第02話 ともだち
奈々子は案内された場所はある小さなお店だった。
店の名前はカタカナで『パラダイス』と書かれていた。
『準備中』という貼り紙があったが、少女はそれを簡単に剥がしてしまう。
「どうぞ、柊さん」
「あ……は、はい」
笑みを浮かばせながらエスコートをしてくれる青年にどう対応したらいいのか分からない奈々子は軽い返事をするだけにした。
ゆっくりと、静かにお店の中に入ると、そこにはかわいい小物や服、タオルなど日用品のもの全てが売っている。
しかもどれもこれも違う店では見たことのない柄などだ。
先ほど貸してもらったイラストがうさぎのタオルを取り出し、それを見つめる。
「ここ……闇ちゃんのお店なの?」
「考えたのは僕。でも実際経営をしてくれるのは、ミルともう二人居るんだ……何せ僕は子どもだからね。あ、因みに奈々子ちゃんに渡したタオルのうさちゃんをデザインしたの、僕なんだ!かわいいでしょう?」
「うん……」
「それ、奈々子ちゃんにあげる」
「え?で、でもこれ売り物じゃ……」
「『店長』の僕があげたんだよ?それに奈々子ちゃんとはこれから『友達』で居たいし。『友達』としてプレゼント!」
笑顔で答える闇に、奈々子は呆然とし、驚いてしまった。
実は奈々子には今、『友達』というものが存在しない。
中学生の時数人の友達は居たが、その人たちとはすでに疎遠になってしまっていた。
高校では奈々子には友達はおらず、虐めの対象になってしまっているため、そんなものはできていない。
闇は簡単に奈々子のことを『友達』と言ってくれる。
自分より年下の少女だが、心から嬉しかった。
奈々子は渡されたタオルをしっかりと握り締め、そっと笑顔で答えた。
「ありが、とう……」
「どういたしまして!それと、制服びしょびしょだから乾かしていきなよ。お店の店員さんに奈々子ちゃんと同じ体格の女の子が居るから!ミル、皐月ちゃんは?」
「そういえば見かけませんね……奥で整理でも――」
ミルディスがそう答えた瞬間、奥からものすごい音が聞こえてきた。
まるで何かがドミノ倒しのように倒れていくかのような、ものすごい音だ。
奈々子はその音に驚いてしまったが、ミルディスと闇の顔はいつもと同じ表情だ。
「……倉庫に居るみたいだね。ミル、助けてあげて」
「仰せのままに……全く、またですか……」
ミルディスがブツブツと呟きながら奥に行く。
対し、奈々子は一体何が何なのかさっぱりわからない状況に陥ってしまっている。
先ほどの大きな物音はなんなのか聞きたいぐらいに。
「あ、闇ちゃん……さ、さっきの物騒な物音は……」
「ああ、いつものことなんだ。気にしないでおくれ」
「いつもの、こと?」
「今日はミルともう一人……桜塚皐月って言うアルバイトの女の子が居るの。このお店に出る前に倉庫の整理をしてもらっていたんだけど……まぁ、なんていいますか……」
闇はあははっと笑いながら答えている。
どうやら皐月と言う女の子がこのお店でアルバイトをしているらしい。
と言うことは先ほどの物騒な物音を出したのはその女の子だと言うのだろうか?
