第03話 近づいてくる、『闇』
奈々子と出会った次の日、闇はいつものように朝の七時に起床する。
ベットから起き上がり、いつものシャツとジーパンを着て調えた後、自室を出るととてもいい匂いがしてくる。
寝ぼけながら顔をあげてみると、笑みを浮かばせた青年、ミルディスが朝食を作っている最中だった。
闇に気付いたミルディスは笑いかけ、挨拶をする。
「おはようございます。よいお目覚めですね闇様」
「おはよー……うーん、眠い……」
「早起きは良い事ですよ。今日の朝食は和食にしようと考えているのですが、どうでしょうか?」
「うん、それでお願い……僕、和食大好き……」
眠そうにしつつも闇は近くにある椅子に座り、テレビのチャンネルを探す。
見つけた後、すぐにテレビをつけ、そしてニュースを見る。
目を擦りつつ、闇が朝最初に見たニュースの内容は、昨日興味を持ち始めていた事件だった。
『連続集団突然死』
今、ニュースではこれが話題だった。
共通点もない人たちが同時刻に突然死しており、体の外傷は全く見当たらない。
ニュースでは今朝も集団突然死が出たという事で話題になっている。
眠そうにしていた闇の顔が、真剣な瞳と変わっていく。
その時、別の部屋の扉がゆっくりと開き始め、そしてゆっくりと、不気味に手が出てきた。
闇はニュースには全く気付いていないが、料理をしていたミルディスが気付き、出てきた手に声をかける。
「はぁ……徹夜ですか、ルー?」
「……俺はもう、今日だめだ……いっその事殺してくれミル……」
「自己管理というものをしてくれませんかね……今リラックス出来る紅茶をお作りします。あなたは部屋に戻ってください。締め切り明日まででしょう?」
「……闇の肌が恋しい……」
「闇様に何かしたらぶっ飛ばしますからね」
拳を握り笑いながら答えるミルディスの姿に、出てきた手が微かに反応する。
その声が聞こえてきたのか、テレビを見ていた闇が振り向くと、無愛想な顔がぐちゃぐちゃになっている一人の男の姿があった。
いかにも見た目が不健康そうな顔をしており、目の下には隈が出来ており、黒い髪の毛もボサボサ状態の男だった。
「ルー、原稿終わったの?」
「……これが終わったように見えるか?闇……悪いがちょっと……」
「え?」
突然手招きをされ、闇は立ち上がり、男に近づく。
男に近づいた瞬間、両手が伸びていき、そのまま闇を強く抱きしめる。
だけどそれはいつもの事。
何日も部屋から出てこないこの男は人肌が恋しいということでこうして闇を抱きしめることが多い。
闇は笑みを浮かばせながら背中に手を伸ばし、擦る。
しかし、それがいけなかったのだろう。
次の瞬間、抱きしめていた闇をそのまま抱き上げはじめ、そのまま部屋の中に連れて行こうとする行為。
「やめなさいっ!!」
ミルディスは容赦なく男の頭をおもいっきりチョップする。
そしてそのまま闇を奪い取り、先ほど座っていたソファーに座らせた。
ミルディスに頭を叩かれた男は頭を抑えながら彼に向けて答えた。
「……どうして俺ばっかこんな目に合うんだ?」
「それはあなたが闇様にセクハラするからでしょう。少しは自分の立場と言うものを理解したらどうですかルーディス」
「……別に俺はアイツの下僕になった覚えはねェよ」
「はいはい」
ルーディスといわれた男はどこかふてくされた顔をしながらそのまま部屋に戻っていく。
扉を閉め、ルーディスが居なくなったことを確認した後、ミルディスはため息を吐いた。
対し、先ほどルーディスに部屋に連れて行かれそうになっていた闇は笑いながら答えた。
「あははは!相変わらずだねルーは!」
「闇様……自分が今ある意味危険な状況だったという事、理解していますか?」
「え?」
「……全く理解していないんですね」
少しは危機感を持ってもらいたいと思いながら、頭を抱えてしまうミルディスの姿がそこにあったと言う。
* * * * *
「……最悪」
柊奈々子は今日もずぶ濡れだった。
最悪な授業が終わり、すぐに帰ろうと教室を出た瞬間、クラスメイトの女子一名から突然水をぶっ掛けられた。
彼女は奈々子の事を何だと思っているのであろうか?
