Girls / at dinner
「ごはん、ごはん♪」
「はいはい、でも今日は疲れたから出前のピザでもとろうか」
実際に稼ぎをもたらしているのはフユカとカケルだったが、だからといってレイノが仕事をしていないわけではない。2人はスリーパーから離れられないし、自身の体に以上があっても気づくことが出来ない。状況を把握して継続か中断かの最終判断をするのはレイノの役目だ。2人が活動中はモニターに多くの情報を出して状況把握に集中する。
レイノはまだ26歳で、肉体的にはまだ若い。だが、それとは別に人間関係で老化が起こるのではないかと、最近は自分で考えるようになった。
日頃年下の仲間に対して年長者としての振る舞いをしていると、言動が保護者としての立場からのものになりがちで、まだ独身だというのにお母さん化、ひいてはおばさん化しているような気がするのだ。
――疲れた、なんて知らないうちに口に出るようになったものねえ……
「おお、今日はイタリア風やな」
「えっと、フユカちゃん。お好み焼きは別に和風ピザじゃないと思うんだけど」
「そらそうや。あれはオオサカ風ピザやからな」
オオサカ人、というのはかくも異質なものなのだろうか? だが、フユカ以外のオオサカ人は、カケルも含めてこんな風では無かったはずだ。レイノの経験でもそれほど大勢に会ったわけではないが、なんとなくそう思う。
「……まあいいわ。でも似たようなものが2日続くのは良くないわね」
「なんで? ええやん」
「医師としては、あんまり偏った食生活は……タンパク質なんかも取らないと……」
古代のエジプト人に糖尿病が蔓延していた、という事実からも、穀物主体の食生活が体に与える悪影響は明らかだ。今はカケルもフユカもスリムな体型だが、将来が心配だ。昔はロシア美人が加齢で劣化が激しいなんて言われていたらしいが、ロシアってどこにあるの? という者が多数のご時世では、その役目はオオサカ美人が後を継いでいる。
「えー、肉はあんまり……」
「大きくなれないわよ」
「そんなこと無いやろ。この前見た昔のドラマじゃでっかい(と手振りで巨乳を表現する)女の子が肉嫌いって言ってたで」
「ああ」
確か前世紀の末のアニメ調ドラマだった気がする。映像的には良く出来ていたと思うが、正直ストーリーの最後がよくわからなかったことをレイノも覚えている。というか、あれって同じ名前でいくつもあるからどれが本当なのかわからない。
「肉食べんと大きく慣れへんなんて迷信なんや」
「でも、あの子はいつも怪我とかしてたでしょう?」
「……そうやな」
フユカは思い出して納得した。
「やっぱり偏った食生活はいけません。ということで、今日は出前でお寿司を取りましょう」「おー、うちはスシも好きやで。タマゴとウナギは忘れんといてな」
「はいはい。と、食べる前にお風呂を済ませてしまいましょう。フユカ、悪いけどお湯張っておいて」
「りょうかーい。低めでいいねんな?」
「そうね。暑いし、それでお願いするわ」
トタトタトタ、と風呂に走って行くフユカ。
「さて、と……」
自炊なんて平日には無理だ。3人の中ではレイノが一番料理好きだが、それも時間の取れる休日に限られる。手早く出前のスシを注文して、これぐらいは、ということで冷蔵庫からレタスとトマトを出す。サラダを作るつもりだった。
レイノが流しで野菜を洗っていると、鍵が開く音がして、玄関からナミが入ってきた。
ナミは「クズキ」の社長として、研究所やその他の人脈を使って営業活動をしている。そのため、レイノのような普段着ではなくスーツで出ていた。夏場のこの時期には辛いはずだ。
昔、化石燃料をどんどん燃やしていた時代には連日35℃を超える日が続いていたそうだ。その頃に比べればマシなのだろうが、それでも外に出ていると汗ばんでくる。
ナミは脇に抱えた上着をダイニングの椅子にかけると、隣の椅子に座り込んだ。バレッタで後ろに止めた長い髪は、清潔な雰囲気を醸し出していたが、ベタッとしているのは否めない。元々あまり化粧の必要ないキメの細かい肌は、同い年のレイノにとっては羨ましいものの、疲れがにじみ出ていた。
「おかえり」
「おかえりー」と風呂からフユカ。
「ただいま。今日はお疲れさま。問題は無かった?」