目を見開きながら居ると、奥からゆっくりと足音が二つ聞こえてくる。
一人は先ほど奥に行ったミルディスであり、もう一人は綺麗なヒラヒラのメイド服のような格好をした女の子がふらふらとしながらこちらに向かってきた。
黒い両目の瞳にツインテールをしている可愛らしい女の子だった。
「ううぅ……ご、ごめんなさい闇ちゃん店長さーん……」
「皐月ちゃん、怪我はなかった?何か倒しちゃったの?」
「はいぃー……綺麗に整理整頓し終わったので倉庫から出ようとしたらそのままその場で転んでしまって荷物に突進してしまいましたぁ……」
「と言うことで整理のやり直しですね」
「ううぅ……き、厳しいですミルさぁん……」
「……」
涙を流しながらボロボロの姿でいる少女、どうやら彼女こそ、桜塚皐月のようだ。
奈々子が呆然としながら彼女の姿を見ていると、その視線に気付いたのか皐月も奈々子に視線を向ける。
すると徐々に嬉しそうな顔をし始め、次の瞬間彼女は容赦なく奈々子に抱きついた。
「きゃぁぁああ!!か、かわいらしい女の子です!!も、もしかして新しいアルバイトの方ですか闇ちゃん店長さん!!」
「え、ちょ……っ!」
「同じぐらいの年齢のアルバイトさんはまだ居ないのでとっても嬉しいです!!是非是非仲良くしてください!!私は桜塚皐月といいます!」
「く、くるし……」
「あー……皐月ちゃん皐月ちゃん……奈々子ちゃんが三途の川渡りそうだから放してあげて……」
顔色が悪くなり始めている奈々子の姿を見た闇は抱きついて放そうとしない皐月に声をかける。
一方のミルディスはため息を吐きながら頭を抱える姿があったという。
* * * * *
「うう、ご、ごめんなさい奈々子ちゃん……つい、嬉しくて……」
「う、ううん。本当に大丈夫だから皐月ちゃん」
あの後なんとか皐月は奈々子の身体を放すことが出来、落ち着く状態となった。
濡れた制服を脱ぎ、皐月から借りた服を着る。
普通のシャツとロングスカートだ。
簡単にそれを着終わった後、脱いだ制服を皐月が受け取る。
「闇ちゃん店長さんのお店には乾燥機もあるの。少し小さくなっちゃうかもしれないけど、手っ取り早く乾かすのはそれが一番いいよね?」
「うん……何から何までありがとう」
「当然よ。だって闇ちゃん店長さんが『友達』と言うなら、私とも『友達』でしょう?」
「え……」
「だって闇ちゃん店長さんと私も『友達』だから」
皐月はそういうと嬉しそうに答える。
まるで彼女にも、昔『友達』という存在が居ないかのように。
彼女は濡れた制服を乾燥機の所に持っていくため別れ、借りた部屋から出るとそこには椅子に座りテレビをジッと見ている一人の少女、鈴木闇の姿があった。
今奈々子が居るのは、店の奥にある部屋だった。
部屋は五つほどあり、その中でも一番広いのが、今奈々子と闇が居る場所だった。
どうやらこの部屋はリビングとして使っており、向こうには台所もある。
その台所には黒いエプロンを着ているミルディスの姿がある。
闇は周りを確認した後、テレビをジッと見ている闇に近づき、答えた。
「ありがとう闇ちゃん。おかげで助かっちゃった」
「それはよかった。ドライヤーもあるから髪の毛乾かすといいよ」
「……何、見てるの?ニュース?」
「うん……最近起こり始めた連続突然死について……ふーん。全国で集団突然死があるんだ」
「ああ、最近起きている突然死だよね?それがどうかしたの?」
「……」
闇はジッとニュースの内容を見つめ続けていた。
先ほどの笑顔はなく、真剣な瞳をしながら。
もう一度声をかけようとした時、闇の近くにある机に二つのカップと、美味しそうなクッキーが並んだ。
「闇様、レモンティーですよ。柊さんもどうぞ」
「あ……ありがとうございますミルディスさん」
「無理もありません。実は柊さんと出会う前に人が突然死している場所を通ったので……どうやら興味を持ってしまったようです」
「興味?」
ミルディスは奈々子と出会う前、人が突然死している場所を見つめる闇を発見した。
レインコートを来た闇は、突然死している人間を遠くから見て、そして言った。
『だって、『人間』とは違う、別の匂いがするんだから」
(つまりその突然死の犯人は、『人間』ではないと言う可能性が高いと言う事)
ミルディスは未だに真剣にテレビを見ている闇の姿に視線を移す。
真剣な目で見つめる彼女の横顔は、少女とは思えない綺麗な姿をされている。
一方、意味がわかっていない奈々子は首をかしげていると、ミルディスはクスっと笑う。
「闇様はそれを推理なさるのが好きなだけです。人間では不可能だと言える事件がどうやったら可能なのか、そう考えているだけなんですよ」
「へぇ……あ、美味しい」
「お手製のクッキーですから。たくさんありますのでお土産にもどうぞ」
「ありがとうございます」
先ほど包んだクッキーを奈々子に渡した時、突然テレビのチャンネルを消す。
音が聞こえなくなった室内で、闇はソファーから立ち上がり、口を開いた。
「『集団突然死』……うん、実に面白いよ。ね、ミル」
「そうですね、闇様」
「え?あ、闇ちゃん?」
闇は笑みを浮かばせながら答えた。
「一体犯人はどんな人物なんだろうね、ミル。会いたくなっちゃったよ」
少女は今日で一番の笑顔を見せながら、楽しそうに笑う姿が見られたのだった。