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Mizuki / in vain

 ミズキは瞬発力に欠ける。

 仲間たちの一致した評価だった。

 ミズキは思慮深い。

 これにも、仲間たちは同意する。

 したがって、彼女の役割は前線にはない。

 どちらかというと後詰め。

 仲間たちの戦いの後ろで司令塔となる。

 実際、それでうまくいっていた。今までは……


“だめ、抑えきれない”

“ミサはどう?”

“こっちも無理。相手多すぎ”

“カケルさん、支援を“

“あー、ごめん……いま送った”

”ミサ、ホムラ、3秒後に引いて!”

”了解”“オッケー”


 3、2、1……


”ツムジ!“

“撃つ!”


 ツムジが構えていた指を放す。

 弓から矢が放たれ、それはたちまちぶれて3つに分身した。

 緑の光をまとったそれらは標的に向かう。

 ミサが引いて渾身の振りを外された敵。

 ホムラが引いて仲間同士でぶつかる敵。

 それら足並みを乱した敵、醜悪な豚の面をした敵たちに、光が襲い掛かる。

 胸を貫き、顔面を直撃し、武器ごと利き手を吹き飛ばす。

 豚面鬼オークなのだから、大きな腹を狙えばいいじゃないかと思うかもしれない。

 だが、見た目通りではないのだ。これは、あくまで「ファンタジー・スキン」が見せている情景。周りが古代遺跡の中に見えるのも、敵がモンスターに見えるのも、全てはそういう約束事。実際には無機質な「壁」というデータと、「人型」というデータが存在するだけ。

 見えているから存在するとは限らない。「SF・スキン」だったら敵は細身のロボットかもしれない。「乙女・ゲーム・スキン」だったら、意地悪な女ライバルかもしれない。

 だから、敵を狙うときには骨格を狙う。

 頭にせよ、胸にせよ、肩にせよ、そこには「人型」の実体が存在する。

 だからこその全弾ヒット。それにより前衛3人を無力化できた。

 だが……


「次、来るよ」


 ミサの声のとおり、次が待っている。


“次の魔法は?”

”あーっと、今ので帯域が……”


