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中に人など、おりません!  作者: 白い黒猫
お店の前に置いてある空気の入ったアレ
16/23

ペンギンが空を飛ぶ日

 私の気分はまさに今の天気だ。太平上に爆弾低気圧が居座っているとかで、雨やら風が吹き荒れている。

 私は喫茶店に座り、何度目か分からない溜息をつく。そんな気候の中、足早に歩く駅前の人をぼんやり目に映しながら、ココにはいない男に対してムカついていた。

 彼氏という関係にあるその男は、兎に角だらしない。身だしなみが、ではなく下半身が。今迄どれほど浮気を繰り返してきたのか……。

 彼曰く、それは浮気ではなく単に男の本能に従っただけだと言う。昨日も女性と肩をくんでホテル街方面に行こうとしているのを私が見ていたのを気付いて『あっ』という顔したが、あの状況で私の元に帰ると叱られるのを理解していて、そのままホテルに逃げた。余計にムカつくというのが分かってないのだろうか? そして結局部屋に帰って来なかった。

『ねえ、今日は外でゴハン食べない?』

 同棲しているのに、そうやって外に誘ってきたのも、外だと私がキレることが出来ないからだ。

 アチラから誘って来たのに、約束の時間から十分過ぎてもまだ来ない。外に目を再びやると、グラグラと激しく動いているモノがあった。中に空気の入ったペンギンの置物だ。風に煽られているためその動きはアクティブで、身体を陽気に揺らして道行く人に愛敬をふりまいているように見えた。まるであの男みたいだ。無駄に明るく、悪意なくその場に合わせて考えなしに動いているだけ。そしてその中身はカラッポ。


 ブワヮ~ン!


 ガラスが妙な音を立てて震える。途端に喫茶店の外から軽く悲鳴が上がる。突風が吹いてきたようで、皆耐えるように姿勢を低くして耐えている。そんな中にあの空気入りのペンギンが手前にあった看板を押し倒し通路へと躍り出てくる。ただ風に踊らされ移動して行く。風に吹かれるままに脳天気に通路中央へと踊るように走り出るペンギン。しかし次の瞬間、通路に侵入してきた自転車にペンギンは飛ばされ吹っ飛んだ。ギャグのように見事に綺麗な放物線を描き茂みへと頭から突っ込んでいく。

 その光景を見て、私は一瞬唖然としたがすぐに笑えてくる。なんか全てが馬鹿らしくなって笑い続けてしまう。

 ふと自分の名前を呼ばれているのを感じ視線を移すと彼氏がそこに立っていた。

「ゴメン~この天気で、電車遅れてさ~」

 そんな軽い言葉で謝り私の前に座りクリームソーダをウェイトレスに注文する。彼の開いたジャケットの下に大きなペンギンのイラストが描かれているのを見て、また笑えてしまう。

 私が笑って迎えてきたことで、安心したのだろう、馬鹿などうでも良い話を始めようとする。私はそれを笑顔で制する。

「そうだ、先に言っといた方が良いかなと思って。引っ越す事にした」

 男は一瞬キョトンとするが直ぐに嬉しそうに笑う。

「良いじゃん、どこに?」

「まだ、決めてない。

 でも今の所はどうする? 貴方が住み続ける? そしたら名義変更するし、住まないなら解約するから」

 彼氏は一瞬悩む顔になる。

「えっ……と。

 住み続けるとしたら家賃は?」

 この男は留年してまだ学生そして来年もまた学生を更新するらしい。就職して一人暮らしを始めた私の部屋に転がりこんできたので家賃は私が払っていた。最初は折半という約束だったが最初の二ヶ月だけしか払ってきていない。

「貴方が住むのだから、貴方が払うことになるのは決まっているでしょ!」

 私は明るく言う。

「だったら解約でいいよ。で、次何処へ引っ越す? もっと池袋近い所がいいなぁ~」

 ウェイトレスが身体に良くなさそうな華やかなグリーン色のクリームソーダを持ってくる。それを男は嬉しそうに飲む。

「今色々悩み中。でも今月きめちゃおうかなと思っているから。貴方の荷物今週中には引き上げといてね」

 状況が理解出来てなさそうな男に、ハッキリと現状を伝える事にする。もう一緒に住むつもりはないと。

「あ、ヤッパリ昨日の事怒ってるよね? あのさ、謝るから、そんな意地悪言わないでよ! ね?」

 『謝るから』って言葉で許されると思っているのだろうか? しかもそれは謝罪の言葉でもない。面倒な事態を回避するためだけに謝ろうか? という言葉だけに謝意が全く無いことを示しているだけだ。それに男がそうして甘えても可愛くもなんともない。私は、今更コチラに媚びてすり寄ってくる男を冷めた目で見てしまう。愛があった時は気の迷いでそうそう思えなくもなかったが、先程のペンギンを動かした風によってこの男への想いも吹き飛ばしてしまった私には情けなく見えるだけ。この人にとってラッキーなのは愛だけでなく、怒りも吹き飛ばしてしまったこと。

「いや、怒ってないよ、もうどうでもいい事だから」

 冷静にそう言う私に相手はますます慌て出す。

「お願い止めて。俺を見捨てないで! もう浮気しないから、やり直そ! だってマリとはそれこそ生まれた時からずっと一緒にいた仲だよ、今更別れられる訳ないよ~」

 私は出来る限り優しい笑みを作ると、目の前の男は少しほっとした顔をする。

「でもさ、付き合いが長い分ダメな所散々見てきたからね~。もう無理かな、彼氏としてみるのは! それに保護者を続けるのもシンドイ」

 幼馴染である男は何も言い返せず私を呆然と見ている。

「貴方もコレで私に気兼ねなく本能のまま自由に遊べるし良いじゃない。私達は幼なじみの腐れ縁でズルズルきていただけだし、お互い別れてスッキリしよ! ね?」

 私は子供に言い聞かせるようにそう相手に笑いかける。相手は先程から置物のようにフリーズしている。クリームソーダのアイスが少し溶けてグリーンの液体に落ちていく。溶ける前にアイスを食べるのが好きなのに。今日はそう楽しむ事に失敗したようだ。

「という事で色々やること出来たから先に出るね。じゃあ、ゆっくりしてね」

 そう言って伝票を取り私は彼氏だった男を置いて喫茶店を出る。

 外では思った以上に激しい風が吹き荒れている。その風は私の服を激しくはためかせ、髪の毛も容赦なく乱していくが、不快ではなく気持ち良かった。私はその中で大きく深呼吸して元気歩き出す。自由な未来を目指して。


こちら、この短編集の12話の【自由への風】の別視点の物語です。

同じ喫茶店にいた別の女性には、あの光景がこう見えていたようです。


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