ヒーローになりたい3 ~なりたいのは君のヒーロー~
レッドヒーローになり半年程過ごしたある日、あのマリンポートタワーの運営から【樹木戦隊モリモリレンジャー】のヒーローショーの依頼が来たことを知る。
あのマリンポートタワーでヒーローショー! という事は白波さんに俺の活躍している姿を見せられる。俺のモチベーションもより上がり心も躍る。いつも以上に練習に熱の入る俺だったが、何故か神本さんの表情がいつもより硬い。何やら心配している様子だが、もう散々いろんな場所でヒーローショーを行ってきていた自分達にそんな不安になる事があるのだろうか? 俺はそう軽く考えていた。
そして俺達はマリンポートタワーでのヒーローショーいつも以上に早い時間に召集され向かわされたことに首を傾げつつ現場に到着して唖然とする。そこには普段とまったく異なる光景が広がっていたから。
ロビーはごった返し、怒号が飛び交い騒然としている。あの平和で心休まる筈のココが何故、こんな不穏な空気になっているのか理解できない。
見渡すと白波さんの姿がすぐ見つかるものの、彼女の顔にはいつもの笑顔はなくオロオロした様子で怒っている様子のお客様の対応をしている。彼女だけでなく、職員皆がそんな様子で明らかにパニック状態になっている。俺もただその様子に立ち尽くすしかない。しかし神本さんは溜息をつき『まさか嫌な予感が的中とは。それにしても何だ? この状況』 そう呟きそんな光景をゆっくり見渡す。そして一番近くにいた白波さんに話しかけ状況の確認をしている。どうやら、会場が運営の想定した以上の人が来て、それを捌ききれず混乱させているようだ。このタワーは今までちょっとした写真展とか絵画展とかいったイベントしか経験がなく、このようなショーは初めてだったようだ。神本さんが前日までやたら整理券の配布の仕方とか会場サイドの仕事まで口出す電話をしているなと不思議に思っていたのだが、こういう状況を危惧しての事だったようだ。神本さんは白波さんから状況を聞き、頷き大きく深呼吸して口を開く。
「お客様、本日は当タワーにご来場頂きありがとうございます。
まずタワーの展望台のみをご利用のお客様は展望台チケットを購入していただけたらそれで大丈夫です。
本日行われます、ヒーローショーに参加希望の方は、展望台チケットに加え整理券が必要になってきます。整理券を御受け取りになった方は、その時間までご自由にお過ごしください。
整理券を希望のお客様は今から案内する列にお並びください。
尚、整理券の方ですが初回の方は……」
神本さんの冷静でよく通る声が混乱する会場に響く。低く落ち着いた声の為か、喧噪が止み、ロビー全体の人がその言葉に耳を傾ける。流石神本さんである、今まで代表として様々な状況をこの判断力と行動力で乗り越えてきた。この方がいるから社員である俺達も全力でついて行くと思わせるカリスマをもっていて俺の尊敬する人間の一人である。
俺達へ指示を飛ばし、混乱している人達を誘導してそれぞれの希望する回ごとの列を作りなんとか混乱を治める事にする。ロビーの騒ぎが治まっていくにつれ、泣きそうになっていた白波さんの表情に笑みが戻ってきて、共に整列誘導作業をしていく様子を目の端で確認してホッとする。白波さんはやはり笑顔の方が良い。こんな事でも彼女を助ける事が出来た事が嬉しかった。
結局予定よりも一回多くのショーを行う事でなんとか来てくれたお客様の気持ちに応える事になった。白波さんの前だと思うとそれも全然苦ではなかった。お客様の後ろからではあるが、そこからショーを楽しそうに見てくれているその視線に応えるように俺はヒーロー演じきった。ヒーローマスクの所為で赤色を帯びた視界の中で子供のようにキラキラした彼女の笑顔が、また素敵。この表情が見られたのなら、今日の仕事ギャラはいらないとまで思ってしまった。
気持ちよく最後の握手会までこなし楽屋となっている会議室へ向かっていると誰かが近づいてくる気配がする。声をかけられ振り返ると白波さんが弾けんばかりの笑顔で俺を見上げていた。ドキマギしている顔をマスクで晒さずに済んだ事に感謝する。
「今日は、ありがとうございました! ヒーローショー最高でした!」
俺の心の中で何か爆破音が聞こえた。熱すぎる喜びの気持ちが胸から飛び出すのではないかというくらい畝って踊る。あのショーの時の笑顔だけでもうれしかったのに白波さんからこんな言葉を貰えるなんて!『ヒーローしている時は常に堂々としていろ!』という厳しく言われているのに、思わず気分を落ち着けるためにマスクで覆われて乱れるとか関係ない筈の髪の毛を整えようとする行動をしてしまい、慌てて手を戻す。なんか俺な行動に戻っていて恰好悪くなっている事にも慌てる。しかしそんな俺に落胆する様子もなく白波さんはニコニコ笑っている。そして手にもっているレジ袋に視線を一回向けて微笑みソレを持ち上げてくる。
「コレ、良かったら皆さんで良かったら飲んで下さい」
上からレジ袋の中身をみるとペットボトルドリンクがイッパイ入っている。
「そんな! 気を使っていただかなくても、仕事ですから」
俺は慌ててブンブン横に振る。しかし同じように白波さんも首を横にブンブン振る。
