ヒーローになりたい1 ~悪の手先の俺~
子供の頃の夢はヒーローになる事だった。それも赤く強い主人公のヒーロー! しかし小学校の時に友達と遊ぶ時は、リーダーシップのある友達が赤をやり俺に振り分けられるのは他の色のヒーローをやれればいいが、敵役させられることが多かった。
そして大人になり俺はやはり悪役でしかも下っ端をやっている。
と言ってもヤクザ者の本当のワルではなくヒーローショーの悪役の手下。つまりはスーツアクター。友達は普通の社会人になっているのに自分は何しているのか? という気持ちになる事もある。アクション俳優になるという夢を追いかけ過ごす自分が嫌なわけではないが、ふとした拍子に、普通に生きた方が親も心配させることもなく良かったのでは? と思う事がある。映画やドラマにも出演とかしているものの、アクションシーンのいる名もセリフもないワラワラとしている存在の一部での登場。今朝も明け方まで、テロップに名前も出ない子供ヒーロードラマの仕事を終わらせ疲れているが、なんかまっすぐ部屋に帰りたくなかった。そこで目に付いたマリンポートタワーという展望タワーに来ていた。港近くにある市が運営するここは、海辺の市民公園の中あり、市営の美術館の隣にある展望タワー。小学校以下は無料で大人は七百円だが下のラックに置いてある割引券を使うと半額。よくこれでやっていっていけていると思う。海はまあまあ綺麗に見えるモノの周りは長閑な田園風景で、景観は悪くないが絶景でもない。小さなセルフのカフェがあるだけで、誰も使ってないコイン式の望遠鏡がポツンポツンと立っていて、あとは市の名所や歴史を案内するスペースがあるだけの場所。それなりに人気のテーマパークや大型ファッションモールがちょっと車で行けばあるため、地元の家族連れがのんびりと楽しみに来ている感じで、閑散とまではいかないけど、混んでいることもない。そんな所に平日の十一時過ぎに男一人でいるのは俺くらい。百円で紙コップ買うと何杯でも無料というおおらかなシステムなようで、若干寝惚けた頭と身体に三杯目となる珈琲を注入する。
「ダ~メでしょ♪ 」
柔らかく可愛い女性の声が響く。見るとラックに入ったチラシや案内を小さな子供が全部掴んで持っていこうとしていたようだ。それをこのタワーの職員が優しく注意している。
職員さんはまだ若くといっても、俺と同じくらいの二十代前半といった感じ。膝をついてしゃがみ子供に視線を合わせニコリと笑いながら注意している。
「な~んで?」
子供は注意されても反省する様子もなくそんな風に返してくる
「これはみ~んなのモノなのだから全部もっていったらいけませんよ~」
Aラインの膝上のワンピースに白のボレロ。それにトリコロールカラーのスカーフ。それに白いベレー帽。こちらの恰好さっき受付で四十超えていると思われるふくよかな女性が着ているのを見た時は正直痛いと思ったが、その子には似合っていて結構可愛いく見えた。丸く大きな瞳でどちらかというと童顔なのだが制服姿、そしてメイクもシッカリして、髪も髪留めでキチッとまとめているので子供っぽくはなく仕事を真面目にしている大人の女性そのもの。洗いすぎてくたびれたTシャツにジーンズという恰好の俺よりも全うで立派な大人に見える。
一枚だけ親の所にチラシを持って走る子供を見送り微笑んでいたが、目を動かすと別の子供が玩具の剣で観葉植物をビシバシ叩いているのをみて、そちらに向かう。意外とここの職員さんも大変なようだ。ここはエレベーターさえ抑えておけば子供がどこかに行って見失う事ないので、お母さんたちはドリンク飲みながらエレベーター前のベンチでママ友との会話に花咲かせ子供がかなり自由に放置されているようだ。
「ベンジャミンをイジメたらダメよ~イタイイタイ言っているよ!」
そう注意する女の子。この子の叱り方、なんかとぼけていてカワイイ。
「植物は痛がったりしないよ! それにコイツはボサボサ怪人だからいいの!」
しかし子供はどこか威張った顔で答える。
最近のガキは何故素直に叱られないのだろうか? そして妙に口が立って生意気である。ヒーローショーでも怪人で近づいて『この人達悪者って言ってるけどさ~仕事でやってるだけなんだよ~』とかいうガキもいる。その時は怪人をやっている代表の神本さんが悪のりしてその子供をビビらしてやったりしているのを何度か見た事がある。親にクレームが出ないギリギリのラインで子供を脅かす技術はスゴイと思う。
「知らないの? 植物も生きているから感情があるのよ! そしてこの子はね、いつもここで頑張っている良い子なの。だから叩いたらダメだよ!