女子はそのまま笑いながら悪口を一言いい、その場を去った。
乾かすのもめんどくさくなりながら、奈々子は帰り道を歩いていた。
(……幸い、今日はお母さん、仕事で遅くなるって言ってたから、大丈夫、だよね?)
髪の毛から、雫がぽたぽたと落ちていく。
だけど、奈々子は泣かなかった。
学校と言う存在が、授業と言う存在が、クラスメイトと言う存在が、憎くて仕方ない。
けれど、それでも奈々子は泣く事はなかったのだ。
(本当は、大声で泣きたいけど……泣いてもどうなるわけじゃない……)
だからこそ、我慢した。
唇を噛み締め、涙を必死で我慢した。
けれど、どうやら限界のようだった。
いつもの公園についた時には、いつの間にか涙が両目に溜まっているのだ。
学校の教師達に言っても、何もしてくれないことはわかっている。
母親に言ってしまったら、母親が傷つき、悲しんでしまうかもしれない。
母親が悲しむところだけは、絶対に避けたかった。
胸が、強く締め付けられるように、痛く感じた。
「うっ……」
公園のブランコを見つけ、奈々子はそれをゆっくりとこぎ始める。
涙からぽたぽたと涙が零れ落ちながら、声を殺し、泣き始める。
誰もいないこの公園で、一人寂しくなくのもいいことだろうと考えていた、その時だった。
「……奈々子ちゃん?」
突然自分の名を呼ばれたことに驚き、顔をあげてみるとそこには笑みを浮かばせた一人の少女、桜塚皐月の姿があった。
ただ、以前見た皐月ではなく、セーラー服を着た女子高生みたいな格好をした皐月の姿だった。
目の前に皐月が出てきたことに驚いた奈々子は急いで涙を手で拭き、悟られないように作り笑みを作って口を開いた。
「さ、皐月ちゃん……ど、どうしたの?」
「学校の帰りだよ。これから闇ちゃん店長さんのところでバイトするところ♪」
「闇ちゃん……」
皐月の言葉に、ふと思い出す。
自分より年下の少女だが、まるで全てを受け入れるように手を伸ばしてくれた少女。
闇の事を思い出した奈々子は、ふと口に出した。
「……会いたいな……」
(こんな濡れた格好でも、闇ちゃんはきっと私に手を伸ばしてくれるのだろうか?『友だち』って言ってくれるのかな?)
不思議と、それだけでも嬉しかった。
例え出まかせだとしても、たったその一言だけで、奈々子の心は温かく染まっていくのだ。
奈々子が呟いたその言葉を皐月は聞き逃すことはない。
「じゃ、行こうよ!」
「え……?」
「闇ちゃん店長さんは、奈々子ちゃんの事を『友だち』って言ったでしょう?『友だち』なら、闇ちゃん店長さん、きっと会いたがってるよ!」
「皐月ちゃん……」
「それに、私も奈々子ちゃんに会いたかったしね♪」
笑顔で答えた皐月はそのまま奈々子の腕を掴み、ブランコから立ち上がらせる。
奈々子は呆然と皐月を見つめることしか出来ない。
どうしてそんな事が言えるのか、不思議なぐらいで。
驚いた顔をした後、奈々子はそっと笑う。
(……もう一度、闇ちゃんの笑顔が見たい)
「……うん!行こうか皐月ちゃん!」
「よし!じゃあ今闇ちゃん店長さんに連絡を――」
鞄から携帯を取り出し、慣れた手つきで電話をかけようとしたその時だった。
<さぁ、おいで――>
「……え?」
ふと、誰かの声が聞こえた。
指の動きを止めた瞬間、奈々子と皐月の視界が、別世界に変わったのだった。