 ――肝心なときに役に立たない。

 ミズキはカケルを責める気持ちを無理やり押さえ込んだ。こちらに合わせられる時点で彼が優秀なのは間違いないのだ。

 ――まあいい、魔法なんて所詮は補助だね。

 だが、後5人もいる。ルータを2つ持ち込ませるなんて、セキュリティが甘い。おまけにそれで8人もの敵を侵入させるとは……

 ――仕方……ないか。


”私も前に出る。ミサとホムラと私で前線を、ツムジは引き続き弓で援護を“


 余裕がないので念話は返ってこなかった。だが、戸惑った様子は伝わってくる。

 司令塔が前線に出るなんて負け戦フラグだ。

 前には前の、後ろには後ろの、それぞれの適性があるだろう。

 だが……


 ミズキが手に持った剣は小さい。

 どう見ても護身用で攻撃用ではない。

 大きく跳躍したミズキは、空中で逆さまになって、敵の頭頂部を鷲掴みにする。

 もう片方の手に持った剣で、敵の後頭部、首のあたりに一撃。

 そのまま手を離して一回転し、敵の後ろに降り立つ。

 延髄を切断された敵はそのまま床に倒れ伏す。

 血が勢い良く吹き出す。

 実際には出血も、延髄の切断も無いのだが、スキンがそれをシミュレートする。

 撃破1。

 突然のありえない動きに、戸惑い隙を見せる敵後衛。

 オークらしく粗末な、だが大きな弓を持ったそれに、ミズキが斬りこむ。

 あっけなく弓ごと切られる敵。

 返す刀で隣の後衛に剣を向ける。

 だが、こちらはあっさり弓を捨てて斧に持ち替えていた。

 刃と刃がぶつかり、跳ね返る。

 ――“a”か。

 それなりに動ける相手だとミズキは認識する。

 ――ならば……

 ミズキは武器を大剣に切り替える。

 一瞬で大きさを変えたそれを、ミズキは両手で構える。

 どうしたものか、仮想空間のスキンは武器に関してはかなりジオメトリが正確だ。

 斧は斧の形を、剣は剣の形を。武器の形状、長さ、重さ、それらはそのまま攻撃可能範囲や取り回しに影響する。


「ていっ」


 大きく振りかぶった大剣を斜めに振り下ろす。

 敵は斧で受けるが……勢いに負けてよろめく。


「もらった」


 跳ね返される大剣を、今度は低く右に振って力を込める。

 そのまま横薙ぎに左まで振りぬく。

 防御が間に合わない敵は、今度こそ腹の辺りで上下真っ二つになる。

 吹き出した血がミズキと大剣にかかる。

 生臭い、むあっと来る血の臭い。

 ミズキが知る限りでは、五感のうちで臭いのシミュレートが特に遅れているそうだ。

 視覚、聴覚に比べると優先順位が低いらしい。

 だが、それが生死を分けることもあるので、感覚を切るわけにもいかない。

 嫌な臭いは嫌な臭いとして、そのことが判別出来る方がいい。

 ただ……やっぱりいい気分ではなかった。


 後ろを振り返ると、残りの2人の敵も、ミサ達が切り伏せていた。

 死屍累々といった風景。

 だが、立って動いているのは仲間たちだけ。

 一仕事を終えて、ホッとため息をつく。

 思えば、この風景だけがミズキの感じる安堵だった。


「それにしてもすごいね、ミズキちゃん」

「ああ、そうだな。最初の一撃など、私にも何が起こったのかわからなかった」

「……ねえ、間違っていたらごめんね……ミズキ、”m”?」


 ムードメーカーでしゃべり好きのミサ、武人的性格のホムラ、そして冷静なツムジ。

 ツムジは身のこなしはともかく、勘が鋭かった。


「ええ、ツムジの言うとおりよ。今まで言ってなかったけど、私は”m”……だけど、パーティのバランスから言って……」

「ああ、そのことは理解できる。司令塔はお前にしかできん。いくら“m”と言っても一人ではどうしようもないだろう。今までどおり、私とミサで前衛をやることに異存はない」

「そうだよー、その程度であたしたちの友情が崩れるわけないじゃん」

「……いざというときの隠し球」


 ミズキは安堵した。

 関係が壊れるも何も、ミズキはこのメンバーとやっていくしか無いのだが、それでもぎこちなさがいつか取り返しの付かない事態を招かないとも限らない。

 だが、仲間たちはミズキが動けることを、それも並外れたレベルでできることを隠していたのを問題にする気はないようだ。


「そうね、今までどおりのフォーメーションで、私が隠し球でいいかな。だからといって手を抜くのは無しよ……特にミサ」

「えー、どうして私ばっかり……」

「この間も……ホムラに敵を1人多く回してた。私には見えてた」

「そんなー、ツムジちゃんもひどいよ」

「はいはい、まあその辺も考慮して普段は指示出してるわよ。あんまりひどかったら後でお仕置きするから」

「ミズキちゃんひどい!」

「さて……そろそろこちらも撤退だろうか……」


 ホムラの言葉に、一同は周りの様子に気づく。

 すでに、死体は跡形もなく、飛び散っていた血も消えていた。

 いつの間にか、生臭い臭いもどこかに消え去っていた。


「そうね、後続も無いようだし、今日の仕事は終了でいいかな……みんな、準備はできてる?」

「オッケーだよ」「問題ない」「完了」

「それじゃお仕置きということで、ミサから……」

「えー、そんなー」


 言いながら、ミサは武器と革鎧を消し、平服に戻る。

 やたらとフリルのついた、ピンクの服だったが、キャラには合っている。

 ミズキは、そんなミサに向かって大剣を振りかぶる。

 一閃。

 ミサは頭から真っ二つにされ、そのまま仰向けに崩れ落ちる。


「あーあ、容赦無いね」


 言いながらホムラは、持った長剣でツムジの首を刎ねる。

 ツムジの首は飛んでいき、通路の石壁に当たって転がった。

 一瞬立ったままだった首から下の体は、膝から前に崩れ落ちた。


「最後は私達ね」


 ミズキは、武器を再び小剣に変えてホムラと正面から向き合う。

 ホムラもそれに応じて武器を小剣に変更する。


「じゃあね、ホムラ」

「おお、しっかり突けよ」


 そして、ミズキとホムラは走り寄り、互いの左胸に小剣を突き立て、抱きあうようにして崩れ落ちる。

 再びの死屍累々。

 スキンが仕事をし、一度は血だまりを作る。

 それは更に上位の約束事、ユニネットの物理法則によって徐々に薄れていく。

 4人の少女の死体とともに。

 そして、死体が血だまりと一緒に消滅した時、ミズキたちはどこにも存在していなかった。

 ネットの中にも、ネットの外にも。

 地球上に、その4人がいたという痕跡は、跡形もなく消え去った。

 ただ、賊を8人撃退したという記録だけを残して……


「あなたのSFコンテスト」参加作品です。

5万字以上、10万字以内ぐらいで完結する予定ですので、よろしくお願いします。

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