第九十四話
一行がエルサレム神殿に入ると、氾濫するアニキグッズムーブメントが繰り広げておりました。アニキまんじゅう、アニキカレンダー、アニキ鶏、アニキおでん、アニキパン、アニキワイン、アニキアイス、アニキテーブルセット等など、便乗した商人達によるアニキグッズ出店まである始末。日々の食料品さえも、全てアニキの関連グッズで埋め尽くされているのです。プンプン怒ってるサロメちゃんは、大工のあんちゃんの所へ近付きました。
「ちょっと!愛のボンクラ。これよこれ!」
「サロメの言ったとおり、アニキのグッズがいっぱいだな~」
「酷いでしょ!?これじゃせっかく殉教された洗礼者ヨハネ様の存在価値が、スーパーネガティブに下がってしまいますわ!」
「た、確かに。こ、これはさすがに酷いな」
しかし疑いのトマスは、こっそりあんちゃんの耳元で囁きました。二人でコソコソ話です。
「元ヤン。ほんとはちょぴーーーっとばかし、羨ましいと思ってるんだろ?」
「ば、バカ言え、トマス。そんな事ねーって!」
「嘘コケ。微かに歯ぎしりしているぞ」
あんちゃんは赤面しながら、頭をポリポリ掻いてます。
「それにしても元ヤン。このままアニキを資本主義の餌食にさせてるのはよくねーな」
「ああ、トマス。これじゃ、アニキのファンから搾り取っているようなもんだ」
「このままじゃカヤパの思うつぼだぜ?」
「なんとかしなければ、あかんぜよ!」
腕を組みながら、アニキグッズ・ムーブメントを嘆くトマスとあんちゃん。すると二人の後ろで突然揉め事が始まりました。
「こりゃー!なにをすんじゃ!!」
「ざっけんじゃねーYO!!!」
「止めてくれ!!!!」
「うぜーんだYO!てめーらわYO!」
トマスとあんちゃんは後ろを振り返って様子を見ますが、当の本人達が人混みに紛れており、よくわかりません。しかし、この喋り方が誰なのか、二人は顔を見合わせて納得しました。
「あの声は!」
「ユダだ!」
そうです!先ほど殆ど除け者扱いされたユダが、とうとうブチギレてしまってたのです。アニキグッズ・ムーブメントに便乗している商人に対し八つ当たりしまくりのユダ。
「何をするんだ!?それはワシの大事な商品なんだぞ!」
「うっせーんだYO!くそ爺わYO!むかつくんだYO!」
「止めろーーー!止めてくれーーー!」
「目障りなんだYO!こんなもんなんかYO!」
「誰かーー!誰かーー!この男を止めてくれ!」
次々と商品をぶっ壊すユダへ、焦って駆けつけたトマスとあんちゃん。トマスは八つ当たりするユダを、必至に止めようとします。
「おい!ユダ!やめねーか?!」
「ああ?トマスかYO!?うるせー!止めねーYO!」
「みんなに迷惑がかかっているのが、分からねーのかYO!」
「そんなこと、知ったことかってんだYO!」
誰からも声援をもらえなかった、ユダの悲しみは誰にも理解はできません。トマスが止めようとすればするほど、ユダの怒りは増幅していくのです。ついにブチギレたトマスは、ユダの襟首を握り始めます。
「てめーは!元ヤンや俺達にも迷惑かけてるが、分からねーのかよ!?」
「あああああん!??上等じゃねーかYO!望むところだYO!」
「んだと!?こら!!もういっぺん言ってみろ!ユダ!」
「テメーらにもYO!ブラザーにもYO!存分に迷惑かけてやんぜぇ!」
しかしあんちゃんは黙ったまま、微かにユダの目尻に光る何かを見逃しませんでした。トマスの手を払って、一色即発状態のユダ。そんな時でした。あんちゃんは口元をニヤっと緩ませて、近くの店にあったアニキ印の壺を両手で取って、さらに天高く上へ上へ掲げます。
「あの愛の伝道師は、一体何をやるつもりだ?」
「ま、まさか!?ミラクルじゃ!?」
「ミ、ミラクル!?」
「ああ!奴は今まで湖の上を歩いたり、水をワインに変えたりと、ミラクルを起こしているんだ!今回もきっと何かをするつもりなんだ!」
ガシャーーン!!!
「あ、あんた!?一体、何をしてんだ!」
ガシャーーン!!!ガシャーーン!!!ガシャーーン!!!ガシャーーン!!!
