Blue.
「僕、あれくらいの青さが好きだなぁ」
「..海の?」
「うん。あれくらい」
彼の指差す先には青い絵の具が入ったバケツをひっくり返したような“蒼”が、伸びやかに地平線まで広がっていた。
その“蒼”は確かに美しい。でも、そのまま見惚れていたら引きずりこまれてしまうのではないか、と疑問のような考えが海底からクラゲが上がってくるようにふわふわと脳裏に浮かんだ。
海からの潮風はそよそよと私達の頬を、髪を撫でてどこかへと消えていく。
太陽の光を受けて水面がキラキラと天の川のように光り輝く。
静かな波の音が母親が子供にうたう、子守唄のように私達を優しく呼んでいた。
「..綺麗だけど、怖い」
「..怖い?」
「..海底に、引きずりこまれそうで」
「..そう、だね..」
「ねえ、貴方は行かない?」
「..どこに?」
「海底に。海に引きずられても」
「..行かないよ。君を置いてなんか無理だろう。...でも、海に帰るのなら_... 」
その次の日だった。彼は高熱を出し病院に運ばれたが、どこか遠く、私の隣から消えていってしまった。
彼は、海底へ行ってしまったのだ。
空を見上げれば、昨日の美しい晴れた空が嘘のようなどんよりとした灰色の雲が広がっていた。空から降る雨の矢は私の腕を、顔を、足を叩いていく。涙を真水が拭い、滴り落ちて行く。
荒れ狂う波に向かって叫び続け、それに向かって走っていくが、結局その日は塩を全身に浴びることは無かった。
その次の次の日の事だった。
彼とした最後の会話のような青空が広がり、海もあの日のような美しい蒼に染まっていた。
最後に彼は何て言ったっけ。もう覚えてないや。
私は海へ歩いていく。足にガラスのようにひんやりとした水が触れた。
透明な水のために、自分の足と白い砂浜が見えた。
「..待ってて、もう寂しくないよ。私も行くよ」
蚊の鳴くような声で呟くと私はそのまま水に入って行く。
砂浜のような白いワンピースが水に濡れて、私の足にくっついては水の流れに沿って離れていく。
ふと海を見ると、美しい蒼のグラデーションが広がっていた。
もう少しで彼の側に行ける。
そして私の頭に忘れていた彼の言葉が聞こえた。
“でも、海に帰るなら_...優しい海に変えて君を抱き締めたい”
ああ、抱き締めてくれるのなら、怖くない。
私の体は海に沈んでいく。
だんだんと息が苦しくなって視界がぼやけていく。それの原因が涙なのか水なのか分からない。
ふと腕を引かれ、優しく抱き締められる感触。
よくは感じられないが、きっとこれは彼だろう。
そして唇に口付けが落とされた。
どんどんと沈んでいく。目を閉じ、意識が消えて行くのを感じた。
冷たく儚い、蒼の物語。