レイノは、タオルで濡れた手を拭いて、冷蔵庫から麦茶を出してグラスに入れて出してあげた。それを一息で飲み干して、ナミは答えた。
「順調……ああ、そういえばちょっと変わったことがあったわ。大したことじゃないから、食事の後で……」
「私もお腹空いたよ。そうそう、帰りに見かけて食べたかったから買ってきたんだけど……」
そう言って、ビニール袋をテーブルに乗せる。中を見てみるとチーズの匂いが漂ってくる。キッシュだ。卵や生クリームを具と一緒にパイ生地にのせてオーブンで焼いた料理で、ちょっと夏場にはしつこいのではないだろうかとレイノは思った。触ってみるとまだ暖かい。
「もうお寿司頼んじゃったわよ……」
「それほど量は無いから大丈夫だと思うけど……」
「それでもカロリーが多いわよ」
「でも、お寿司だったら油分も少ないし、バランス的にはちょうど良いんじゃない?」
「……あんまり合いそうにはないけどね……そういえば、そっちの営業はどうだったの?」
「全然だめ。ちょっと新規のは取れそうにないみたい。しばらくは今受けているのを回していくしか無いわね……」
「そう……」
元々出入りの激しい業界ではない。競争が激しくなるほどドライバの数もいないし、せいぜいドライバの移籍に伴う勢力変化ぐらいしか、契約の変化が無いぐらいだ。
「暇だったら暇だったで、フユカの勉強も進めないといけないしね」
「……そうだったわ。すっかり忘れていた」
フユカはまだ義務教育を終えていない。教育は全てネットで行うことができるので、同じ年令でも人によって進度に差があるのが普通だ。フユカは頭はいいのだが、仕事が忙しいので遅れ気味だった。
「お風呂わいたよー」
「フユカが先に入ってちょうだい」
「はーい」
「結局、この会社はフユカ次第なのよね。彼女を中心に回っているっていうか……」
「あら? 業界に知られた敏腕社長が何を言っているの?」
「やめてよ……今は業績がいいし、今のうちにもう1チーム作るべきかって悩みもあるのよ」
「そうねえ、拡大路線か……」
だとしても、そのチームの要員をどうやって確保するかという問題がある。
「ただ、仮にそうしてもフユカ以上の人材なんてそうはいない。結局バックアップとして二線級のチームを作るだけになるから、あまり意味がないかとも考えてしまうのよね……」
「なるようにしかならないんじゃない?」
「そう……よね」
何度も2人で話したことだった。まだ年が若いがすでに超一流の能力を持つフユカに依存しすぎるのは良くないかもしれないが、他に取る方法が無い。せめて単に利用するのではなくて、ちゃんとフユカを立派な大人に育て上げることで、彼女にも恩返しをしたいものだ。ここでまた自覚無しに、レイノはお母さん的思考になってしまっていた。
「とりあえずフユカの成人までは今のまま行くしか無いと思うけどね」
「そのためにも、勉強を頑張ってもらわないと……あ、じゃあ先にお風呂もらうわね」
「どうぞ。私は出前が届くのを待っているから」
この家の風呂はそこそこ大きいので、フユカと大人の1人なら一緒に入ることが出来る。汗だくになって仕事から帰ってきたナミに先を譲ることにして、レイノはサラダ作りを再開する。
テーブルの上にはスシ3人前、ちゃんとフユカのリクエストの通りタマゴとウナギはある。ウナギは一時期絶滅が危惧されたが、現在でも養殖物が出回っている。本来ニギリズシには無い食材だったそうだが、伝統文化など関係無い。美味しければいいのだ。
そしてナミが買ってきたきのことベーコンのキッシュ。これは、レンジで温めなおしてあった。だが出されているのはナミの分のみ。残りの2切れは明日の朝食ということになるだろう。
最後に、レタスとトマトでレイノが作ったサラダ。こちらはノンオイルの和風ドレッシングがかけられている。
「じゃあ、いただきます」
待たされたので3人ともお腹が空いていた。しばらくは無言で食べ物に集中する。フユカとレイノは麦茶を、ナミはビールを開けている。
レイノも飲めないわけではなかったが、あまり好きではない。対照的なのはナミで、特にビールが好物で、いくらでも飲める。その割にスリムなのは、レイノの好物である甘いものが苦手だからだろうか? とはいえレイノも太っているわけではないのだが。
