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中に人など、おりません!  作者: 白い黒猫
お店の前に置いてある空気の入ったアレ
15/23

自由への風

 疲れた。色んな意味でグタグタだった。卒業ギリギリまで結果が出せず苦労した就職活動の末入ったのは、オフィス機器のレンタル会社。入ってからも様々な会社に飛び込み営業しては断られる毎日。

 精神的な限界も近く、もう会社を辞めたいという想いが心の中で日に日に膨れ上がっていた。今日も訪問したどの会社にも相手にされないという散々の一日を過ごし、それを会社に報告するのも辛く駅に隣接した喫茶店に逃避していた。


 何かを考えるのも億劫で、ただボンヤリと窓ガラスの外の風景を目に映す。今日は風が強かったので、通りを歩く者は皆、風に追い立てられるように足早に道を歩いている。駅という事もあり、入る者、出て行く者の足に迷いはなく、それぞれの目的に向かって足を進めていく。ここで動けず吹き溜まっている俺とは違って。

 そんな時目の端に、ユラユラ揺れる白と黒の物体があるのに気がつく。それは卵体型のペンギンで、中に空気の入った人形。駅の通路を挟んだ向かいの牛丼屋の前にソレはあった。ペンギンは風によってその身体を左右に大きく揺らしていた。

 その場から動けず、ただ身体を揺らすだけのペンギンはまるで俺のようだ。顔は笑っているようで、中身は空っぽ。同じ場所でグラグラ動いているだけ。


ブンッ


 ガラスが鈍い音を立てて震える。突風がガラスの向こうで吹き抜けたようだ。通行人も思わず足を止め風に耐える体制をとっている。しかし動きを止めた人間とは逆に、空気入りのペンギンは前にあった看板をも押し倒し、歩道へと踊り出す。そのまま追い風にのり腕を広げ歩道を走るペンギンは、少し身体を浮かし自由に向かって羽ばたいていく。その顔は上っ面の笑顔でなく、心の底からの喜びを弾けさせているように見えた。しかし……


 ボィン


 反対側からオバサンの運転する自転車が走ってくる。それに跳ねられ後ろにぶっ飛ぶペンギン。自転車のオバサンの口がゆっくり開き、ペンギンは緩やかな放物線を描き茂みへと突っ込んでいく。

 頭を下に(くさむら)にハマったペンギンは、慌てて出てきたらしい牛丼屋の店員に捕獲されてしまった。

 俺はその顛末を暫く唖然と見守っていたが、ふと我に返る。


 フッ


 気がつけば俺は笑っていた。そして笑ったら何か気が楽になった。俺は伝票もって立ち上がり出口に向かう。

 向いの牛丼屋の前にいくと、先程のペンギンが江戸時代の下手人のように柱にグルグル巻きで括り付けられていた。


 そして『ほどけ~!』と言っているかのようにペンギンはその状態で風に揺れている。その様子は、マスコットとしてどうなのかとも思うが、見てまた笑えてくる。

「残念だったな、でもお互いに頑張ろうな!」 

 俺はペンギンに労りの声をかけ、その場を後にした。


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