ってくれるようになったら私達の体制も変わることが出来るだろうか? 少なくとも現場のレイノの役目は多少軽減される、それにナミが今まで以上にフリーに動けるようになる。うーん、でもあんまり劇的に変わりそうには無いわね。そう結論づけて

レイノは最初の缶ビールを開けた。

 医師である自分が現場を離れることは出来ない。それに今だってナミが現場に居ない場合も多い。本場であるドイツ風に作り続けられているビールの苦味と炭酸が舌を刺激する。このまま空けてしまいたい衝動に駆られるが、元々あまりたくさん飲めないのだから今飲みきってしまうのは良くない。

 4人が食卓に付いて、ささやかなセレモニーが始まる。


「ほな、始めるで」

「いいよ」

「じゃあ、『今夜、織姫さまと彦星さまがお会いになります。願わくば、このお、お……』」

「『逢瀬』ね」

「『……逢瀬が一秒でも長く続きますように、そしてたとえ遠く離れてしまっても、心は常に寄り添いますように』」


 そして、コテを使ってお好み焼きを二段重ねにする。節分の巻きずしは一本食べる間喋らない、という決まりがあるように、七夕のお好み焼きはこの二段重ねを崩さずに食べるという決まりがある。そのためにカケルはあえて生地は緩めにして薄くなるように焼いていた。この辺りは慣れたオオサカ人なら常識だ。

 ホットプレートに積み上がって分厚くなったお好み焼きを、一同は食べ始めた。ちょっと大きめに作ったとはいえ、これだけでは4人の夕食として十分ではないので、空いたスペースで次の1枚をカケルは焼き始める。


「お疲れさまね」

「いえ、これはオオサカ人の役目ですから」

「みんな、食べながらでもいいから状況を確認するから聞いていてね」


 ナミは食べる量がそれほど多くない。縁起物ということで最初のお好み焼きを少し食べた後はビールを飲み続けるつもりのようだ。レイノがかつて聞いたところによると、彼女のおじいさんが『酒もご飯も同じコメで出来ているんだから酒を飲んでいたらご飯はいらない』とか言っていたそうだから、彼女の酒飲みも遺伝なのかもしれない。実際には酒は糖分をアルコール化しているので、穀物の代わりに栄養になるかというと疑問だが、そのおじいさんは長生きしたらしいし、ナミの健康診断の結果も悪くないのが不思議だ。


「まず私達からだけど、ソシアブラ協会に行ってみた結果として、いくつか手がかりと協力が取り付けられました」

「協力? イガキ氏には接触してないのよね?」


 この場でその時の状況を知らないのはレイノとフユカだが、フユカは食べる方に専念しているのでレイノが聞き役に回る。


「さすがにそんなわけにはいかないわ。だけど、今朝同行していたあの子……」

「サガミ・サツキさんです」

「彼女が居たので、ちょっと直接話してみたのよ。そうしたら、彼女自身からもお願いしますって頼まれて……」

「自分が被害者だからね……」

「そう、それに結局ソシアブラの仲間が失踪したりしているわけでしょ? 彼女としても相手が心配みたいだった」


 確かに現実では一度も会ったことのない相手だが、交渉で相手を務めるほど付き合いが長く、親しい間柄というわけだ。その安全が気にならないはずはない。ただ、ここまでの流れから言って、そのソシアブラがまだ生きている可能性は高くない。そのことはみんなわかっていて、それでも希望を持っているということなのだろう。


「で、彼女にも連絡先をもらって、気になることがあったら教えてくれることになりました」

「それは有り難いわね」


 トウキョウほどの都市でもソシアブラの数は多くない。次に同様の事件が起こるとして、彼女が係る可能性も低くないはずだ。


「で、情報というのはそのサツキさんの相手のクランというソシアブラについて……彼は実は引退寸前だったらしいのよ」

「引退? そんなに高齢だったの?」

「そうじゃない。彼はまだ30代前半よ。ただ、どうもソシアブラとしての能力に不安があったらしいの」

「不安? ソシアブラの能力に優劣とかあったの?」

「あるみたいよ。ただ、それは主に相手を努められるソシアブラのペアの数に現れるみたいで、優秀だとそれだけ多くの相手との交渉の現場に出られるらしい。そういう意味で、仕事の忙しさや収入にも直結する問題のようね」

「それが、そのクランは少なかった……と」

「なあナミ、あのサツキという女は能力的にはどうなん?」


 次のお好み焼きが焼けるのを待ち遠しそうに待っていたフユカが突然そんなことを聞いてきた。自分の居ないところでサツキとカケルが会ったというのが気になったのだろうか? 意外に思いながらもレイノはそう考えて納得した。


