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中に人など、おりません!  作者: 白い黒猫
正義の味方
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ヒーローになりたい2 ~ヒーローになってみたものの~

「青山~!」

 上機嫌のまま、職場に行くと、代表の神本さんが俺に手招きしてくる。

「お前はさ、タッパもあるし手足も長い。だからポーズが決めればかなりいい感じに決まる。だから今度からヒーローをやってみないか?」

「マジっ? いいんすか?」

 思いがけない形での良いニュースは、喜ぶよりも前に先に疑ってしまうものである。

「今度、黒岩さんが引退するんだ。その黒岩さんがお前を後継者として推薦してきたんだ! 『俺の後青山にやらせよう。アイツなら出来る』って、だから頑張れ」

 俺はまずショックから一回その言葉を聞き流し、唖然としながら心の中でリプレイしてようやく理性で理解する。だって黒岩さんといえばレッド担当の神本さんと並ぶベテランである。年齢は会社では一番高く四十超えているが、そうは思えない引き締まった身体。渋く味わいのある顔立ちで、凄みもありオーラーから違っていて街を普通に歩いていても一般人には見えないで、職質もよくわれるらしい。そして黒岩さんのレッドヒーローはテレビの本物より凄みもありカッコイイと言われるくらいの高いアクションの技術を持っていた。しかし腰痛を患ってしまい、さらに膝にも問題を抱えていることもあり、そろそろ会社の運営の方に回ろうかと言っていたのは聞いていた。しかし実際引退の話を聞くと様々な感情が込み上げてくる。いなくなる訳ではないが寂しい。

「……え、あの……黒岩さんが引退するとなると……俺は何色を?」

 そうおずおずと聞く俺に神本さんはニヤリと笑う。

「黒岩さんの後だぞ、赤に決まっているだろ!」

 身体がブルッと震えるのを感じた。

「レッド! 俺が!?」

 後ろから黒岩さんが近づいてきて俺の肩をガシリと掴む。

 「青ちゃん頼むぞ! お前の力を見込んでの任命だから」

 快活に笑う黒岩さんに俺は頭を下げるしかない。そこまで言われてしまったら辞退するわけにもいかないし、俺にとってもビックチャンスである。やるしかない。

「黒岩さんのレッドには敵わないのは分かっていますが、精一杯やらしていただきます!」

 そんな決意表明する俺を神本さんと黒岩さんは笑う。

「黒さんのヒーローは老練という感じで、年寄くさかったから、青! お前は若々しいレッドをやってくれよ」

 そう言う神本さんに黒岩さんは『ヒドイな』と笑う。前任者がベテランで本当にカッコイイヒーローだっただけに、俺は喜んでばかりじゃいられないと顔と気持ちを引き締める。


 ここで五年頑張っていたとはいえ脇からいきなりメイン。しかもメイン中のメインとなるのは思った以上に大変なモノだった。動きは比べ物にならないほど複雑になるし、メインで人の目が集まるだけに動作のすべてに気が抜けない。

 スーツアクターの仕事に必要なのは格闘の技能と思われがちだが、どちらかというとダンスに近い。

 テンポと、タイミングを測りながら互いに動きを合わせて動く。つまりは闘いを表現した舞踏で、全てが打ち合わせの元で行われる。その為ヒーロー側は特に格好良くパンチやキックといった所作を見せなければならない。それは分かっているもののやってみると意外と難しいというか、なかなかカッコイイというものにはならない。黒岩さんは、ただ立っているだけでカッコイイ感じになるのに、俺は何故かただ突っ立っているだけに見える。チョットした足の開き方、姿勢の違いが大きく印象を変えてしまうものなのだ。