「いえ、ロビーでの事も! 助けていただいてどれ程心強かったか! 本物のヒーローだ! って思いました。
……そしてショーでの姿も素敵で…」
そう言って、何故か恥じらうように下を向く白波さん。俺は言葉の続きを聞く為に少しだけ身体を近づけると、白波さんは、急に顔を上げ真面目な顔をする。そして緊張したかのように必死な感じでとんでもない言葉を言ってきた。
「貴方の事好きになっちゃいました!」
え? それって……俺の事を? 俺がワタワタしていると白波さんは照れたように下を向き、そしてまたチラっと上を見上げてくる。いや、この行動はどう見ても恋する女の子だ。でもなぜ急に? もしかして俺の事ズッと気付いてくれていた? でもそれで俺の何処に惚れた? そう考えていると白波さんの表情が少し不安げになる。
「え? そんな、俺みたいな……でも嬉しいです」
なんとかそう答えると、白波さんの表情がホッとしたように緩む。しかしその後どう言葉を繋げて良いか分からないでいると「どうしたんだ?」という声が聞こえる。振り向くとブルーコスチューム姿の白井さんがコチラに向かっていた。まさか『告白されちゃいました~』とは言えない。
「いえ、その……
あっ、ポートマリンタワーさんから、ドリンクの差し入れを頂きまして……」
俺がそう言うと、白井さんは足早にコチラに近付き白波さんにお辞儀する。
「ありがとうございます。こんなに重いのに大変でしたでしょう。
あり難く頂かせてもらいます」
そう言って白波さんの手からレジ袋をとり受け取る。『気が効かないぞ!』と叱られ自分の迂闊さに少し凹む。
そのまま白井さんが来たことで、白波さんと二人だけでの会話も出来なくなる。その日は後ろ髪引かれる思いで会社の仲間とマリンポートタワーを後する。
俺はワゴンの中でドキドキとした喜びと、白波さんと離れてしまった寂しさにいつまでも窓からマリンポートタワーの姿を目で追っていた。
告白をされた。俺は白波さんの苗字だけ知っているものの、何も互いの事を知らない二人。おれは告白されて一晩舞い上がったものの冷静さを取り戻し悩んでしまう。こんな事なら無理にでも俺の名前と連絡先を紙にでも書いて教えておくべきだったのかもしれない。白波さんも告白の後リアクションが殆ど無かったに等しい俺の態度に悩んでいるかもしれない。そう思いうと居ても立ってもいられなかった。そして仕事が休みになり自由の時間が出来るとすぐにマリンポートタワーへ向かうことにした。ロビーは何時もの平和な様子というか人も殆どおらず簡単に見渡せるが、そこに白波さんの姿はない。チケット売り場のブースには年輩の女性がいつものように座っている。俺はいつものようにチケットを購入してエレベーターに乗り込む。暗めの照明で天井には星空を思わせる電飾のされた室内、なれもあるご今日はそんなものに目をやる余裕もない。ドキドキしながらエレベーター内の高さを表示しているディスプレイを見つめる。白波さんは、俺がやって来て驚かないだろうか? それ以前に今日は出勤しているのか? 九メートル、十メール、……とカウントアップされていく数字に俺の心拍数も上がっていく。
チン
到着音がしてエレベーターの扉が開き、最初に感じるのは眩しい光、暗いエレベーターから展望室に降り立ち、明るさに慣れぬ目を一回閉じてから開く。そこには陽光に満ちたいつもの展望室が広がっている。俺は目を見渡すと白と紺のこのタワーユニフォーム姿の女性が見える。チラシラックの所で作業しているようでベレー帽がチョコチョコと動いている。後ろ姿でも分かる。それが白波さんだと。俺は息を大きく吸ってから近付きく。
「ごめんなさい、お仕事中に!」
そう声をかけると、白波さんはこちらに振り返り、目を見開く。そして顔を赤めオロオロと視線を泳がせる。
「でも俺、貴女に伝えたくて! 先日貴女に告白される前から、貴女の事が気になっていました。いつもココで一生懸命されている姿がカワイイなと。
だから格好良いと言って貰えて嬉しかった! ……です」
白波さんは目をますます丸く大きくして俺の方を固まったように見上げている。何もリアクションがないので、俺は言葉を続ける。
「俺から言わせて下さい!
一目惚れだったんです。好きになりました。
俺と付き合って下さい!」
白波さんは手を口元に添え『えっ……』と呟く。その顔がみるみる真っ赤になるのを俺はドキドキしながら見つめる。その顔がコクリと縦に頷くのを見たらもう耐えられなくて抱きしめてしまった。
やはり職場だけにそれは流石に不味かったのだろう。白波さんは慌てたように俺から離れる。そして俺を睨んで来たりするのかと思ったら、困っているような、照れたような顔をして見上げている。そういう顔も可愛すぎる。
「あっ、 あの、私、白波 渚といいます」
そう名乗り握手を求めてくる白波さん。渚さんというのか、名前も可愛い。その手を握り返して俺は笑う。
「俺、青山 誠といいます!」
改めて自己紹介したことで、俺は白波さんにとって通行人Aでも、知人でもなくちゃんと役割と名前のある存在になる。その時握った白波さんの手の小ささと柔らかさにも感動しながら俺はコレからの二人の幸せな未来を想像しながら、彼女を守り幸せにするぞと心に誓う。