その剣は正義の味方が持つ剣だよね」
「カッコいいだろ! コスモ戦隊メテオレンジャーの流星ソードなんだぜぇ!」
おい、ガキそれは悪者から地球を守る為の剣で、植物イジめる剣ではない! 俺は心の中で突っ込む。俺はいつもそれで切られているけど……。
「スゴいね、だったら正義の味方なんだ、君は! ヒーローなのね!」
その言葉につい視線をそちらに向けてしまう。満面の笑みでニコニコと楽しそうに笑うその子の顔に一瞬見惚れてしまった。ガキもそんな女の子を前に一丁前に照れていやがる。そして俺は、少し膝を立ててしゃがんでいることで見えてしまっている太ももに少しドキリとする。俺の今いるプロダクションにも女の子はいて、それこそ全身タイツのような霰もない恰好をしている事もあるが、いかんせん鍛えすぎていて女性らしさにかけているだけに、このように柔らかそうで優しいカーブを描いた足がまた新鮮だった。目を逸らし、いかにも小憎たらしい感じのガキを見て胸のドキドキを抑えることにする。
「ま、まあな!」
ガキは当たり前のように肯定する。『まあな』じゃねえよ! 俺は心の中で再び突っ込みを入れる。
「だったら、ここのタワーの平和、君に任せたから!」
「お、おう!」
お陰でガキはここで乱暴行為は出来なくなり、警備活動を始める事にしたようだ。この女の子なかなか子供の扱いが上手なようで感心してしまう。
その様子を微笑ましそうに見守る女の子。俺はその様子に子供時代の自分を思い出す。内弁慶だった俺は母親と二人っきりの時は腕白になり玩具の剣とか銃とかの武器を振り回していた。そんな様子を笑って見守る母親に『地球の平和はオレが守る』なんて大層な事言い放つ。『ならば、地球の平和はマコくんに任せたわ』そう言いながら柔らかく笑う母親の顔とその子の姿が重なる。
目の前のやり取りに加え、過去の自分に笑ってしまう。今も昔も子供は馬鹿なもののようだ。フフと怪しく笑った俺の顔を女の子に見られてしまったようだ。コチラを見て少し戸惑った顔をするが、照れた顔をして俺に笑い軽くお辞儀する。その無邪気であどけない笑顔にドキリとする。こういう施設の制服って、コスチュームっぽいところがある。それでこんな愛らしい子供っぽい笑顔。まるで特撮作品のヒロインそのものに見える。
「ど~うぞ~!」
そんな声がして下向くと、先程チラシラックのところで遊んでいた子供が俺にチラシを渡してくる。一人一枚とチラシを配るという遊びを初めていたようだ。
「ダメ~それは欲しい人だけが持っていくものなの」
女の子が慌てて近づいてきて俺の手のチラシと子供が持っているチラシの束をソッと取り上げ注意する。近づいてきた事でフワリと女の子から柔らかい花の香りがする。
「ほら、お兄さんも困っているわよ、ねえ」
突然話しかけられドキマギしながら誤魔化し笑いをする。俺の周りにはいない、女の子らしくてお嬢様というか育ち良さそうな可愛らしいタイプ。丸くて大きな瞳に見つめられると……。所謂キッチリしたビジネスメイクは、ストイックさを出す反面逆に色っぽくも見えてくるものだ。
「これは玩具じゃないぞ! ここの大事な大事なモノなんだ! ちゃんと元の所に戻してこような、できるか?」
恥ずかしかったのでその子を見てられず、子供に視線を向けてそう話しかける。意外にも子供は『うん、わかった!』と答え女性かの手にあったチラシを掴み素直に元に戻しにいく。
それを見守ってから隣をチラリと見ると目が合ってしまう。
「……大変ですね、貴方も」
沈黙に耐えきれずそう話しかけてしまう。するとその子はフフと笑いながら顔を横に振る。近くで見るとつぶらな瞳の綺麗にカーブした睫毛が一本一本までシッカリ見えた。キッチリとメイクしているけど濃くはなく彼女の柔らかい表情を生き生きさせている。ついカーブを描く睫毛、濡れたような輝きをもつピンクの唇を見入ってしまい、ますますその可愛さを意識してしまう。恥ずかしくて目を下げると胸の所に【白波】という名札が見えた。白波さんというらしい。穏やかな浜辺に優しくそしてキラキラと踊る白波。何かピッタリの名前だ。
「若いのに子供の扱い慣れているんですね」
白波さんにそのように返されて困る。同じくらいの年齢の人にそう言われるのも、なんか妙で擽ったい。
「まあ、仕事柄……?」
モゴモゴと返す俺にニコリと好意的な笑みが返ってくる。
「そうなのですか~どうりで! それって素敵です!」
可愛い女の子にそう言われ俺は戸惑う。顔が赤くなるのを感じながら顔を横に振る。
「ここには仕事で?」
保父さんと間違えられたのだろうか? 俺は苦笑する。
「なんか海が見たくて」
うわっ! なんか俺痛い事言ってしまった! と内心慌てるが白波さんは気にした様子もなくフワリと笑う。
「今日天気も、良いから特に良い感じ綺麗ですものね」
そして目を細め海へと視線を向ける。しかし俺に再び視線を戻し、いきなり身体を寄せてくる。そんな行動されると……。
「今のように昼間の海も綺麗なのですが、夕方はもっとお薦めなんですよ! 何とも色っぽくで大人の世界でデートにピッタリという感じで! 是非今度ソチラも見てみて下さい」
そんなスゴイ秘密を打ち明けて来たわけでもないのに、自慢げに笑う白波さん。コレは俺と夕焼け見たいと言っている? と甘い妄想を膨らませている俺を置いて白波さんは『ごゆっくりお楽しみください』と挨拶して仕事に戻ってしまった。
その夜俺は夢を見る。怪人に攫われようとする白波さんを、ヒーローの俺が助けるという内容で。最後はあの可愛らしい笑顔で俺に駆け寄って抱き付きキスをしてくれる。起きてから、『何、馬鹿な夢を!』と思ったものの、気分は堪らなく幸せで気持ち良い朝を迎える事が出来た。