「……なるほど、そういうことになったのね」
「いやあ、結果としては良かったんだけど、一歩間違えれば大変なことになってたから、私としても責任は感じているのよ。ごめん」
「現場……ネット内でのとっさの判断だから外からではどうしようもないわ。気にしないで」
テーブルの上の食べ物は綺麗に片付いて、今は食後のひととき。それぞれが何かデザートや何やらを持って、だが食卓に着いたままだった。
フユカは冷蔵庫からコーラを持ってきてグラスに注いで飲んでいた。片手の端末でドラマのチェックでもしているのだろうか? 最近の端末は音波干渉を使って真正面以外には音漏れを抑えるようになっているので、フユカの後ろに回らないとはっきり聞こえない。だが、時折賑やかな音や爆発音が聞こえるからアクションものでも見ているのだろう。
ナミは引き続き3本目の缶ビールを開けている。レイノは好物の水ようかんを食べていた。レイノは和菓子、特にようかんが好きだった。小さいころ他の子供がケーキだパフェだと洋菓子を好んでいたのに、彼女はそういうものを好まなかった。誕生日パーティすらケーキでなく羊羹にろうそくを立てたぐらいなのだから筋金入りだ。春・秋・冬の3シーズンは普通のようかんを、そして夏は水ようかんを冷蔵庫に常備してある。
「私もそれほど多く知っているわけじゃないけど、あの子達はTEとしてはめったにないぐらい安定しているわね。それぐらいじゃ信頼関係が崩れたりはしないと思うし、きっとそうだろうとミズキ自身が判断したんじゃないかしら」
「そうだといいんだけど……ナミとしてはなにかフォローは必要だと思う?」
レイノは医者だ。普通医者といえば一番に思い浮かべる人が多い内科が専門。だから肉体の以上については判断がつくのだが、こと精神の、さらに仮想人格であるTEのそれは全く門外漢と言っても良い。
一方で、ナミはまさにそれの専門家だ。研究室時代の先輩とともに発表したシード技術の優れた論文が評価され、ネット・ガード業界でも注目されていた。今も、会社を切り盛りする傍ら、週に2度は研究所に研究を続けている。
「うーん、そうねえ。明日はちょうど仕事が入っていないし、ご機嫌伺いにみんなで話をするというのもいいかもしれないわね」
明日、というのはシーダ・ドライバが1日に能力を使用して良い時間が限られているからだ。ただ、一律に法律で何時間と決まっているわけではない。個々のドライバによって最適な能力使用時間は違う。面白いのは、最大使用時間だけでなく最小使用時間も決められているということだ。あまりに能力を使用しないとシード能力が減退すると言われている。また、TE達の精神衛生ということも考えて、仕事が無い日でも数時間は能力を使用して、TE達に自由時間を与えるのが好ましいとされていた。
フユカの場合も、仕事がない日は2時間ほどシード能力を使用して、TE達を自由にさせていた。もちろん、ネット内でしか活動できないが、それはレイノやナミ達、肉体を持った人間でも同じだ。今の世の中、ネットを介さないでは何も出来ない。仕事も、遊びも、あるいは恋だって……
フユカのTE達も活発に自由時間を楽しみ、その結果としてフユカには教えられない記憶が増え、メモボックスの必要容量も増えてしまう。だが、それを代償として彼女らの精神の安定が図られるのであれば、それはそれで甘受すべき代償であろう。
「えー、みんなでお話するん? なんかそういうのってうちだけ仲間はずれにされとるような……」
TEも交えた会議では、会社の仲間の中でフユカだけが参加できない。ドライバとTEの精神は排他関係にあるので、TE達が参加するということはフユカの意識だけが眠りについて参加できないことになる。
「そうね、だからこそ普段から私達とフユカはよくお話をしておく必要があるの」
「うちもミズキ達とお話できたらええのに……」
ナミはレイノに困ったというような視線を向ける。何も意地悪をしたくてドライバとTEが同時に存在出来ないようにしているわけではない。むしろ、この排他関係が崩れてドライバとTEが対話するような事があれば、それはシード技術ではなく、解離性人格障害という病気に分類されてしまう。シード技術が今の形になる根幹の技術こそが、ドライバとTEの意識を排他的に存在させるということなのだ。