「その点では最優秀の一人だと思う。まだそれほどペアは多くないけど、彼女の場合はあの年でそれだから、将来はトウキョウの主力になるはず」

「そういう意味でも、彼女と直接パイプが出来たのは喜ばしいことですね」


 カケルが無神経にサツキを褒める。案の定、フユカの表情が険しくなる。


「えい、カケルは黙ってお好み焼きを焼け!」


 そう言ってソースを押し付けるフユカ。


「まだ火が通ってないよ。フユカは食いしん坊だなあ……」


 その言葉により一層フユカが膨れる。


「まあまあ……で、話を戻すけど、その能力が低いってことと今回の事件は関係があるの?」

「今はまだわからないけど、仮に他人がなりすましているのだとすると、優秀なソシアブラよりも、そうじゃないのを選んだ方が成功率は高いでしょうね」

「そうか……」

「あともう一つの情報は、この件はソシアブラ協会の中でもまだ広まっていないらしいこと。少なくとも私が会った下っ端は知らなかったわ」

「どうやってそんなこと確かめたの?」

「えっと……」

「お前は黙ってソースを濡れ」

「単に依頼者のふりをして入っていっただけなの。私がウェブサービス会社の若社長で、カケルくんがそのツバメ兼秘書って感じで……」

「それは……」


 レイノがフユカの様子をうかがうが、彼女は意味がわからなかったらしい。カケルは一瞬固まったが、幸いフユカに見咎められることは無かったらしく、スルーされた。


「でも、それじゃサツキさんと接触なんてさせてくれないでしょう?」

「彼女とはトイレを借りた時に偶然会ったのよ。表立っては知らないふりをしてたわ」

「なるほどね」

「私達からはこれくらいかな? そっちはどうだったの?」


 TE達の行動に関しては、レイノが報告を受けていた。


「今回は記憶をほとんどブロックされたから、うちはつまらんかったわ」

「まあ、教育に良くないところにも行ったらしいからね」

「お陰でほとんど寝とったのと変わらんわ。夜寝れるかな?」

「ずっと寝てた割にはよく食べるね」

「お前は一言多いんじゃ」


 カケルが余計なことを言ってフユカにお好み焼きの一切れを取られる。


「それは大丈夫。寝ているようでも脳はフル回転してるから、むしろいつもより熟睡出来るはずだし、カロリーもかなり消費しているはずよ」


 とレイノがフォローを入れる。


「で、簡単にまとめるとミサとツムジは空振り。ホムラとミズキが1つ手がかりを見つけたわ」

「内容をお願い」

「犯罪者の間でソシアブラ相手の誘拐の案件が流れていたらしいわ」

「それは南米? それとも欧州?」


 それぞれが失踪したソシアブラの活動地域だ。


「いえ、トウキョウよ」

「え!?」

「それって……つまり……」

「ミズキは3件目だと思っているらしいけど、ナミ、どうする?」


 ナミは考えこむ。

 他の者はナミの邪魔をしないように、声を潜めていた。ふとその様子に気づいたナミが笑みを浮かべながら言った。


「私はあっちで考えをまとめているから、後は食べてしまっていいわよ」


 追加のお好み焼きも焼き上がり、焼くのに忙しかったカケルを中心に食べ始めた。リビングに行ったナミは、携帯端末を操作しながらビールを空けている。

 食卓の方では、もうホットプレート上は綺麗に片付いてカケルが後片付けを始めた。今日の食器洗いの当番はフユカだったが、昼間の仕事で疲れているだろうから自分が、とレイノが立ち上がった。せいぜい缶ビール1本とはいえ、元々あまり強くないレイノはちょっとふらついたが、大事はないと自分で判断して流し台に向かう。


「よし!」


 その時リビングのソファからナミが立ち上がり、食卓にやってきた。みんなの視線が集中する。


「大体の行動方針が決まりました」

「本当ですか!?」

「ちょっと多方面に根回しが必要だけど、なんとかなると思います……そのためにも……」


 そこでナミの視線はフユカに向かう。


「え?」

「今回はフユカに、いやミズキにしっかり働いてもらうから……」

「また?」

「そうと決まれば、さっそくサツキちゃんに連絡よね。えーと、電話番号は……」

「ナミ」

「……え?」

「暴走しすぎ」

「あ、ああ、そうね。ちゃんと説明しないと……」


 普段はここまで強引な人ではないのだが、やはり酔いが回っているのだろうか? そこからナミが説明を始めたが、聞き終わった一同の感想は以下の様なものだった。


「強引ね」

「綱渡りですよね」

「大丈夫なんか?」


 それに対するナミの答えはこうだった。


「問題ない。これで多額の報酬をゲットするわよ」



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