なんと!大工のあんちゃんは、次から次と壺を割ったのです。
「ブ、ブラザー???」
「お、おい!元ヤン!何やってやがんだ!?」
さらに大工のあんちゃんは理由もなく、いきなりアニキ印の両替商人の机をひっくり返し、アニキ印の鳩商人の腰掛けを投げ倒し、縄でむちを作ってアニキ印にされた羊や牛を追い出し始めたのです。それを見ていたユダは、なんだかだんだん嬉しくなってきました。
「へへーん!やっぱブラザーだぜ!!」
ユダを必死に止めていたトマスは、身も蓋もありません。てっきりあんちゃんが手助けしてくれるとばっかり思っていたので。他の弟子達も、暴れてるあんちゃんの様子にびっくりです。しかし、いい迷惑なのは当然巻き添えを食らっている商人達。
「うああああ!止めてくれ!」
「あ、あんた!何の権利があって、そんな事をするんだ!?」
「そうだ!そうだ!俺達の大事な商売を邪魔するつもりか!?」
すると縄のむちを持ってたあんちゃんは、その手を止めました。
「なに?商売の邪魔だって?」
「そうだ!おれたちゃローマ帝国に許可をもらって、ここで商売しているんだ!」
「だからって!犠牲になったアニキに便乗していいのかぁああ!?!?」
その野太い声は、エルサレム神殿にいた全員に轟きました。誰も彼も、皆、あんちゃんの怒りにびくつきます。
「あんた達は死者をなんだと思ってる!?こんな物を売ったって、こんな物を買ったって、死んだ本人には一銭も金が入らねーンだぞ!」
「だ、だけど、生きて行くためには仕方ないじゃないか?」
「生きて行くためなら、何やってもいいっていうのか?ええ?このエルサレム神殿じゃなくたっていいだろうが!!」
「だけど、やっぱり人が集まるし」
「結局はいいわけじゃねーか。アニキやこの神殿は商売に利用し、堕落して、腐敗している自分達には見て見ぬふり!」
「。。。」
「いいか!?このエルサレム神殿は、ローマ軍に最後まで抗ったアニキの死に場所だ!そんな聖なる場所で、金儲けをしてて恥ずかしくないのかよ?!」
あんちゃんの怒りは確信犯的でしたが、それでも的を得ていました。あんちゃんの足元には、アニキの似ても似つかないようなシールが貼られた、カヤパ公認アニキグッズが散らばっています。
「何が"カヤパ公認アニキグッズ"だ!そんなパッチ物はここから運び出してもらうか!」
しかし商人達の怒りも収まりません。自分達は真面目に商売をやっているだけなのに、なぜ、そんなことまで言われなければいけないのか?納得ができなかったようです。
「冗談じゃない!俺達はここで商売をするために、カヤパ様にみかじめ料と、ローマ帝国に税金を支払っているんだ!」
「そうだ!そうだ!」
「余所からきたあんたの言い分は、自分達のことしか考えないエゴの塊じゃないか!」
「そうだ!そうだ!」
「何が愛の伝道師だ!愛を語るなら、なぜこんな暴力的な事をするんだ!?」
「そうだ!そうだ!」
「こんなことをするからには、あんた!わしたちに代わりになるような事をしてくれるんだろうな?!」
「そうだ!そうだ!」
あんちゃんを批難する商人達の声が高まっていく中、あんちゃんのファン達は固唾を飲んで見守っています。しかし両腕を組んだあんちゃんは、鼻息も荒く自信満々で応えます。
「フフフフフフフっ!当然だ!」
「な、なに!?」
「このビジネスまみれな神殿を壊してみよ!俺が三日で建て直してみせる!!」
ザワザワザワザワ!!ザワザワザワザワ!!ザワザワザワザワ!!
弟子達一同は目を見開いてあんぐりです!さすがの八つ当たりユダもびっくり。マリヤもサロメちゃんと顔を見合わせて驚きを隠せません。商人達もあんちゃんの罰当たりな言葉に冷や汗が流れる始末!
「あわわわわ、あ、あんた!自分が何を言っているのか分かってるのか?」
「もちろん!」
「ここは古より神が選ばれし神聖な場所!何度も何度も建築されては壊されつづけ、ようやく四十六年も掛ってエルサレムの神殿として蘇ったのだ。それをあんたは、たった三日で建て直すというのか!?」
「当然だ!男に二言は無い!」
もはや、いつものあんちゃん独特の空威張りだったり、冗談なんかではありません。その瞳は真剣そのもの、その言葉に嘘偽りは無く、だれしもあんちゃんの瞳から放つ、力強い意志には太刀打ちできなかったのでした。
続く