「その辺は技術の限界……ってところかしらね。でも、お話できなくても彼女たちのことはよくわかってるわよね?」
「まあなー。なんかうちが小さいからまだ見してくれへん記憶もあるみたいやけど、大体のことはわかっとるよ」
「ならいいじゃない。それに、直接話せなくてもメールやメッセージでやりとり出来るでしょ?」
「うーん、ミズキやミサはええんやけど、ホムラとかなんか自由時間でもいっつも『修行だ』とかいってひたすら剣を振ってるみたいで面白いこと書いてくれへんし、ツムジはツムジでなんかノリが合わんっていうか……」
「ああ、あの子はおとなしいから……」
ナミは無口な少女のことを思い出した。彼女はフユカのTEの中で1人だけ“b”で、あまり体を動かすのが得意じゃない。そのことも負い目になっているのか、あまり自己主張をしたり積極的に話をしたりする性格ではなかった。
ランクが”b”というのは、アバターの運動能力を基準にしているため、それが精神の未熟や知能の低さを表しているものではない。事実、ツムジの理解力や状況把握力は高く、鍛えればいい司令塔になるのではないかとナミは考えていた。今後ミズキが前線に出ることがあるならば、いっそその役目をツムジに固定してしまってもいいかもしれない。そういうことも含め、明日みんなと話してみるつもりだった。
顔には出ないまでも、そろそろアルコールが思考能力に影響を与え始めているのに、ナミは気がついていた。今日は一日外に出ていたから仕事が残っている。切り上げ時だと思い、缶の残りを飲み干した。
その時、テーブルに置いたペンダント型の端末が音を立てた。
「こんな夜に? ……知らない番号ね」
いたずら電話だったら嫌だなと思いながら、ナミは通話常態にする。応答の音声コマンドからこちらの頭の位置を認識して指向性音波を送ってくるので、わざわざ端末を顔に近づける必要は無い。
「はい、クズキですが……? はあ、いえ、お名前は……ええ……えっ、いや……その件はともかく……急ぎですか? ……ええ、はい……ちょっとお待ちください」
ナミは電話を保留にして、食卓の片付けをしていたレイノを呼ぶ。
「何?」
「飛び込みで仕事」
「今から?」
あまりないことだが、体調不良などで他社の代役を頼まれることもある。ただ、昼間の仕事に限っていたはずだが……
「そんなわけない……んだけど、ちょっと普通の仕事じゃないみたい」
「怪しいのはやめてよね」
「それは無いと思う。相手が相手だし……ただ、だからこそ面倒そうなのよね……」
「誰?」
「イガキ・セイジと名乗ってる」
その名前は、特にネットに係る人間にとっては重要だ。
「騙りじゃないの?」
「でも、講演を聞いたこともあるし、声は本人っぽいし、なにより直接会って依頼したいって言ってるわよ」
「行くの?」
「来るって言ってる」
「どこに?」
「まあ、ここしか無いんじゃない?」
「クズキ」は大きい会社じゃないので、社屋を構えているわけではない。せいぜいあの仕事に使う改造トラックぐらいなのだが、あれは客を迎える設備も無いし、なにより部外者に見せられないものもある。それならば、このマンションの居間の方がマシだ。女3人とはいえ、大人2人がしっかりしているので散らかってはいない。私物はそれぞれの私室に収まっているので、見苦しい物も出ていない。
「で、いつ来るの?」
「できるだけ早く、できれば明日午前にお願いしたいって……」
それは急な話だ。
確かに見苦しくないとはいえ、こんなところにあの有名人が来るのか……
レイノとしてはこれから大掃除を始めたい気分だった。
イガキ・セイジ、彼はソシアブラという概念を作り出した人間であり、現在の世界経済に無くてはならないISA、国際ソシアブラ協会の会長である。単純に言って、一昔前のアメリカ大統領以上の超重要人物であった。
今日はここまでです。ちょっと最近仕事が忙しく、冷房で体調を崩したりして「蒼海」の方は中断していて申し訳ないです。「あなたのSFコンテスト」は参加した以上完結義務があるので、こちら完結を優先させます。しばらくお付き合いください。