 マスクをつけているだけに表情で誤魔化す事が出来ない。自分の身体だけですべてを表現しなければならないので面白いが、難しい。


 一連の流れをこなすことはできても、恰好良さというのを掴むのはかなり難しい。決めたつもりでも皆からポーズも型も悉くダメ出しをされ、録画された自分の動きを見てその酷さに落ち込む。その繰り返しでヒーロー任命初日は終わってしまった。俺は借りた今までのショーを録画したメディアといつも以上に疲労した身体と心を自転車に乗せて帰る事になる。ペダルも漕ぐこともしないで自転車でダラダラ坂道を降りていると、海側にマリンポートタワーが見える。もう営業は終わっているものの、ライトに照らされ白く浮かび上がるその姿を見ていると、白波さんを思い出す。あのユニフォームを着て、ニコリと笑い俺を見上げている。


『このタワーの平和、青山君に任せたから!』 


 白波さんのそんな言葉が頭に響く。俺の勝手な妄想から生まれた言葉。それなのに何故か力がこみ上げてきた。

「よっしゃぁぁぁあぁぁ! やったるぞ~!」

 俺はそう叫び、そのままペダルを漕ぎスピードを上げた。


 よりハードになった特訓の日々、俺は時間を見つけては何故かマリンポートタワー足を運ぶようになる。白波さんは多くの来場者に目を配り相変わらず笑顔で仕事していたが、俺の事は覚えてもいないようだ。すれ違っても業務的なお辞儀されるだけだった。

 それもそうだろう俺は彼女の職場の風景の一部に過ぎない存在。その事を寂しいとは思うものの、俺にとってマリンポートタワーに行き白波さんの仕事している姿を見る事が俺の密かな楽しみになっていた。真面目に一生懸命仕事している姿がなんか可愛らしくて癒されるからだ。

 このタワーには他に五人女性がいる。一人はかなり年配でふくよかな体型の人、三十代半ばで少しツンとした感じの人と、同じ位の素朴な感じで人柄だけは良い感じの人、俺と同じくらいで明るめの赤みのある茶髪で昔ギャルだったかなと思われるつり目の女の子と、ショートヘアーでボーイッシュな女の子と白波さん。やはりその中で断トツ白波さんが可愛らしいし、ここの制服も似合っている。制服って所謂没個性化アイテムのようで、その逆。同じ衣装を着ることで、より人物そのものの違いを際立たせる事もあるのだと知る。同じレッドのスーツを着ても、黒岩さんと俺が全く別物であるように。

 このタワーではその六人の女性が交代しながら受付、ロビー、展望室を担当しているようだが、年配の人かツンとした女性が受付にいることが多く、休みでなければ白波さんはロビーか展望室で仕事をしている。だから俺はまず建物に入り白波さんを探し、そこに見つけたらロビーのベンチに座り、彼女が働いている姿を眺めて、いなければ展望室へと昇る。お休みだったり事務所の方で仕事していたりしているのか姿がどこにも見えない事もあったが、俺にとってここはどこよりもお気に入りの場所になっていた。確かに彼女の言う通り、このタワーから見える夕焼けは素晴らしく見ていると明日への活力が沸いてくる。一人で眺めている事は少し寂しいけれど白波さんが好きな風景だと思うとホッコリとした気持ちになれた。

 怪しい行動をしているのは理解している、そして見つめていればいる程、白波さんの事が好きになっていくのを実感していたが、告白とかして彼女を困らせる気はない。いきなり見も知らずの人に『好きです! ずっと見ていました』なんて言われるのは気持ち悪いだけだろう。彼女の視界には俺は一人の人間として認識されていない。その他大勢のモブな存在。俺の立ち位置はちゃんと弁えている。

 それにただ見つめているだけで幸せだったから。中学生か! という感じのガギっぽい片想いでも、好きな人がいるって素敵な事なようだ。恋すると意味もなくすべてが楽しくなり、根拠の無い幸福感に浸れる。お陰で身体の動きも良くなり仕事も頑張れる。

 頑張ったおかげで、神本さんと黒岩さんからも納得してもらえる動きが出来るようになってきた。俺も本格的にレッドヒーローでショーをさせてもらえるようになる。やはりヒーローやる方が嬉しい。子供達の見てくれる目つきと歓声が違って気持ち良い。実際に熱い反応をもらう事で、自信もついたし、俺のモチベーションもますます上がっていった。

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